第32話 エピローグ


(痛ったぁ……ちょ、ちょっとなによこれーっ!?)


「よし、うまくシンクロできたみたいだな」



 俺がスマホで自分の姿を確認すると、頭の中で麗羅が叫んだ。


 見た目はちょうど麗羅と俺の顔を足して二で割ったような感じか?

 それと、髪が左右で白黒になっていた。


 ほうほう、合体すると両性になるのか。なるほどなるほど。


(ぎゃー!? グニって! グニってした!? どこ触ってるのよ変態!)


「いや、俺の身体でもあるんだからいいだろ別に。よかったじゃん、合体したらおっぱいでっかくなってさ」


(どういう理屈よそれ!? つーかしれっと胸揉むなーっ!)



 いいじゃん別に。減るもんでもあるまいし。

 ……ふむ、推定Gカップってところか。



(私の心がすり減るわ! くそっ、これが巨乳の感覚か柔らかいじゃないのよチクショーッ!)


「あぁん! いやぁケダモノーっ!」


(ちょっと気色悪い声出さないで!)



 さて、おふざけはこのくらいにしてさっさと片付けるか。



(最初からそうしなさいよバカッ!)


「バカとはなんだバカとは! お前が緊張してたからほぐしてやったんだろうが!」


(き、緊張なんかしてないわよ!)


 嘘つけ。めっちゃさっきからドキドキしてるじゃねーか!



(うっさいバカ! アホ! チビ! 身体返せ!)


「なんだとー!? 黙って聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!」



 触手の竜が巨大なあぎとを開いて襲い掛かってくる。

 だが――――。



「(邪魔すんなウネウネ野郎!)」



 死刃鬼棒の一撃で触手の大半が吹き飛んだ。

 合体したおかげか、魂の奥底から力が次から次から溢れてくる!

 これなら……!



「今ここに隠された真の姿を現せ! 真名解放『鬼牙落地きがおろち』!」



 鬼の金棒が俺たちの霊力を恐ろしい勢いで吸い取り、飴細工のようにぐにゃりと溶けて、禍々しい諸刃の大刀へと変化する。


 この形態は霊力をバカ食いする上に、制御を誤れば魂そのものを喰らいつくされてしまう。


 一撃で決める! 麗羅ァ! タイミング合わせろ!



(そっちこそタイミングずらしたら承知しないわよ! スリーカウント!)



 俺の思考を読み取った麗羅が、俺たちの魂が鬼牙落地に食いつくされないように内側から全力で制御する。



 三……二……一……!



「(これでぇぇぇ――――ッ、終わりだぁぁぁぁぁ――――――――ッ!!!!)」



 超巨大化した刃が竜の頭を一刀両断!

 断面から爆発的に溢れ出した霊力を鬼の牙が余すことなく喰らい尽くす!


 霊力を奪われた触手がボロボロと先端から崩れて、黒いちりへと変わり空気に溶けて消えていく。


 大気を震わせながら扉がゆっくりと閉じていく。


 すると世界に亀裂が走り、本棚の壁や床がジグソーパズルのようにボロボロ崩れ、俺たちは闇の中へ吸い込まれるように落ちていった。



 ◇



「あら、もう終わりかしら」


 臙脂色えんじいろの肉塊が「ギュルギュルッ!」とうねりながら喪服の美女へと再生する。


「う……あ……ぁ……」


 喪服の女主人、臥龍院尊の足元で臙脂色えんじいろの塊がモゾモゾと苦し気にうごめいている。

 

 世界を何千回と滅ぼしてもまだ尽きぬ呪いを受け続けてもなお、彼女たちは死ねない。


 彼女たちの違いは、不死の呪いを受け入れたか否か。


 愛した男を手にかけた罪を受け入れ、懺悔ざんげのために生きることを決めた姉と、許しを請おうとした妹。


 罪を受け入れ償おうと決めたからこそ、どれほどの責苦せめくを受けようとも我慢できる。


 勝敗を分けたのは、たったそれだけの違いでしかない。



 尊が肉塊を見下ろし、手をかざす。


 すると肉塊がみるみる小さく縮み、小指の先ほどの小さな塊になった。


「最初からこうしておけばよかったわね」


「あ……ぁ……! や……め……!」



 ごくんっ!



 脈動する塊を一息に飲み下す。


 腹の中で暴れ回る妹を呪いの力で押し込め、尊はゆっくりと内圧を下げるように、深く息を吐いた。



「心を入れ替えるかと思って好きにさせておいたけど……失敗だったわ」



 昔からこうと決めたら意固地な子だった。

 姉妹だというのに、そんなことも忘れてしまうほど、自分たちは長く生きすぎた。


「あなたの罪も私が背負ってあげる。だから逃げずに向き合いなさい」



 いつまでも、永遠に、ね……。



「さて、そろそろ終わったころかしらね」



 もはや上も下も分からぬ極彩色の異空間を片手間に引き裂いて、尊が研究所の廊下へ「ストン」と降り立つ。



「まったく、後片付けができないところも昔から変わらないわね」



 尊が唄うように呪文をそらんじ、その呪力を広く、広く、どこまでも広げていく。






 その夜、日の出まで東京から一切の光が失われ、眠らぬ街は原初の闇の中で眠りについた……。



 ◇



「わぁっ!?」


 目覚まし時計の音で目を覚ます。

 俺の部屋だ……。


 あれ……俺、いつ帰ってきたんだっけ……?


