11話 夢描手


 ピーン・ポーンッ。


 描絵手がイラストを描き上げてくると約束した日の夜、なぜか自宅のインターホンが鳴った。

 荷物を頼んだ覚えはまったくない。

 それに家を訪ねてくるような友達の心当たりも。

 俺は不意に、ファンタジズムから荷物が届いたあの日を思い出していた。

 そんな余計なことを考えつつも、すぐにリビングにあるモニターから外の景色を確認した。

 結果的に俺はダッシュで玄関へ向かい、扉を開けることになった。


「あっ、急に来てごめん。どうしても直接見せたくて、来ちゃった。」

「わざわざ直接届けに来てくれたんだ。ありがとう、入ってよ。」


 外にいたのは描絵手だった。

 どうもメールではなく、直接絵を届けに来たらしい。

 すぐに彼女をリビングに通した。


「これなんだけど。」


 彼女はリビングの机にゆっくりとUSBメモリを置いた。

 丁度リビングで編集していたので、俺は早速PCにそれを差した。

 するとUSBの中にはいくつかのフォルダがあった。


『◇動画用

 ◇アイコン用

 ◇ヘッダー用』


 中身はリスト化され、さらにフォルダが並んでいた。

 とりあえず動画用のフォルダを開くと、いくつもの画像ファイルがある。


「こ、こんなに書いてくれたのか。」

「うん、少しだけ頑張りました!」

「あ、ありがたいけど体調は大丈夫か?かなり無理したんじゃ?」

「流石に少しだけ疲れたけど、体は大丈夫だよ。私頑丈だから。」

「そう、それならよかったけど。」

(完全に強がってるな。目の下にかなり大きなクマがある。でもここまで頑張ってくれたのに、それに触れるのは野暮だろう。)


 画面へと視線を戻すも、動画用だけでも画像が計20個ほど並んでいる。

 明らかに三日間の仕事量じゃない。

 とりあえず中身のファイルを開き、それぞれ確認した。

 どれも俺の想定している以上の完成度であり、魅力的だった。

 描かれたキャラクターは全て同じであり、夢霧無として戦う時の格好だ。

 上下緑のパーカーに黒いラインが入り、口元までパーカーで隠れている。

 目には特徴的な丸眼鏡型のサングラス、右手には刀の夢霧無。

 そんな魅力的なキャラクターが様々なポーズを取っている。

 動画用に背景を抜いてくれている為、編集でも非常に使いやすい。


「す、凄い。本当に想像以上だ。」

「本当!?嬉しい!」

「あぁ、凄すぎる。本当にプロ並みの腕だ。…そうだ!」

「ど、どうしたの?」

「あのさ、これは提案なんだけど。」

「う、うん。」

「描絵手の"Beshatter(ベシャッター)"アカウントを作ろう。」


 "ベシャッター"は数年前から生活に溶け込むアプリの一つだ。

 自分が投稿した短文を、不特定多数の人が共有するサービスだ。

 昔流行ったネットの"掲示板"をもっと多くの人々向けにリデザインしたものだと表現すると、分かりやすいのかもしれない。

 ちなみに世界中をSNS全盛期にした立役者でもある。


「一応すでにあるけど…?」

「個人のじゃなく、イラストレーターとして活動する為の描絵手のアカウント。」

「エッ!?ほ、本気で言ってるの!?」

「本気も本気だ。キャラクターデザイナーになりたいんだろ?絶対に近道になるはず。やっておいて損はない。」

「で、でも私…自信ないよ?」

「大丈夫、この絵なら絶対に上手く行く。それに最初の火付けは俺に任せて欲しいんだ。夢霧無の登録者はまだ少ないけど、平均再生回数は30万回はある。見てくれている人は沢山いるから、この画像を使った動画を投稿すれば君の絵に興味を持つ人は絶対にいる!」

