2−6

 翼を広げて、グレンはアリーシアを雨から守っていた。

 2人は鉄格子ごしに向かい合っていた。けれどグレンは相変わらず、軽く顔は背けている。

 グレンの角や鱗を伝って、雨が滑り落ちていく。アリーシアはそれを綺麗だと思って眺めた。

「それで? 何が聞きたい」

 根負けしたグレンが低くアリーシアへと囁く。声を潜めても、恐らくアンカーディアには会話は筒抜けだとは分かっていたが、自然とそうなった。

 アリーシアは故国を思い出し、瞳を輝かせた。

「故国の。故国の話をして下さい、グレン様。父母は、城の皆は元気でしょうか」

 鉄格子越しに懸命にアリーシアは訴える。

 アリーシアの白い頬を松明の光が照らし出していた。

「ここに来てからずっと、過去のことは考えないようにしてきました。そして、城の外のことも。けれど、今は貴方様がいる……お話をして下さい」

 グレンはかすかに首を振った。

「俺も、アンカーディアとの契約でここからそう遠くまで飛んでいけるわけではない。だが……」

 グレンは一瞬黙り込んだ。首を傾げると今度はアリーシアの瞳を覗き込む。グレンは瞬きし、漆黒の瞳を魔導の光で光らせた。

「あんたを通して、今のアルゴン国が見える。……父王も母親も健在だ。お前のいう城のみんなという者たちも、多くは元気に暮らしているようだ」

「本当ですか!?」

 目の前にある鉄格子を握る手に、力がこもる。

(懐かしいお父様、お母様……)

 うっすらとアリーシアの目に涙が浮かんだ。

 けれど、すぐにそれを指で拭う。泣いてはいけない。グレンにも、そしてアンカーディアにも迷惑と心配をかけるだろう。

 雨は次第に弱くなっていった。

 アリーシアは顔を上げた。目の前に竜の姿のグレンがいた。

 グレンはぐっと首を下げると、大きな体を伏せて愛おしむようにアリーシアを見つめた。

「しかし……あんたはいつも、自分のこと以外ばかりだな」

「え!?」

 意外な言葉にアリーシアは聞き返した。

 グレンが目を伏せる。

「自分のことは考えないんだなと、そう言ったんだ」

 繰り返された言葉をアリーシアは考えた。

(自分のこと……?)

 だって、とアリーシアは思う。

(だって、考えても仕方ないもの。自分は、呪いにかかって最後は……)

 しかしアリーシアはその先の言葉は飲み込んだ。代わりにこう言った。

「考えたことくらい、あります。アンカーディア様との、その……婚姻……とか」

 最後は小さな声になり、アリーシアは頬を赤くして俯く。

 口に出したことで、自分が現実的には考えたことがないことが分かってしまった。

 ハッとグレンが小馬鹿にしたように笑った。

「嘘をつくな。……相変わらず、あんたは運命には抗わない主義なんだな」

「嘘じゃ……」

 ない、と言い切れずアリーシアはドレスを掴んだ。

 それでも、間近にあるグレンの瞳を見返すと、挑むように聞き返す。

「それでは、どうしろとおっしゃるんですか? 私にかかった呪い……運命は変えられるものじゃないはずです」

「そこだな。なぜ、そこで諦める。自分の力で、運命を切り開こうとしない」

 薄目を開けてグレンが見返してきた。

 大きな竜に睨みつけられて、アリーシアは言葉に詰まる。

「だって、私は……」

「だって、でも、では運命は変わらない。お前は運命を変えるべく、動いたことがあるのか?」

「私はっ……」

 痛いところをつかれた。アリーシアは我慢が出来ずに立ち上がった。

 せっかくのグレンとの会話なのに、グレンは意地悪を言う。もっとたくさんの会話をしたいのに。

「また……参ります」

 アリーシアはやっとのことでそれだけを絞り出した。グレンは動かない。

 アリーシアは踵を返した。

「足元に気をつけて帰れ」

 グレンの最後の一声だけは、どこか優しげな色を含んでいた。

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