第2話 行き詰った街

「お待ちしておりました。勇者ラエルス様と、グリフィア様。いや、奥方様とお呼びした方がいいのでしょうか」

「いや、まだ…」

「奥方様で!」


 ラエルスが何か言う前にグリフィアが即答した。出迎えた街の重役が苦笑を浮かべる前でラエルスは内心で頭を抱える、なんで初っ端からバカップルみたいな事をしなければならんのだ。


 街に入ると一層その街並みの美しさが目を引いた。白い壁に青い屋根、道は石畳となっておりよく整備されているようだ。

 見れば歩く人たちも皆がそこそこ上等な服を着ていて、経済状態もそこまで悪くないと見える。少なくとも冒険の途中に見たスラムのような町に比べれば、遥かにマシというものだ。


「綺麗な街ですね」

「そうでしょう。最近では外からのお客さん向けにこうしている面もありますが、元はと言えば白い壁に青い屋根の組み合わせはこの街の伝統ですからね」

 そう言って出迎えてくれた重役はからからと笑った。


「申し遅れました。私、この街の代官をしておりますロイゼンと申します。勇者様のお陰でもう街に魔獣や魔王軍が来る心配もございませんで、きっとこの街を好きになると思います」

 そう言ってロイゼンは自らも馬に跨ると、馬車を先導して馬を歩かせた。


「今歩いておりますここが、ここリフテラートの目抜き通りですな」

「ここがですか…」

 紹介されてラエルスは驚いた。まず狭い、そしてかなり曲がっていて先が見通しづらいのだ。


「随分と曲がりくねっているのですね」

「ああ、これは仕方の無い事です。魔王軍との戦い、それ以前は他の国々との戦いの際には、こうしておかないと万が一街に入られた際にあっという間に蹂躙されてしまうので」


 ロイゼンの説明を聞いてグリフィアは興味の無さそうな声でふーんとだけ言ったが、ラエルスは一人納得していた。

 確かに日本の城下町にはそんな構造をしている所があったし、城は道をいくつも曲がりながら天守閣へと向かうものが多い。異世界だろうと考える事は同じという訳だ。


「しかしこれでは、せっかく観光に訪れた人も迷ってしまわれませんか」

「流石勇者殿、鋭いですな。全くその通りでございまして、夏の観光シーズンになりますとどこの宿も夜になっても帰ってこないという客が一人ぐらいいるものです」


 なんだそれ物騒な、とは思いもしたが致し方ない気もした。確かに道はかなり複雑で、これを一日で覚えるのは不可能だ。


「そのせいか観光に訪れる人は確かに多いのですが、街であまりお金を使ってくれないのが悩みでしてな」

「遊ぶだけ遊んで見る物を見たら、あとはさっさと宿に戻ってしまうという事ですか」

「その通りでございます」


 行き詰っているんだな。と言うのが、ラエルスの印象だった。確かに街並みは綺麗で、道中に見れた海は晴れた空と相まってどこまでも美しかった。

 だがそれだけなのだ。夏は海水浴なんかも出来るのだろうが、複雑な道筋も相まって街の魅力を生かし切れていない。


「この街も今はまだ国内随一の景勝地で食っていけていますが、今後どうなるか分かりませんで…」

 ロイゼンが沈んだ声で言葉を続ける。

「飽きが来たらお終いって事ですか」

「そうです。リフテラートには綺麗な海の他にも、洒落た店や美味しい料理を出す店も沢山あります。それはこの街に長年住んでおります我々のような者は皆が判っている事です。しかしこの複雑な道が観光客に忌避されてしまうのでしょうな、なかなか認知されません」