「凄い自信だね…本人よりも自信がある気がする。」

「俺のこの自信は、描絵手の絵を正当に評価しているだけだ。」


 俺は描絵手の方を見つめた。

 彼女の弱点は自分に自信がないところだ。

 でも気持ちは分かる。最初の第一歩は誰でも怖い。

 それでも踏み出さなければ全ては始まらない。

 仮にそこが絶海の孤島でも、氷河の流れる運河でも、黄金色の麦がたゆたう島でも、行ってみなければ本当の景色は見えない。

 俺は彼女に立ちどまらず、先にある景色を見て欲しかった。


「俺の動画はきっかけに過ぎないよ。きっと描絵手は結果を見て驚くことになるはず。始まる前から俺は確信してる。」

「そこまで後押ししてくれるなら…やってみるよ!」

「よかった。でもそれなら描絵手のイラストレーターとして活動する時の名前を決めないとね。アカウント名にしなくちゃ。」

「う~ん、こういうの考えるの苦手なんだよね。そういえば契躱君のアカウントの夢霧無ってどういう意味なの?」

「あれは"夢に霧無し、迷わず進め"っていう単純な意味かな。」

「夢に…霧…無し…。とってもいい名前だね。」

「ありがとう。」

「じゃぁさ、夢霧無のイラストを描いたお礼に、私の活動名を考えてよ。」

「え?本当に?大成すれば一生残ることになる名前だよ?」

「うん、だからこそ私の夢を後押ししてくれた、契躱君に考えて欲しいの。」

「…わかった、少しだけ待って。」


 かなりの大役だ…でも彼女には成功して欲しい。

 実際は美少女だけど、あえてかっこいい名前がいいな。

 何かかっこいい名前…何かないか。

 夢霧無のイラストを描いたお礼…か。

 …夢霧無はきっと俺の夢の形。

 夢を…描く…手?描絵手の名前から取って…夢描手(ムカデ)とか?


「ムカデなんてどう?」

「ム、ムカデ!!!???」

「ハハハ、節足動物は嫌いだよね流石に。なんとなく描絵手が本当は美少女なのに、名前は夢描手って、ギャップが面白いと思うんだ。」

「び、美少女なんてそんな!?」


 俺はPCのテキストソフトで"夢描手(ムカデ)"と大きく書いた。

 隣に視線を戻すと、なぜか描絵手の顔は赤い。


「夢を…描く…手?」

「そう、夢霧無は俺の夢で、君は彼を形にしてくれたから。」

「夢を描く手で、ムカデ…それならいいかも。」

「本当?かなり強烈な名前だと思うけど?」

「うん、私が女子だってことも上手く隠れると思うし、丁度いいかも。」

「う~ん、自分で作っといてなんだけど、かなり不安だ。」

「それに最初の一文字が一緒だから、力を貰えそうな気がする!」

(お、おおぅ、かなり照れ臭いことを平気で言うな。)

「描絵手が納得してくれるなら、これでいこうか。」


 果たして俺の夢霧無という名前にそんな力があるかどうか。

 でも彼女がこうして夢に向かって一歩踏み出したくれたのは、とても嬉しいことだった。

 これからは友達というだけではなく、夢を目指す同士でもある。

 色んな苦労を互いに共有していけたら嬉しい。


 描絵手の帰宅後、俺は早速動画の編集に取り掛かった。

 もちろん彼女が描いた画像を使っての編集だ。

 チャンネルアイコンやヘッダーも変更した。

 一新したと言っても過言ではないだろう。

 相変わらず動画の編集には時間がかかってしまうが、今回編集する動画はすでに決まっている。先日描絵手と撮影した動画だ。

 彼女の絵を最初に使う動画は、彼女と撮った動画にしたかった。

 この試みが成功するようにという願掛けでもある。

 夢霧無に乗った重しは、また一つ増えた。

 株式会社ファンタジズム、そして描絵手の夢描手。

 最初は一人で始めたはずだが、いつの間にか仲間が増えていた。

 だからこそ俺は迷わずに進めるんだろうとも思える。

 一人の夢がいつの間にかみんなと歩む夢になる。

 いつの間にか"夢霧無"は、一つの点から輪になり始めていた。



 ●



「ハハハ、想像以上だ。」


 俺は自分のチャンネルを見ていた。

 描絵手と以前撮影した動画を昨夜投稿し、今は学校にいる。

 そして昼休みにその動画の反響を眺めていた。

 教室で席を付け、描絵手と共に昼食を取っている最中だ。


「み、見てくれ…。」

「わ、私も登録してるから、すでに見てるよ。」


 画面には

 "現実世界でもフレーム回避してみた。#4:アルー"

