その転生勇者、鉄オタにつき

あまつか飛燕

勇者、暇になる

第1話 もしかしてもう暇なのでは?

 ワァァァ!という歓声が王宮前の大広場に広がった。手に手にこの国、王国の国旗、花、そして剣や弓を掲げ皆が喜びの声を上げている。


 それは長きにわたり世界を混沌と破壊の闇に覆った魔王を打倒した、勇者ラエルスのその仲間たちの凱旋だった。

 特別に設えられた華麗な装飾の施された馬車の上で、ラエルスは未だに信じられないと言った面持ちで笑顔で出迎えた民衆に手を振る。数年前まではまさか自分が"勇者"と呼ばれる存在となり、このような熱狂的支持を得て魔王を倒すなど思いもしなかったからだ。


「なぁ、俺達が英雄だってよ。俺なんて片田舎のガキ大将だったのに」

「人生どうなるか分かんないよなぁ」

「全くだ!ラエルス、お前に拾ってもらって本当に良かった!」

 隣で未だに信じられないとでも言うように、先鋒アタッカーのイーグルが叫んだ。信じられないのはラエルスも同じだ。


「ラエルス、まだ緊張してるの?」

 傍らで同じく手を振っていたヒーラー回復役のエルフ、ミアナがそう言って悪戯っぽく笑った。

「緊張しない方がおかしいだろ。ほんの数年前までは、俺はただの魔法に憧れる孤児だったんだぞ?」

「ここに来てもその話?信じられないなぁ、出会った時からあなたの強さは抜きんでてたじゃない」

「本当の事さ」

「嘘っぽいなぁ」


 ミアナの追及を笑って躱すと、再び民衆に向けて手を振る。

「しかし俺が貴族ねぇ」

 そうぽつっとラエルスは漏らす。魔王を退治しその特徴的な角を証明として持ち帰り王に謁見した際に、王からは娘を嫁として迎えてくれないかと頼まれた。

 おーファンタジーでよく聞くやつだと一瞬テンションが上がったし、事実王女様は絶世の美女と言っても過言ではない。なんならその王女様も満更でも無さそうではあった。


 だがその話は丁重に断った。ラエルスには冒険の途中で仲間になり、将来を誓った友がいるのだ。

 断った事により王は一瞬驚きの表情を浮かべたが、隣で対抗心ありありという表情で睨んでいた友にして愛する彼女、魔弓使い《アーチャー》のグリフィアが放つ目線に気付くと悟ったように高笑いして「ならばせめて、富と爵位をやろう」と言ったのだ。


 そんなわけで今の肩書は侯爵、いろいろすっ飛ばして侯爵である。与えられた領地は国の海岸線に面したリゾート産業が盛んな土地で、領地内にある山を見れば王都から遠くて開発に手が回っていない鉱山があるのだという。

 なんでもそこは、前領主が魔法軍に密かに与したとかで取り潰しになり一時的に王直轄の場所となっていたところで、良くも悪くも押し付けられたという訳だ。


「でも、少しは落ち着いた生活ができるかな。グリフィア」

「ふぇっ!?そ、そうね。やっと2人きりで生活できるんだし…」

 唐突に名を呼ばれたグリフィアは、ちょっともじもじしながらそう返した。

「いや二人きりかどうかは…結構大きい屋敷みたいだから使用人とかはいるぞ絶対」

「そう言う事じゃなくてぇ…」


 言葉を濁すグリフィアにハテナマークを浮かべつつ、自信の今後の生活に思いを馳せた。

 思えば転生してからというもの、最初の頃こそ魔法が面白くて特訓ばかりしていたがその後は戦いに次ぐ戦いだ。ここらで少し、スローライフを満喫してもいいのではなかろうか。


 現代日本ではろくな死に方ではなかった。残業でへとへとの帰りに信号無視のトラックに撥ねられるとかいう、それはそれで至ってテンプレ的な死に方である。死に方にテンプレがあるのかはさておき。


 気が付けば見知らぬ森の中にいてそこを師と仰ぐ魔法使いに拾われ、魔法を勉強しているうちにどうも非凡な才があったらしく抜きんでた力を発揮して、気が付けば魔法討伐の勇者なぞにされ戦って戦って…


