レシピ5 今回はずっと私のターン!

 私こと夢弓は実家暮らしです。お父さんとお母さんと3人暮らしです。

 お姉ちゃんは結婚したので隣の市に住んでいます。

 名前はお父さんが黒羽くろは 勇太ゆうたとお母さんが華穂かほです。


 そして私は今お母さんの背中を前にして怖じけずいています。お母さんは夕食の準備中、普段なら見慣れた安心する光景でありますが、今の私の気持ちからなのか右手に持つ包丁が凶器にしか見えません。


「なんね? さっきからこそこそして、私の背中に立たんといてくれる?」


 どっかのスナイパーみたいなことを言われ包丁を持ったままこちらを睨む。こ、こわい……


「えっとね、お母さん。今度さ、お弁当を作ってみようかなぁとか思ってて、あっいや私のね。ほら、そろそろ料理とかちゃんと覚えてね、練習したいなあって……ね」


 お母さんの眼光に合わせ包丁の輝きが増している気がする。母は強しって本当ですね、今私の足が震える程の圧をかけてくるんですから。


「ゆめ、もう一度言うてくれん? 最近耳が遠うなって、よう聞こえんのよね」


 耳が遠いとか絶対嘘だ。ちょーー地獄耳な癖にぃぃ。


「お、鬼や」

「ああん? なんてぇ?」


 ボソッと呟いた私の言葉を聞き逃さず反応してくる。ほらやっぱ嘘じゃん。だけど負けません、私はひろくんに「おいしい」って抱き締めらてもらう為に頑張るのです!


「私もこのままじゃいけんけん、頑張って覚えたかと!」


 私の心からの叫びをぶつける。お母さんは小さくため息をつく。


「……手ば洗ってい」


 手を洗ってきた私にお母さんが包丁を渡してくる。そしてまな板を見る。

 カ、カボチャ!? 強敵ではないですか。


「今日はカボチャの煮物を作るから角切りにしてみなさい」

「あい!」


 強敵を前にして返事を噛んでしまったけど気にしたら負けです。

 私はこの固い外皮に覆われたカボチャを前に静かに精神統一をする。相手はカボチャ避けられることはない。問題はあの外皮、目で見るな! 心で感じるんだ!

 包丁の柄を持つ手に力が入る。切るイメージ……


「あうっ!?」


 頭を強烈なチョップが襲う。


「あんた、目ばつぶって包丁持つとかバカじゃなかと」


 心で切ろうとしていました。そんなことを思ってた私から包丁をお母さんが受けとると。


「いい? カボチャは固いから包丁の先端をまな板に当ててそこを支点に下ろしていくの。どうしても切れなかったらレンジで温めて柔らかくして切る方法もあるから。効率よく怪我しないようにやりなさい。

