第4話 懲りない女

 翌日、登校するといつものように女子からの視線が多かった。教室に入り、朝のホームルームで百合園七瀬が体調不良で休んだのだと知った。彼女にしては珍しいなと思った。まぁ、人間だもんな。


 その一日を過ごして驚いたことがある。日常が何も変わらないのだ。いつものように友達が集まり楽しい話をして、女子から声をかけられ、そんな当たり前な毎日は、百合園七瀬が休んでも何も変わらないのだ。


 なんだよそれ。あんまり過ぎないか。


 俺が大袈裟すぎるのかもしれない。しかし俺はもう一つとんでもないことに驚いた。今周りに人が集まってるこの状況を当たり前だと思っていることだ。


 本当は当たり前になった、なのにだ。


 放課後ホームルームが終わり帰り支度をしていた時、引き出しに丁寧に折られた紙切れがあったことに気づいた。


『放課後、屋上で待ってます』


 まさかこんなイベントが本当に起こるとは思わなかった。


 差出人の名前はない。見たことがないような丸時で、規則正しく描かれていた。放課後は行くべきところがあったが、この紙を見てしまった以上こちらの方に行かなくてはならない。いつ誰がこんな所にこの紙を置いたのだろうか。




 屋上の出口の扉ノブに手をかけた。ここを開ければ、この手紙の差出人がいるのだろうか。思い切って扉を開けた。


 そこにはフェンスに手をかけながら校庭を眺めている一人の少女が佇んでいた。横顔がとても綺麗で、つい見入ってしまった。


 彼女は俺に気づくなりはっと目を見開かせた。


 俺は彼女に近づいて、適切な距離を考えて足を止めた。


「えっと……君があの手紙の差出人?」

「はい、本当に来てくれたんですね」

「まぁ、行かない理由がないし」

「そんなのいくらでも……」


 普通に可愛かった。絶背の美女というわけではないがそこそこ可愛くて、何よりずっとニコニコしているのが微笑ましい。


「それで、ここに呼んだ理由は?」

「へぇ、察しがいいものだと思ってましたが」

「君の口から聞きたい」

「意地悪ですね、康太先輩」


 やはり後輩であった。やがて自然とお互いに自己紹介が始まり、彼女は一花と名乗った。随分と余裕がある言動で、たじろいではダメだと心が言う。今では大分自分に自信がついてるんだ。


「それでは言います」

「ああ」

「康太先輩、私とお付き合いしてください」

「……理由は?」

「好きだからです」

「そうか」


 夕焼けに包また屋上で、可愛い子に告白されると言うドラマのようでロマンチックなこの出来事の新鮮さに、少し理解に遅延が生じてしまった。


 しかし今はそれどころではなかった。放課後は百合園七瀬の元へお見舞いをしに行くつもりで、最近の出来事などがあり、彼女のことで頭がいっぱいだ。


「ごめん、付き合えない」


 気づいたらそう口走っていた。訂正するつもりはない。だからこれで話が終わって欲しかった。しかし、


「……やっぱり美人な人なんですね」


 彼女は俯くなり僅かな声量でそう言ったので、思わず「え?」と素っ頓狂な声が漏れた。


「やっぱり先輩は桐崎七瀬先輩みたいな人が好きなんですね!」


 涙声に怒気を絡めて、涙目で見上げてきた。それより俺は動揺してしまった。とても憎い女の名前、それを聞いてしまった。


「……勝手に決めつけんなよ。あんなの好きでもなんでもない」


 そう吐き捨てると、背後でガタンとドアが音を鳴らせたので二人揃って目を向けたが、何もいなかった。誰かいたのだろうか?


「でもずっと仲良かったって噂が──」

「ああ、仲が良かった……って思ってたのは俺だけだった」

「どーゆーことですか?」

「いや、いい。とにかく俺は今は誰とも付き合うつもりはない」

「今はと言うことは、私にチャンスはまだあるってことですか?」

「好きすればいい」


 そう言い放って屋上出口のドアノブに手をかけるなり颯爽と去って行く誰かの足音が聞こえた。盗み聞きされていたらしい。


 


 そして俺は、鞄のポケットに折りたたんでいた大事な彼女の手書きの地図の紙を取り出して、彼女の家に向かうことにした。


 陽も沈みそうになった所で、彼女の家のインターホンを押した。前訪れた時と違ったのは車が駐在していたことだ。つまり親がいることを意味する。


 数十秒経っても出てこないので、再びインターホンを押した。そして数分経っても出てこないので帰ることにした。


 明日には来るだろうか? もし休んだら明日もお見舞いに行こう。そう決めて俺は自宅へ帰った。家に帰るなり知らない靴があり、親からお客さん来てるわよと言われたので、なんだ? と首を傾げながら二階の自室へ向かった。


 少し暑いなと服を脱ぎ捨て、シャツ一枚になり扉を開けた。


 扉を開けた途端に目を疑った。そこにはベットに腰掛けている桐崎七瀬がいた。お客様と言うからに、彼女から俺の家に来たのだろう。ではなぜ知っている? 俺は思考をふる活動させた。


 高一の頃、何故だか思い切って彼女を家に誘った事があったのだ。彼女は同意してくれた。その時俺は彼女に家を教えたのだ。とはいえその約束はすっぽかされたが。


「おかえり康太」


 途端にイラッとした。昨日の俺の願いをコイツは満更でもないように平気で無視した。そして余裕のあるその口ぶり。


「帰れ」

「やだよ、せっかく来たのに」

「何しに?」

「何しにって、別に目的はないよ? だって康太は私の彼氏じゃん」

「覚えがない。勝手に彼氏にするなほんと迷惑」


 これほどうざい女を俺は知らない。それに彼女の顔の広さからして私の彼氏とか学校に広められたら俺はどうにかなってしまいそうだ。

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