2−8

 グレンは竜の姿のままで、城の広い中庭へと降り立った。

 その目の前にはアンカーディアがいた。

「呼んだか」

 グレンは、一言冷たくアンカーディアへ確認する。

 アンカーディアは黒い装束にマントを羽織り、旅装束をしていた。

「……小物が一匹、城にどうも侵入しているようだ。気づいたか?」

 アンカーディアも普段とは違う冷徹な声音でグレンを見上げる。

 思わぬ内容に、グレンは眉をひそめた。

「いや、俺は気づかなかったが……」

「魔術の使い手らしい。上手く気配を隠している……私は、今から大陸の西へ出かける。戦争が起こったらしい。戦火が広がらぬか様子を見に二、三日城を空けるが……」

「分かっている。始末しておこう」

 グレンは首を垂れた。

 その頭上へ、アンカーディアが手をかざす。

「探索の魔力を、授けておこう。……お前はその手のことが雑だ」

 ふっとアンカーディアが笑った。

 嫌味を言われたとグレンも分かったが、黙って主人の声を聞く。

 アンカーディアが聖句を唱え、グレンの瞳は一瞬赤く光った。

 手を下ろしながらアンカーディアが背を向ける。

「……姫と、親しくしているようだな」

「ああ、契約違反ではなかったと思うが?」

 グレンは首を上げる。瞬くと、確かに城の中に異質な気配がするのがわかった。

 男が一人、どうも侵入しているようだ。今のグレンならば探すのは簡単だろう。

 アンカーディアは肩を揺らして笑う。

「しかし、お前と姫が親密になるとは……。姫はどう思うだろうな。お前が、故国を裏切り、たった一人の幼い姫の守護のために、ここに来たと知れば」

「言うつもりはない。……そういう契約だったろう、アンカーディア。俺は姫を守るためにお前の傘下に下った。しかし、立場は同等のはずだ」

「そう、同等だ。そして、姫が私のものであることも、事実だ」

「分かっている!」

 グレンは吠える。どうにもならない苛立ちが、グレンに芽生えかけていた。

(どうしたと言うんだ、俺は……。俺はただ、アリーシアを最後まで見守れれば良いと……)

「分かっているなら、良い」

 目を伏せ、アンカーディアは独り言のように言う。

「姫の短い人生も、運命そのものも。……全て私のものだ」

 風が、アンカーディアの銀髪をなびかせる。

 グレンは鉤爪で土を握り、掻いた。

「その短い人生を、アリーシアに与えたのはお前ではないか!」

「そのとおりだ。私は、アリーシアを愛している。だからこそ、彼女が一番美しいだろう時間で彼女の命を摘み取るのだ」

「それは、お前の自己満足でしか無い!」

「お前には分かるまい。この、私の気持ちなど。アリーシアの命を左右できるのは私だけなのだ」

 アンカーディアは哀れみを込めた眼差しで、グレンを見つめる。

 グレンは吐き捨てた。

「俺には、分からぬ」

 アンカーディアは薄く笑い、グレンへと背を向けて中庭から城の中へと戻っていく。

 その背を見送り、グレンもまたアンカーディアに背を向けた。 

 2人は無言で別れ、お互いを振り返ることはなかった。

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