 転生する前の日本ではちょうど画像投稿型のSNSが流行っていて、まさにこんな街があったらすぐにでも色んな街から"映え"を目指して沢山の人が押し寄せる事だろう。

 だがここは異世界、そんな便利な情報発信ツールもSNSのようなサービスも無いのだ。


「あとは近隣の山に石炭鉱山があるのですが…」

「炭鉱があるんですか?」


 ロイゼンのその言葉にラエルスは思わず聞き返し、すぐにこの世界での常識を思い出した。元の世界ではこのぐらいの文明レベルでは石炭は重要産業となりえるが、ここは魔法が闊歩する世界なのだ。


「いや、あっても使い道が無いんでしたな」

「そうです。街としては魔法に頼る事無く安定して火のエネルギーを得られる手段として宣伝したいところなのですが、やっぱり難しくて放っておいてある状態でございます」


 ラエルスがこの世界に転生して驚いたことの中に、様々なエネルギーの魔法依存があった。

 生活の中に魔法が存在し、料理をするにも洗濯をするにも魔法が欠かせない。移動手段に関して言えば陸上では馬車以上の移動手段はほぼ無く、海上では軍艦レベルでは蒸気船があるもののそれ以外は帆船であり、帆を風魔法で押すという方法が主流だった。


 魔法を使って移動手段を確保するのは楽だ。専用の魔法師を数人雇っておけば良いし、万が一道中で故障などがあっても乗客に助けを求めやすい。

 構造は単純で壊れやすくても修理しやすく、複雑な技術も工業機械も必要ない。


 だがそれゆえ発展が無く停滞し、工業技術が発展していない。

 この世界でも元の世界と変わらず、戦争によって技術は発展してきた。ラエルスが仲間と魔王軍と戦った時にも使った攻城兵器には、蒸気機関で動く投石器があった。だがそれすら戦場では"足りない魔法師を補う代物"程度にしか認知されていなかったのだ。


「その炭鉱、採掘は出来る状態なのですか?」

 ラエルスはある事を考えてそう聞いた。

「一応試掘鉱がそのまま残してあります。しかし…領主様が率先してやる事でも無いかと」


 そうなのだ。グリフィアも言っていたが、領主など只の飾りであり名誉職と言ってもいい。実際には代官が政治を行う事が多いのがこの世界での常だ。


 だがラエルスは魔王との戦いが終わってからずっと考えていた事があった。どうしても前世での鉄オタの血が疼く、この世界に鉄道を作れと。


 そうこうしているうちに街中を抜け海沿いに出た。

「うわぁ…」

 二人してそんな声を上げる。国内有数の景勝地と言うだけあって、どこまでも広がる青い海、白い砂浜、そして地平線。ちょうどバスを撮りに行った時の沖縄の海がこんな感じだった。


「素晴らしいでしょう、これこそリフテラートの持つ最高の魅力です。季節によっては夕日もまた美しいものですよ」

 ロイゼンも鼻高々と言った風に説明する。確かに景色は最高だ、だが…


「宿は無いんですか?」

「宿ですか?それなら街に行けば…」

「あ、いえ。この海岸線沿いには」


 ラエルスはよくあるオーシャンビューのホテルのつもりで質問したのだが、ロイゼンは少し考えたのちに首を振った。

「いえ、海沿いには無いですね。基本的にはこうした砂浜か、もしくは端の方に港があるだけなので」


 なんとももったいない事だと思っていると、再び道は山の方に入る。

「お二人の家はこの先の森の中ですよ」


 そうしてもう少し馬車に揺られながら山道を登ると、やがて森の中に大きい家が見えてきた。


「大きい…!」

 グリフィアは眼をキラキラさせてその家を見ている。出身が穀倉地帯の農家だと言っていたので、こんな大きい家は憧れだと言っていたのを思い出した。


「一応調度品や家具の類は中に据え付けてあります。その他に狼獣人の使用人が二人、後は何か足りないものがあれば何でも言いつけてくだされ」

 そう言ってロイゼンは街へと引き返していった。代官は街にいなければならないが、領主である自分はここで呑気に暮らしていても大丈夫という訳だ。なんか調子が狂う。


 家は木造二階建て、見る感じ屋上もありそうだ。周囲は森だが、海の方角を見てみると木々の間から少しだけ海が見えた。切ればオーシャンビューに出来そうだ。


 すると玄関から二人の人影が現れた。ロイゼンの言っていた使用人だろう、幼さの残る顔つきにケモミミが可愛らしい。二次元キャラかな?