 ゆめは成績悪い訳じゃないんだから頭は悪くないはずだから分かるでしょ。

 だからもっと落ち着く! そして自分の世界に入らない!」


 私の心が読まれている!? いや自分でも変なこと考えてるなあって自覚はあるのです。

 今だって包丁をお母さんに渡したら真の持ち主の力が解放されて包丁の輝きが増した気がした!? とか思ってたもんです。


「あひぃ!?」


 本日2度目のチョップが私の脳天に振り下ろされる。


「言ったそばから心がどっかにいく!」

「ごめんなさいぃ」


 あぁ昔から直ぐにボーーとしちゃうんだよねぇ。心で大きなため息をつく。

 昔、天然ちゃんとか言われてたけど、心が何処かにお出かけしてただけだし。23になって天然ちゃんは……痛いなぁ。


「ゆめ、あんた最近彼氏が出来たんでしょ。お弁当はその為に作るの? 作ってくれって言われたの?」

「うんうん、違う。私が勝手に作れたらいいなあって思っただけ……ってお母さん私が付き合ってるのどうして知っとうと!?」


 お母さんが包丁を持ったままニヤリと笑う。いや本当に怖いです。夢に出てきそう。


「主婦のネットワークを舐めなさんなよ。

 料理を覚えようとするのは良いことだけどね。ゆめ、あんたその彼に料理苦手だって言った?」


 私は首を横に振る。


「見栄はって嘘ついてもいずればれるよ! もし料理苦手だって言って、文句言うような人ならそれだけの人だったてこと。なに? 言いそうな人なの?」

「言わないよそんなこと!」

「じゃあちゃんと言いなさいよ!」

「むぅぅ」


 何でお母さんはこうも的確に正論を突いてくるんだろう。私が悪いのは分かってるんだって、でも言えない、嫌われたくないから。この気持ちも考慮して言って欲しい。

 私はお母さんやお姉ちゃんみたいにビシッと言えないもの。

 お母さんと話しているとついつい感情的になって喧嘩っぽくなってしまう。


「分かった、言うから、ちゃんと言うから料理教えて」


 いつもならムスっとして時間での解決を試みてしまうところだが今はお母さんに教わりたい気持ちの方が強いので折れる。


「はぁ~、ちゃんと言いなさいよ。まあ、ゆめが真剣みたいだから教えるけど。そうねお弁当を作るなら冷食と茹で野菜なんかを利用して1品だけ、玉子焼きだけ作れば形にはなるはずだから」


 お母さんが冷蔵庫から卵を持ってくるとボールに割るように言われる。最近の練習で卵割り、3割の打率を誇る私には簡単すぎる課題である。


 手に持った卵を流しの角でコン、コンと優しくヒビを入れる。そしてヒビを下に向け両手の親指をグッと……グッ……グーー……破!!


 グチャっとつぶれる卵とベトベトになる私の手、そしてあきれた顔のお母さん。


「もう少し強く叩いてヒビを入れた方が良いんじゃないの」


 お母さんのアドバイスを受け卵を持って大きく振りかぶる私の脳天に本日3度目のチョップが華麗に決まったのは言うまでもない。


 ***


「ただいまあ」


 夕方、玄関が開いてお父さんが帰ってくる。


 スーツから部屋着に着替えたお父さんがリビングに入ってテーブルの品を見て一言。


「今日卵料理多くない?」

「それねぇゆめが料理の練習したからよ」


 お椀によそおったご飯を運びながらお母さんが答える。お父さんはその答えに納得したみたいでニコニコして私に話しかけてくる。


「ゆめが料理作るとか久しぶりじゃないか? 卵料理は基本って言うし向上心があるのは良いことだと思うよ」


 そう言いながら椅子に座るお父さんにお母さんの一言。


「ゆめね、彼氏が出来たんですって、料理の練習はその為」


 さっきまでニコニコだったお父さんの顔がひきつる。あぁこれは機嫌が悪いときの顔だ。ムスーーとしている。

 関係ないけどこのムスーーってする顔私と似てるらしいけど断じてそんなことは無いはずです。


「彼氏ってどんな人なの? 名前は?」


 テンション高めのお母さんに対して無言でガリガリ音を立てながら玉子焼きを食べるお父さん。気まずいなぁ。

 とりあえずお母さんの質問には答えていく。お父さんが聞いていないふりをしているけど、ものすごーーーーく耳を傾けて聞いてるのを感じるのでひろくんの事を話辛い。


「へぇ、眞子ちゃんの紹介ねぇ。あの子去年結婚したのよね?」

「お母さん、眞子先輩知ってるの?」

「高校時代、お姉ちゃんがたまに連れてきてたでしょ。明るくてよく笑う子だったわよね」


 お母さんの記憶力恐るべし。私なんて昨日の晩御飯も覚えていないのに。


「そうそう、その裕仁君。今度連れてきなさい。お母さん会ってみたいわ。ね? お父さんもそうでしょ」


 お父さんはつぶれた目玉焼きをボリボリ食べている。


「その男は酒を飲むのか?」


 ボソッとお父さんが発した一言に驚き反応が遅れるけど答える。


「お酒飲めないって」

「タバコは吸うのか?」

「吸わないよ」

「ギャンブルは?」

「しないよ」

「趣味は?」

「釣りとキャンプ。車も好きだよ」

「車は何に乗っている?」


「はい! ストーーーープ!」


 お母さんがお父さんのマシンガンの様な質問を止める。


「お父さんも興味あるって! だから連れてきなさい! 都合の良い日を教えなさいね。こっちも調整するから」

「う、うん」


 あれ? 料理を教えてもらう話からどこがどうなってひろくんを連れてくることになったんでしょ? 訳が分かりませんよ。

 私の心配事は増える一方なわけです。






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