暑がりさん vs 寒がりさん

ちびまるフォイ

自分のほうがもっと辛い

18℃。



「なんでこんな寒くするのよ……」


女はボタンを押して温度を上げた。

しばらくして、太った男がやってきた。



23℃



「バカか、なんでこんな暑くするんだ」


男はボタンを押して温度を下げた。

再び18℃に戻ったことで女は足をがくがくと震わせる。


23℃へ戻す。

18℃へ戻す。

23℃へ戻す。

18℃へ戻す。


お互いに我慢の限界に達した。


「ちょっと! なんでさっきからバカみたいに寒くするのよ!」

「そっちこそ! 死ぬほど暑くしやがって! 嫌がらせか!」


揉めている二人のもとにサイレンの音が近づいてくる。


「空調警察だ!! お前ら二人とも逮捕する!!」


二人は空調戦犯により投獄された。

2つ並びの監獄にそれぞれ閉じ込められると、空調の音だけが響いていた。


「貴様ら二人はこれから空調犯罪法にのっとって処罰される」


「なんだよ空調犯罪法って!」

「そうよ! それにどうして私の牢獄にエアコンがあるのよ!」


「寒がりのお前には暑い部屋を、暑がりのお前には寒い部屋を与えた。

 そして、我慢比べに勝利したほうがここから出られる」


「なるほどね、だがこのくらい冷えているほうが俺には適温だ」

「おあいにくさま。こっちもちょうどいいくらいの暑さで最高よ」


「我慢できなくなったら教えるが良い」


空調警察官はふたつの監獄の前にパイプ椅子に座って待った。


しばらくしても、寒がりの女も暑がりの男も平気な顔をしていた。

といっても横に並んでいる監獄でお互いの顔など見れるわけもないが。


「寒さに我慢できなくなったら負けを認めていいのよ?」


「はあ? 何言ってんだ。そっちこそ、そんなこと言うくらいだから限界近いのか」


「そう思っているんなら幸せね。その部屋で頭も冷やしたら?」


暑い部屋にいる寒がりの女。

寒い部屋にいる暑がりの男。


どちらもなんら顔色変えることなく我慢比べは続いた。


平気に思えたはずの室温も時間が経つにつれて体に変化を及ぼし始めた。


寒がりの女の華奢な体は、芯まで温められ始める。

暑がりの男についた体の脂肪は一旦冷えるや保冷剤のごとく冷やし続ける。


「はぁ……はぁ……そ、そろそろ……限界でしょう……?」


「そ、そそそそそ、そっちこそそそそ、限界近いんじゃないかかかか……」


寒がりの女の体からは汗が吹き出し、暑がりの男の体は寒さで震える。

すでに限界を超えている状態だった。


二人の脳内に「死」という文字が浮かんだとき、同時に監獄の格子にへばりついて叫んだ。


「もう限界よ! ここから出して!」

「もう限界だ! はやく出してくれ!」


格子を隔てた向こう側で座る空調警察に叫んだ。

けれど空調警察はぴくりとも動かない。


「ちょっと! 聞こえてるの!?」

「早く出してくれ! 今にも凍えてしまいそうだ!!」


すると、腕組みをして座っていた空調警察の体がぐらりと横に傾いた。

イスごと横倒しになってからもぴくりとも動かない。



「「 し、死んでる……!! 」」



空調牢獄から漏れる強烈な寒暖の落差により命を落としていた。

二人は監禁されたまま出る手段を失ってしまった。


「どうするのよ!? 私、この蒸し部屋で死ねっていうの!?」

「俺だって、こんな場所で凍死なんかしたくない!!」


壁を隔てた二人はパニックに陥る。

そして、二人の部屋を分かつのは1枚の壁であることに気づいた。


「ちょっと待って。この壁の向こう側には寒い部屋があるのよね?」


「この壁の向こうにはムンムンに暑い部屋があるんだよな!? それならーー」


「「 この壁を壊せば、適温になるはず!! 」」


あれだけいがみ合っていた二人は心をひとつにして中央の壁を壊し始めた。

東西を分けていたベルリンの壁を壊すかのように、自由と開放を求めて二人は必死だった。


汗が吹き出すほどの暑い部屋。

手先が動かなくなるほどの寒い部屋。


それが1つの部屋になったとき、お互いの空調は相殺されて適温の部屋が出来上がる。


「頑張って! もう少しよ!!」

「ああ! 君もがんばれ! 諦めるな!!」


二人はお互いを鼓舞し合いながら必死に壁を壊した。

壁の向こうに恋人でも待っているかのように。


そして、ついにその時が訪れた。


「やった!!」

「開通したわ!!」


2つの部屋を分けていた壁が壊され、片方の部屋に滞留していた空気が一気になだれ込む。

両方の空気がまじりあい、完全なる適温の部屋ができた。


二人はお互いに近寄って手を伸ばした。


「君がいなかったらここまで努力できなかった」

「私もよ、壁の向こうであなたがいると思ったからがんばれたわ」


二人はお互いを認め合い固い握手をしようとしたとき。

お互いの部屋から風が送り込まれた。



「……ちょっと、なにこの匂い!? クサッ!! 加齢臭!?」


「うわっ! なんだよこの鼻がひん曲がりそうな化粧臭さは!?」


「そっちこそ! その汗臭くて、酸っぱくて気持ち悪い匂いをなんとかしてよ!!」


「それよりもお前のそのドギつい香水の匂いをなんとかしてからだ!!!」



二人はふたたび部屋の両端へと逃げ帰ってしまった。

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