 楽しくなかったと言えば嘘になるが、平和そのものの日本から突然こんな殺伐な世界に飛ばされてきたのだ。そして魔物とは言え殺しまくって、疲れない方がどうかしている。


 *


 平和になれば武の象徴は用済みである。王や国のお偉方は魔王のいなくなった世界で自国の立場をはっきりさせるのに必死だそうなので、ラエルス達は早々に退散した。民の平和の為には戦うが、政治の道具に使われるのは真っ平御免である。

 そんなわけでグリフィアと2人、与えられた領地であるリフテラートという街に向かっていた。


「しかし馬車旅にも慣れたとは言え、この時間がかかるのはちょっとなぁ」

「そうか、魔王討伐の旅で初めて馬車に乗ったなんて言ってたもんね。でもこれより早くってなるとドラゴンとかになるよ?」

「そうなんだよな、でもそれだと荷物はあんまり運べないし難儀なもんだ」

「領主なんてどこもお飾りみたいなものなんだし、あんまり深いこと考えなくてもいいんじゃない?」


 グリフィアの言う事はもっともで、国の各地にある領の領主は大体は経営を代官に任せているものが多い。

 魔王討伐の旅の最初の頃なんかはそれを知らなくて、魔王軍の被害状況や布陣を知りたいから領主を出せと言ったらその領主が知らないどころか自分の領地の街の名前すら知らない者までいて驚いたものだという事を思い出した。


「それはそうだけどな。まぁせっかくこうして領主様になるんだ、改善できる事は改善した方がそれっぽいじゃんか」

「真面目だねぇ」

 そんな返事にラエルスは苦笑する。少なくとも魔王討伐の旅よりよっぽど楽だとは思うが、などと考えながら。


 *


 凱旋パレードを行った王都オルカルから馬車で5日、ようやくリフテラートの街並みが見えてきた。

「綺麗な街だな」

「リフテラートは結構有名なリゾート地だからね」


 リフテラートは国の中でも屈指のリゾート地なのだという。こちらの世界の事をあまりよく分かっていない頃から、ラエルスはよく好意的な意味でこの街の名前を聞いていた。

 遠くからでもその白と青を基調にした美しい街は、確かにリゾート地と言うに相応しい。


「しかしそんな街の領主がなんで追放されるかね」

「来る前に色々聞いてみたんだけど、どうもこの街は色々と行き詰ってるみたいよ」

「行き詰ってる?なんだそりゃ」


 グリフィア曰く、リフテラートは国の中でも随一の観光地ではあるが、何せ王都から距離がある。王都以外の場所からであれば尚更だ。

 訪れた者が故郷に帰りその美しい街並みを語れば皆がそれを羨ましがり、思わず溜息が漏れる程の景観を持つ海岸線を描いた絵葉書は訪れた者の記憶と共に語られ世界一の海岸などとさえ言われる程だ。


 だが遠い。オルカルからでさえ馬車で5日、この広大なアムダス王国の端から行くならば10日や20日を行くだけで費やさなければならない。それもあってかリフテラートは、国民の中では"一度は行ってみたい場所"として認知されながら、実際に行ったことがあるのはごく少数という場所となっているのだ。


「ほーん、つまりは人が来づらくてこれ以上の発展が望めない。それで頭を挿げ替えて何とかしようってわけか」

「みたいね。ま、私はこのままでもいいとは思うけど」


 グリフィアはそう言って体を伸ばした。長時間の馬車の旅は考え事をするにはちょうどいいが、体が凝り固まってしまう事がキツい。


「しかし、魔王との戦いも終えて勇者の任も解かれて。もしかして、もう暇か?」

「領主なんてお飾りよ。さんざんお国の為に戦ってきたんだから、リゾート地でスローライフを満喫しましょうよ」

「そうだな」


 そう言ってラエルスは笑い、グリフィアと同じように背伸びをした。


「あーあ、エコノミークラス症候群になりそうだ」

「なにそれ?」

「なんでもないよ」


 リフテラートまであと少し、仲良しカップルを乗せた馬車はごとごとと音を立てて進んでいく。

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