 精神世界でヨグ=ソトースの本体を時空間の奥底へ叩き返して……そこからの記憶がない。


 あれからどうなったんだろう?

 スマホを見るが逢魔さんからメールは一通も来ていない。


 それとも、昨日のことは全部夢だったのか……?



「こらアキヒロ! いつまで寝てるの! ちゃっちゃと起きてご飯食べなさい!」



 母ちゃんの声が俺を思考の海から現実へ引きずり戻す。


 急いでリビングへ下りると、小春が眠そうな顔で味噌汁をすすっていた。

 ……本物だよな?


 試しに霊力の波を軽く当ててみると、確かに小春の魂の波長が感じられた。


 よかった、本物だ。


「あ、お兄ちゃん。おはよ〜」


「おはよう小春。あのさ、昨日学校から帰ってきた時のこと、覚えてるか?」


「えっ? うん、普通に帰ってきたけど?」



 どうやら、攫われたときのことは覚えてないらしい。



「そっか、ならいいんだ」


「……? 変なの」



 急いでご飯をかきこみ、朝の支度を手短に済ませて家を出る。


 いつもの交差点まで行くとタッツンが俺を待っていた。



「おはようヒロ」


「おう、おはよう。……なぁ、昨夜のこと覚えてるか?」


「そりゃモチロン。あんだけのこと忘れるはずないわ」



 そうか、じゃあやっぱり昨夜のことは本当にあった出来事なんだな。


 と、急にタッツンが拳骨げんこつが飛んできた。



「痛ってー!? 何すんだよ!?」


「このバカ! もう少しで世界が滅びるとこやったんやぞ! 自分の中に封印されとるモンの手綱くらいちゃんと握っとけや!」


「無茶言うな! これでも頑張ったんだぞ!?」


「無茶はどっちやまったく! いくら幼馴染助けるためでも、あんなこと、もうこれっきりで頼むぞ」



 心底疲れたとでも言いたげに、タッツンが眉間を揉みながらため息をつく。



「あのさ……俺どうやって戻ってきたんだ?」


「二人が無事に元通りの姿で戻ってくる未来の可能性だけを観測し続けて確定させた。おかげでまだ目の奥がズキズキするわ……ったく」


「……悪い。無茶させちまった」


「体はなんともないんか?」


「ああ、おかげさまでな」


「ならええよ。結果的に一番ハッピーエンドに近い形になったしな」



 そう言って力なく笑うタッツンは、やっぱりいつものタッツンで。

 それを見て俺はようやく、日常へ戻ってきたのだと実感した。


 俺が無茶しても、タッツンが文句を言いつつ支えてくれる。


 きっとこの関係は今まで通りで、これからも続いていくんだろうなと、そんな確信めいた予感があった。



「そういや、あの偽物たちはどうなったんだ?」


「生きとった人たちの影は臥龍院さんが全部元に戻したみたいやね。記憶も不都合がないように書き換えられとるらしい」


「じゃあ、すでに死んでた人たちの影はそのままなのか……」


「まあ、数が数やしな……。真実さえ知らなきゃ本物と変わりないんやし、これが最良。そう割り切るしかないやろ」



 そりゃそうなんだろうけど……なんだかなぁ……。

 


「よぉ兄弟! 体はもう大丈夫なのか?」


「おお、宇治原か。すっかり元気だぜ」



 と、ここで宇治原が合流してきた。

 なんか一晩で霊力がバカみたいに増えてるが、なんかあったのか?



「あ、そうそう。あのオッサンがありがとうって言ってたぜ? おかげで家族を取り戻せたってさ」


「そっか、無事だったんだな、娘さんたち」


「ああ、これからは静かに暮らすってよ」



 泥人間の本質は不定形の泥と言う話を聞いていたので、万が一マシンに組み込まれても大丈夫だろうとは思っていたが、そうか、無事だったんだな。


 願わくば、人の世に影響が出ないようにひっそりと暮らしてもらいたいものだ。

 そのほうがお互いにとって幸せだろうしな。




 教室へ行くと、なんだか妙にクラスが騒がしかった。

 なんだろう。なにかあったのか?