 再生回数152万回


 と表示されている。

 また動画がバズっていたのだ。

 サムネイルに描絵手が描いた絵を使ったため、動画がよりキャッチ―になり再生されやすくなったからだろう。

 そして


 登録者数:15万人


 これには俺も驚いた。

 一夜で登録者数が5倍になるなんて、想像もできなかった。

 これは間違いなく彼女のおかげでもある。

 俺たちは思わずお互いに目を合わせた。

 そして少し経つと、笑ってしまった。


「本当に凄い、こんなことになるんだね。」

「だから言ったろ!描絵手の絵は凄いんだって。」


 動画画面をスクロールすると、コメント欄を見ることが出来る。

 中には絵を描いた"夢描手"に関するコメントもいくつかあった。


「ほら、夢描手に対するコメントまである!」

「わっ!?本当だ。」


 コメントの内容は

 "夢霧無氏、ついにプロのイラストレーターを雇う"だった。


「…描絵手の絵が上手すぎてプロだと思われてる。」

「う、うん。なんか逆に緊張して来たよ。」

「そういえば立ち上げたベシャッターの"夢描手"の方は?」


 描絵手はすぐに画面を切り替えた。


「ふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉ…おっふ。」

「ど、どうしたんだ?」  

「フォロワーが5万人…だって書いてある。げ、幻覚かな?」


 俺もすぐにベシャッターで夢描手を見た。

 もちろん俺はすでにフォロー済みだ。


「あ、あぁ…幻覚じゃない。俺の初投稿を越える勢いだ。」

「ベ、ベシャッターにメ、メールがいくつも来てるんだけど。」


 描絵手は困り顔でこちらを見てきた。

 当然のことだと思う。

 俺もまさかここまでの勢いだとは思わなかった。


「な、中身はイラストのご依頼…だって。」

「ハハハ、もう夢に手が届きそうだ。」

「ほ、本当に何が起きているのか…わけわかんなくなってきた。」

「全部描絵手の実力だよ。」

「が、学業と両立できるかな?」

「どれをやるかはちゃんと選ぼう。それに学生だから料金を取るのももう少し後にしてさ、それなら十分にやっていけるはず。」

「そ、そうだよね!まずはやってみるよ!」

「あぁ、もうここまで来ればやってみるしかない!描絵手ならできる!」

「わ、私ならできる!」


 描絵手と俺は突然席から立ち上がった。

 すると教室中の視線が俺たちに集まる。

 俺たちは目立つタイプではなかったので、直ぐに席に着いた。


「も、盛り上がり過ぎちゃったね。」

「あぁ、まぁ仕方ないさ。無理はしないようにな、困ったことがあったら相談にも乗るから。」

「ありがとう!」


 俺たちのこの熱は放課後も続き、無我夢中で色んな話をした。

 一度盛り上がると、時間が経過するのはあっという間で、直ぐに帰宅時間になってしまった。

 帰宅するといつも通り家には一人。

 さっきまでの盛り上がりもあり、珍しく家の静寂が辛い。

 でもそれだけ現実が充実している証拠だろうと我慢できた。

 リビングにある両親が映った写真を眺める。

 写真なので、彼らはいつもの笑顔で笑っていた。


(もうそろそろ2人に夢霧無のことを言わなくちゃな。これ以上大きくなれば、言う機会を逃しそうだ。)


 そんなことを考えながら写真を眺めていると


 ピーン・ポーンッ!


 インターホンが鳴った。

 今日も荷物は頼んでいないはずだ。

 俺はまた訳も分からず、扉を開けた。

 それなりに遅い時間なので、かなり警戒しつつ。


「やぁ、初めまして…ではないね。」

「…あなたは確か?」


 思わぬ時間に来た、思わぬ客だった。

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