レシピ4 お弁当を作れる女子は素敵だと思います(他人事)

 俺、裕仁の仕事はホームセンターの社員な訳でまあ大変だけど別に仕事でピンチだ! とか俺が怪我で入院してゆめの手厚い看護で危機を乗り越えるとかは一切ありません。


 そんな俺はお昼ご飯中。近くのスーパーで買ってきたお弁当を休憩室で食べている。


「入月君、ゆめとはどう? 上手くいってる? って聞かなくてもいってるねその顔は」


 俺に声をかけてきたのはゆめを紹介してくれた先輩。柚木ゆき 眞子まこさんだ。ゆめの高校時代の先輩でもある。


「お陰さまで楽しくやってます。この間ゆめが──」

「ハイハイ、惚気のろけは良いって。まあ、紹介した身としては嬉しいけどね」


 手をパタパタさせてご馳走さまとか言われる。俺としてはもっと話したいところだが他人の惚気話とか聞きたくないだろうしグッと我慢する。


「ゆめさぁ、おっちょこちょいなとこあるでしょ? それに恥ずかしがり屋でさぁ、可愛いくて高校時代結構人気あったのに付き合えないって言うかね」


 柚木さんが肩をガシッと握ってくる。


「その点、入月君すごく優しいじゃん。ゆめには君しかいない! って思ったんだよねぇ。だから泣かせたらお姉さん怒るよ」


 肩に置かれた手に力が入る。痛い……


「そう言えば環季さんって知っています? ゆめのお姉さんですけど」

「おっ、あの人かぁ。もう会ったの?」

「はい、この前ゆめと一緒に来ましたよ」

「私の先輩だよ。結構パワフルな人じゃなかった? 気さくで面倒見良い人だけどゆめと一緒に来たの? 入月君に興味合ったから見たくて来たのかもね」


 昔を思い出しているのか柚木さんが思いだし笑いをしている感じで笑う。あの人らしいとか思ってるんだろうか。


「で、環季先輩はなんか言ってた?」

「えーっとですね。『ゆめを優しく見守ってくれ』と『環姉と呼べ』です」


 柚木さんが俺の肩をバシバシ叩いて笑う。いや本当に痛いです。


「環姉かぁ、相変わらずだね。でも見守ってくれってことはとりあえずは認められたってことじゃない?」

「ですかねぇ?」

「自信持ちなさいって。あの人、言うことはハッキリ言う人だったからね。入月君がダメならお前はダメだ!って言ってるよ」


 あの日実際に話した時間なんて数分だ。ああいうノリの人で誰でもあんな感じかと思ったけど違うのかな?


 柚木さんが俺の弁当を覗いてくる。


「ふ~ん、スーパーのお弁当ねぇ。お弁当とかゆめに作ってもらえないの?」

「いやあ、ゆめも仕事ありますし悪いですよ」

「うんにゃあ忙しくても、彼氏にはお弁当とか作りたいって思うのが乙女ってもんよ。乙女代表の私が言うから間違いないわよ!」


 こんな身近に乙女代表がいたとは灯台もと暗しというやつだな……いや信じてないからね。


「柚木さんも旦那さんにそんな感じだったんですか?」

「いや、私仕事して忙しいし。そんな暇ないって。自分の分ぐらい自分でどうにかしろよって感じ」

「えぇぇぇ」


 俺の「なんじゃそりゃ」って顔を見てケラケラ笑う。柚木さんはこんな感じの人な訳で、まあ面白い人ではある。


 ゆめの手作りお弁当かぁ──想像してみる。

 1合の米に対し健康に良いからと2合分のお酢で炊いたご飯の酸っぱ炊き……おっと危ない!? 想像するチャンネルを間違えた。


 えーーと色とりどりのおかずに、だし巻き玉子。あれは美味しかったなぁ。

 で仕事に行く前に渡されてお昼になって、同僚に見られたい気持ちと恥ずかしい気持ちでお弁当を蓋で隠しながら食べて……へへへへ


「おい、入月!」

「はっ!」

「休憩中だからって気持ち悪い顔で笑うのはやめろよ」


 上司の黒田さんが怪訝そうな顔で見ている。その後ろで柚木さんが笑ってる。


「あ、あぁすいません。ちょっと」

「ちょっとなんだよ。まあいい明日までに発注かけるからお前の担当エリアの発注リスト出しとけよ」

「はい、休憩終わったらすぐ出します」


「おう」と言って背中を向けて去る黒田さんの背を見ながら考える。

 材料費はお金を出せば解決するけど、ゆめの負担がなぁ。憧れるけど俺から言い出すのもちょっと難しいのかなぁ。


 ……どうでもいいけど柚木さん笑い過ぎです。


 ────────────────────


 私こと夢弓はお仕事中です。個人病院の医療事務をしています。

 因みに皮膚科なんですけど先生の名前が鮫膚さめはだなんで病院名は『鮫膚皮膚科』です。

 ちょっと痒そうに聞こえるのは私だけですかね?


