第十四話

「ところでアレどうなりました?」


「アレ?」


 コンビニでお菓子と飲み物を買い込んで車内へと戻る。


「石と小屋」


 二人で選んだチョコ菓子の箱を早速開けて聞いたのは先日手伝った探し物のその後。

 神社自体は土砂に埋まり、山は半分崩れ、元の場所に戻すどころではないのだから、どうするのだろうと疑問があった。


「あー、あれね」


 私の問いに須藤さんは缶コーヒーの蓋を開けて一口飲み。


「向こうの市に返して丁重に廃棄する予定だったんだけど」


「だけど?」


 ギアがニュートラルからドライブに切り替わりサイドブレーキが外れる。


「色々あって整備後また祀られることになった」


 そのままアクセルに倣って発進。

 駐車場からの左折で車体が傾く。

 合わせて私の体も助手席で傾く。


「後から調べてわかったことなんだけどね。山が半分崩れるとか凄い状態だったからあんまり伝えられてないけど、あの土砂が土嚢代わりになったおかげで市内が浸水せずに済んだんだって」


 慣性に身を任せて体勢が戻る頃に長い手が伸びて持っていたお菓子の箱からタケノコチョコを奪っていく。


「山が崩れたことでせき止められて川の流れが変わったから水害は免れたんだってさ」


 ふーんと頷きながらタケノコチョコを頬張る。

 好みも性格もほとんど合わない私達だけど、お菓子の好き嫌いだけは不思議と合っている。キノコチョコ派だったら血を見てたかも知れない。主に私が。


「それもこれもあの神社にいた神様の思し召しじゃ~って、近所のご老人連中が言い出したみたいでさ。諸経費諸々はワシらで出すからまた祀り直してくれ~って役所に直談判したらしいよ」


 信号が黄色から赤に変わり停止線で車が止まる。


「まぁ、山が崩れたせいで川下に土砂の一部が流れちゃって今回みたいなことになったんだけど、ここら一帯を横断するあの川は下流に行くほど幅広くなるし深くもなるから結果オーライだったわけよ」


 長い手足を折りたたむように運転席に仕舞う姿は糸が絡まり手足を伸ばし切れなくなった操り人形を連想させ、ハンドルにアゴを乗せてあくびする赤信号に照らされた横顔が深海魚みたいだった。


「今深海魚みたいとか思っただろキミ」


「誰もフクロウナギみたいだなって思っていませんよ」


「思ってるじゃんっていうかよく知ってるなフクロウナギ」


「勝手に人の心読まないでくれませんか?」


 いつの間に距離だけではなく人の考えまでわかるようになったんだこの人。

 信号が青に変わりアクセルが踏み込まれる。

 合わせて軽く咳払い。


「……実際あの神社が、橋の上にいた幽霊が最後の力で守ろうとしたんでしょうかね?」


 仕切り直しで余計な茶々は流れ、対向車のライトで車内が一瞬明るくなる。

 射し込んだ光が須藤さんの瞳をギラつかせ。


「仮にそうならアタシは逆に目にもの見せてやろうとしたんじゃないかって思うけど」


「どうしてです?」


「だって大概拗らせてるだろ。自分の山から離れた隣の市にまで来てなおも出てくるとか」


「ギャッギャッ」と笑い覗く歪な歯を余計際立たせた。


「これはあくまで持論だけど、ああいう祀られてる物ってのは人の想いあってこそだと思うわけよ。認知されてこそ力を発揮する。所詮は人が作り出したもんだから、神でも仏でもなんでも、そうであって欲しいと願われれば願い通りの姿になれる」


 横断歩道に人の姿。

 速度を落として先に渡ってもらう。


「そこに良いも悪いも無い。善悪じゃなくもっと単純な、使い勝手がいいとか、あると安心するとかの純真無垢な想いが信仰ってのに繋がってて」


 渡り切ったのを見送り再出発。


「そんな形の無い不確かなモノの上に成り立ってるなにかにとっちゃあ、尊敬だろうが畏怖だろうが、認知された存在になれればいいんだよ」


「だから「自分を忘れるな」って山を崩したって言うんですか?」


 もう一回祀れ敬えと、言いたかったのだろうか?


「そっちの方が執念深くてアタシは好きだよ。小綺麗な人間の身姿にも似合ってるし」


 外からの会釈にガラス越しの会釈を返して微かため息。


「……執念深いのなら」


 息を吸うついでに最後のたけのこチョコを口へ。


「今回出てきたのも「自分と彼を引き裂いたままにしないで」って川に連れ拐われた彼を取り戻そうとしたのかも」


「彼?」


「あの石。しめ縄で繋がってるくらいですから、いい仲だったのかなって。ほら、嫉妬って執念の塊みたいなものですし」


「あー、川に奪われたから自分のとこに戻ってくるよう仕向けたと」


「それならロマンあって素敵かなって」


「ロマンあるかそれ? なかなかドロドロだぞ?」


 口の中で溶ける甘いチョコとは似て非なる、ロマンありドロドロありなブラック妄想に浸る。

 私達の能力は探し物を見つけられても、なぜそうなったのかの真相は探れない。

 解るのは所在地までで、諸事情まではわからない。


 どうしてあんなところにあんなモノが?

 どうしてあんなモノがこんなところに?


 そういうのを探り知るのはまた別の分野だ。

 だからアレがどうだったとかコレがどうだったとか。

 事前事後の調査で知ったことと考察を繋ぎ合わせ、作り物を語ってそれっぽい物語を作る。

 時には下世話な色恋沙汰で盛り上がる。

 無粋だと思う。大きなお世話だと思う。

 そうわかっていながらも行われる勘繰りに、性格が悪いなと思いながら。


「大概拗らせてますね、須藤さん」


「それはキミもだろ」


「結局何が祀られてたんでしょう」


「さぁね。まぁ、もうアタシらには関係ないことさ」


「ですかね」


 好みも性格も合わない私達だけど、本当。

 こういう変なところばかりは気が合うな、と。今でも須藤さんと楽しく過ごせてる理由を再確認。

 丁字路を右へ。


「もうちょっとドライブする?」


「名案ですね。丁度明日は休みですし」


「それじゃどっか行きたいとこある?」


「隣の市とかどうですか? 私もその神社があった山見てみたいです」


「オッケー。のんびり行こっか」


 車は緩やかな速度で、件の橋へと差し掛かった。

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