「ラエルス様にグリフィア様ですね。この屋敷で使用人を務めさせていただきます、ジークと申します」

「同じくルファです、よろしくお願いします」


 そう言って同時に頭を下げる。


「俺はラエルス、それでこっちが…」

「グリフィアです、よろしくね!」


 未だに慣れない馬車旅で少し疲れ気味のラエルスに対して、グリフィアはまだまだ元気と言う風に自己紹介をするのであった。


 *


 使用人の二人は十六歳で双子なのだそうだ。ジークが男で兄、ルファが女で妹なのだそう。ラエルスとグリフィアは二十歳なので、主人と使用人というより年の離れた友達と言った感じである。


 この世界では十五歳で大人とされ、まずは三年間の丁稚奉公が待っている。それは獣人も同じなのだが、リフテラート生まれだと言う二人は奉公に出るタイミングで偶然この屋敷の使用人の仕事の募集を見つけ、一年間の修行の後に晴れてここに来たという訳だ。


「ラエルス様のパーティーの活躍は聞いています。あの、アタッカーのイーグルさんが"災厄の巨獣"を一撃で倒したって話は本当なんですか?」


 ジークの質問に二人で苦笑する。実際はそんなことは無く、確かに最初の痛撃のお陰で後が楽だったが伝聞されるうちにそんな事になっているらしい。


 そんな調子で到着してすぐは狼兄妹からの質問攻めにあって、それからはすぐ夕食となった。流石に使用人として訓練しているだけあって、調理は手早く美味しい。その方面はからっきしなラエルスにとってはありがたい事この上ない。


「ね、明日から何しようか」

 グリフィアがスープを飲みながら、そんな事を聞いてきた。

「そうだなぁ。やりたい事は色々あるんだけど、まずは海の方向の木でも切って来るよ」

「海の方向の?」


 狼兄妹を含めて三人に何故といった表情をされる。そんなに海が見える家って馴染み無いのか?


「そうそう。海の見える家にしようかなって」

「海なんか見てどうするの?」

「どうするって…心が安らぐって言うか、ねぇ」


 助けを求める様に使用人の方を見てみても、同じく首を傾げていた。


「ま、海は良いもんだ。ちょうど今の時期は太陽が海の方に落ちる時期みたいだし、明日を楽しみにしててよ」


 翌日、魔法も駆使しつつラエルスは黙々と木を切っていた。

 家の敷地から海の方向に少し行くと崖になっており、そこまで更地にしてテラスでも作れれば完璧だなとか未来予想図を描きつつ。


 切り出した大量の木をグリフィアと狼兄妹が次々と薪にしていく。いくら魔法で火が生み出せるとは言え、暖炉や風呂みたいに断続的に火が要る場所では薪は重宝する。魔法陣でも出来る事だが、細やかな調整が難しいのだ。


 その日の昼過ぎには家から海がしっかり見える程、木を伐採し終えた。家の裏にはかなりの量の薪が積みあがっているが、まぁ街にでも持って行って買い取ってもらえばいい。


「綺麗!家から海が見えるってこんなに気持ちいいのね!」

 ちょうど二階のベッドルームから海が一望できるようになったのだが、グリフィアのテンションはいつにも増して高い。狼兄妹も心なしか浮かれているようだ。


「なんか広々しましたね!」

「流石ですラエルス様、海が見えるだけでこんなに開放感があるんですね…」

 ジークとルファのその言葉に間違いは無く、やはり四方を森に囲まれているよりこうして一方が開けている方が気分的にもいいのだ。


 そしてそんな三人を見ながら、ラエルスはある壮大な計画を頭の中で描いていた。

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