第三話

 事の発端は数日前。

 テレビが朝から晩まで大雨の被害状況を放映していた日に遡る。

 私が自宅待機でミルクティーを飲んでいた丁度その頃。

 隣市にある小さな山が一つ、悪天候に耐え切れず土砂となり崩れた。

 市街地から離れた場所にあったのもあり、幸い家屋の倒壊や人が生き埋めになったという被害はなかったものの、崩れた土やら木が付近を流れる川にまで押し寄せ水面を濁らせた。

 事態は瞬く間に川全体に広がり、流れに身を任せる形で下流までもを侵食していった。

 それが今私達の目の前で流れる川の上流、隣の市で起こった話。

 ここら辺のベンチに泥や土が付いてるのはそこから流れてきた土砂のせいもあるのだろう。

 ここまでで終わるなら隣の市には悪いけど、へーそんなことがあったのかーで終わることであり、私が須藤さんに呼ばれて夜遅くにこんな所にいる必要はない。

 問題はその山の中に『あるモノ』が人知れず存在していたことだ。


「神社がね、あったんだよ。地元住人に忘れ去られてるような、ほとんど山の一部として侵食されてる古ぼけたのがそこに」


 空からバケツをひっくり返したような大雨が降った翌日。

 被害状況を確認しに来た人々が見たのは、山半分の土砂とそこから顔を出す剥げが目立つ赤い鳥居であった。

 そこにあったことを気付かれなかった在りし日の神社は、倒壊してようやくぶりにその存在を認知されたのだ。

 そこに何が祀られていて、何がご神体なのかも周知されないままに。


「確認できた一番初めの記録が大正中期。そこから不定期だけど数年置きで修繕の資料が残されてる。一応神主らしい人はいたみたいだけどまぁ、いつの間にかいなくなってるね」


「最後の記録はつい最近……なわけないですよね。今の話とこの写真からして」


 手の中にある白黒写真を裏返す。


「最後の記録は昭和初期。第二次世界大戦始まる前だね」


「……みたいですね」


 古ぼけた汚れの中に掠れた日付を見つけ出した。


「戦中のゴタゴタで管理してる人は消え失せ、戦後のバタバタで合併していく町からは忘れ去られ、ついには地図にも載らなくなり、残ったのは手を加えていいのかどうかもわからない土地と今の町役場の倉庫で眠ってたその資料だけ」


 軽い口調で言う割に、その内容はなんとも物悲しいものであった。

 人の中から失せ、町の中から失せ。そこに有るのに無いモノとして扱われて。

 写真に写るご神体は、一体。

 どんな思いで崩れた山に存在し続けたのだろうか?

 ……ん? というか。


「持ち出してきて良かったんですかこの資料?」


 急に不安になって須藤さんに聞く。

 写真も資料も一応小分けで保存用っぽい袋に入ってるけど、普通なら持ち出し厳禁な品々じゃないかなコレ?


「現地での確認作業も終わってるし、今のとこ使う予定もないしで大事に扱うならって条件付きで貸してくれた」


 私の質問へのあっけらかんとした返答にそれでいいのか行政とも思ったけど。


「あとこっちの事情と役職伝えたら特別にって渡してくれた」


 それもこれも須藤さんだからなんだろうなと妙に納得してしまった。



 こけしの頭と胴体に手足代わりの曲がるストロー付けた様な須藤さんの肩書きは『三綴市市役所職員』である。

 と言ってもその仕事はちょっと特殊で、『一般職員が行わない』『一般職員が関わらない』三綴市の問題を解決する為日夜働いている。

 業務内容は多岐にわたり、探し物から調べ物。世間一般が言う普通の人では対応の難しい荒事などを主に受け持っている。

 言ってしまえば市公認の、市内専門の何でも屋。

 そんな怪しい役職が罷り通るのかという疑問はあるけど、大昔からこの地域にいる『大地主』須藤家の娘なら、邪険にしないようにって気を利かせる周りの力で罷り通ってしまうのだろう。

 役所内にデスクも部屋も無い彼女一人だけの、何かあった場合部外者として切れるような立ち位置に籍を置く厄介事専門部署。

 家督を手放し、でも使えるからで大地主の娘を振りかざし、須藤さん自身が発案して設立した場所。


「事情、ですか」


 今回の一件もその一環なのだろう。

 須藤さんの言葉を反照して橋を見上げる。

 視線の先にはゆらゆら揺れる着物姿の女性。

 最近この橋に現れた古風な幽霊、と。市民から呼ばれ始めている存在。

 実際はもう少し違うモノなのだが、知らない人達からすれば違いなんてわからない。


「須藤さんはあの幽霊がその隣の市で崩れた神社と関係があると思ってるんですか?」


 市内で起こる超常現象、怪奇現象の対処も問題として持ち込まれるなら。

 科学では説明出来ない事象の対応も『厄介事』として持ち込まれるなら。

 幽霊騒ぎの沈静化も当然須藤さんの仕事となる。


「確証は無いけどね」


 解決できるだけの力と経験が須藤さんと私にはある。

 投げかけた質問に「ギャッギャッ」と不気味な笑いと頷きを添えながら立ち上がる須藤さんは、なんとも心許ない返答をしてこちらへ近寄ってきた。


「この注連縄付いた石あるでしょ?」


 手にする資料を覗き込む影が真上から落ちて紙面に頭一つ分の影を落とす。


「見えませんよ」


「あっ、ごめん」


 サラサラのおかっぱが引き下がり、隣に現れる。

 二人分の体重が片方にかかりボートが斜めになる。

 安定していた座り具合が不安定になって咄嗟に片手を縁に置き身を支えた。


「鳥居含む残骸やらは現場とその付近、遠くとも市内であらかた見つかってるんだけど、この石とかだけは未だ見つかってないんだよ」


 長い指が写真の一枚を指差し目線を誘導する。

 袖が僅かに土で汚れているのが見えた。

 そこに写るしめ縄付きの石は白黒と古ぼけ具合が相まって余計仰々しく唯一無二の様に見えて、しかし。


「土砂に巻き込まれたのなら他の石に紛れたとか考えられないですかね?」


 場所が場所なら見分けがつかないと感じた。

 なんたって小さくとも山が半分崩れたのだ。

 祀られてあったであろう石がその辺の道端に落ちているモノより大きくとも、古めかしくとも。

 山の中であれば同じくらいの石ゴロゴロしているだろうし、どれがそうだとかわからなくなっても不思議ではないように思えた。


「それはアタシも思った。だから今日現地まで足運んで」


『能力を使った』と、須藤さんは言って指先を滑らせた。


「その時見えたのがこの数字。地図で確認したら現地からこの橋までの直線距離だったわけよ」


 示すのは地図上に引かれた赤線と二重丸内の距離。


「ここら辺に流れてきてんだよ、石が。んでそれが原因で浮き上がってきてんのがあの着物のヤツだとアタシは思ってる」


 須藤さんが持つ『能力』を使って見た数字。

 それに対しては驚きもせず。


「ふーん」


 とだけ返して。


「探し物、神社そのものかと思っていました」


「いや神社そのものはデカ過ぎて流れないでしょ」


 四白眼をぱちくりしている須藤さんより先に立ち上がった。

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