 事務員は私含めて3人。先輩の伊野いの 由佳ゆうか と後輩の板波いたなみ 実桜みおの3人で頑張っています。

 でも今日はあまり患者さんが来ないので暇してます。


「ゆめ先輩、彼氏とはどうなんです?」


 実桜ちゃんがキャスター付きの椅子を華麗に滑らせ私の隣に滑り込んでくる。カーリングみたいだ。


「どうって?」

「ほらほら、大人なんですしぃ。あぁ聞きたいなぁリアルな恋バナ。学生時代のと違って大人の恋が聞きたいんですよぉ」


 えっと実桜ちゃんは専門学校を出て今年この皮膚科で働き始めた子です。人懐っこく明るい性格。

 そんな彼女は椅子をくるくる回転させている。器用な子だなぁ。


「べ、べつに何もないよ」

「この間彼のアパートでなんか作ったんじゃなかった?」


 ここで由佳先輩が参戦してくる。一番離れた机にいたのにこの人も器用に椅子をジグザグに滑らせながら私の空いている隣に滑り込んでくる。

 このスキルはこの病院では必要スキルなのかも。私出来ないけど。


 受付の窓口側にいた私の左右に由佳先輩と実桜ちゃんがいるので受け付けに3人が横に並んでいる状態でここで患者さん来たらビックリだよ。


「おぉ! ゆめ先輩お泊まりですかぁ」

「いやいやいや、カレーを作って一緒に食べて帰ったよ」

「ほうほう、手作りカレーですか。これで彼の胃袋は掴んだと」


 カレーを作ったときのことを思い出す。

 あれは私の手作りと言って良いのだろうか? う~ん、お姉ちゃんがほぼ作ったような……だとしたらひろくんの胃袋を掴んだのはお姉ちゃん!?

 今さら現実に気付く。いやでもあれから料理特訓はしている。

 10回中2回は殻を入れずに卵を割れる様になった。黄身はつぶれるけど。

 辛く厳しい修行だったなぁ……って


「ひゃあぁ」


 由佳先輩に脇腹を突っつかれて変な声を出してしまう。


「なになに? ぼーーとしてるけどなに思い出してんの? 教えなさいよ」

「聞きたい、聞きたい。今後の参考の為に聞かせて下さいよぉ」


 ニヤニヤして迫る2人の迫力におののく。


「本当に何もないですってばぁ。あっ、ほらもう少しでお昼休みですよ。ご飯ですって由佳先輩、今日お弁当屋さんで注文したんですよね? もうそろそろ届きますよ」


 そそくさと逃げようと椅子を滑らせようとするが上手く出来ない。そんな私に2人が華麗な椅子捌きで進行方向を塞いでくる。

 退路を探す私を逃がすまいと実桜ちゃんが椅子ごとにじり寄ってくる。


「あぁ話反らす気だぁ! じゃあじゃあ、ゆめ先輩お弁当とか彼氏さんに作ったりするんですか?」

「お弁当?」

「そうです。彼女が彼に作るお弁当です。彼女が作るお弁当って結婚してからとは違うなんかこう付き合ってる時ならではの初々しさ溢れるって感じがしません?」

「ゆめは可愛いの作りそうだよね」


 ちょっと想像する。

 仕事へ行く前のひろくんにお弁当を渡してからの「いってらっしゃい」でひろくんが帰ってきて「美味しかったよ」って空のお弁当箱を渡される……それでぇ……ふふふふ


「おーーい、ゆめーーぇ、にやけてる、にやけてる」

「ああ羨ましいぃぃぃ」


 2人の声が遠くに聞こえる。私の妄想は止まらない……ふふふふふ



 こうして同じ日にお弁当の話題になる2人ですが、作るのはもうちょっと先かな?






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