「お、みんな! はよーっす!」


「あ、おはようみんな。熊谷くんから無事だって連絡はあったけど、みんな元気そうだね。よかった」

 


 席まで行くとケンがいつも通り元気に挨拶してきて、俺たちの顔を見た安藤さんがホッと胸を撫で下ろした。



「ほれ、二人が動いてくれたおかげで地上の被害はゼロだったんやぞ。お礼言っとけ」


「痛たたた!? やめろ縮む! 二人ともありがとな」



 タッツンに頭を抑えられ強引に頭を下げさせられる。

 どうやら俺から見えないところで二人とも活躍していたようだ。



「いいっていいって! 事件も解決したし、霊脈も元通りになったって山の神様も喜んでたからさ」


「わ、私は別になにもしてないよ。ただ知り合いの人に声かけただけだから」


「いや、それだけで魔術師連盟と正十字騎士団が動くってどんな人脈や。普通ありえんぞ、アイツらが手ぇ組むなんて。いっつも喧嘩ばっかしとるのに」



 タッツンが呆れ気味にツッコむ。


 おいコラ、俺の知らない新単語モリモリ出すなよ。

 なんだ正十字騎士団って。カッケーなおい。



「ところで、なんか騒がしいけど何かあったのか?」


「あ、そうそう! 転校生が来るんだよ! しかも帰国子女でとんでもない美少女らしいぜ!」


「はぁ? こんな時期にか?」


 

 そういえば宇治原の後ろに席が一つ増えてるな。

 と、ここでチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。


 霊脈が元通りになったおかげか、阿修羅ドラゴンの姿は無かった。

 どうやら幽霊の数が減って引っ込んでくれたらしい。


 よかった。心の底からよかった!



「はーい、みなさん席についてくださーい! 突然ですが転校生の紹介ですよ! さあさあ、入ってきてくださーい」



 教室の前の戸が開いて、転校生が入ってくる。

 

 は……? え、いやいや、えぇーっ!?



「皆さんはじめまして。雨宮あまみや凛音りんねです。小学四年生の時から今年までアメリカに留学していました。久しぶりの日本でちょっと緊張してますが、仲良くしてくれたら嬉しいです」



 思わず見惚れてしまうほどの微笑みを浮かべ、ハキハキと自己紹介した黒髪の美少女に、俺は見覚えがあった。



 麗羅。……いや、雨宮凛音。



 俺の幼馴染で、行きつけの喫茶店の看板娘で、戦闘メイド。


 全部、全部思い出せる。


 幼い頃から喧嘩ばかりしていた犬猿の仲だったことも、素直じゃない超めんどくさい女なことも。


 そして本当は誰よりも優しくて、笑った顔が最高に可愛いことも。


 取り戻したのだ。


 本当の名前を。


 元通りの日常を。


 自分の居場所を。



 教室中から盛大な拍手が巻き起こる。



「はーい、みなさん仲良くしてあげてくださいねー! 席は窓際の一番後ろを使ってください」



 凛音がこちらに近づいてくる。

 自身に満ちた勝ち気な表情は、俺の記憶にある凛音そのままだった。


「……ただいま」


「……おかえり」


 すれ違いざまの、小声でのやりとり。



 止まっていた俺たちの時間が、今ようやく動き出した。










「あーっ!? 見つけたぞ犬飼晃弘コノヤロー! よくも俺を女にしてくれやがったな責任取れーっ!」



 教室の戸がまた開いて、一人の少女が飛び込んできた。


 肩にかかる程度の黒髪で、右目だけが赤く、漫画のキャラみたいな爆乳。


 ……ものすごく見覚えがあった。

 というか、今の今まですっかり忘れてた。


 つーかその言い方は語弊があるからやめてほしいんだが!?



「えっ、ちょっと、鞍馬さん!? あなたとなりのクラスでしたよね!? あとなんかすごく聞き捨てならないセリフが聞こえましたけど!?」


「うるせー! 俺はそこのチビ助に用があるんだよ! おいコラ、このクソ野郎! 俺の大事なもん奪いやがって! ぜってー許さねーかんな!」


「おいバカやめろ! これ以上誤解を招く言い方するんじゃねぇ!」



 ざわめく教室。


 突き刺さる疑惑の視線。


 突然飛び込んできたとなりのクラスの美少女転校生に、知らんぷりを決め込むタッツン。


 するとここで狙いすましたかのように逢魔さんからメールが届く。



『昨晩は大変お疲れ様でございました。偶然とはいえ、犬飼様の協力のおかげで事態の円満解決となりましたこと、ここに深く感謝申し上げます。


 つきましては報酬として一千万円を口座に振り込みましたので、後でご確認ください。


 PS 犬飼様の学校に当家のメイドが二人転校いたします。まだまだ世間知らずのヒヨッコではございますが、どうか仲良くしてやっていただけましたら幸いに存じます』



 あー……天魔ちゃんメイドさんになったのね。住むとこ見つかってよかったじゃん。

 ……じゃない!


 ぜんぜん仲良くする気ねーじゃん!?



 ……どうやら俺の高校生活はまだまだ波乱続きらしい。



 ちっくしょー! なんでこうなった!?



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幽霊倒してレベルアップするだけの簡単なお仕事RIVIVE! 梅松竹彦 @kerokero011

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