第17話 ライブ×迫力(前編)

——『toalu』。

それは二年ほど前にネット上で活動を始めたアイドルユニット。

透き通る声と、感情に訴えかける歌い方が特徴的なトア。

対してポップで明るい声で聴く者を元気にするアル。

素顔は誰も知らないこのユニットは、瞬く間に人気に火がついて、半年前には遂にメジャーデビューを飾った。

デビューシングルは、深夜ドラマとのタイアップだった事もあってか、発売日にはオリコン入りを果たす。

これまでの『歌い手』という枠組みを一気に超えて、新しい時代を作り上げた超大型新人歌い手アイドル。

今最も勢いのあるユニットといえば、真っ先に『toalu』の名前が上がるだろう。

そんなtoaluが、明日メジャーファーストライブを行う。

二千人規模の大きなホールでのツーデイズライブ。

一緒に行く人が居ないという理由で、ファーストライブを諦めていた僕だったが、そんな『toalu』のトアが昔の知り合いであるまなねぇだったなんて!!!

しかも偶然再開したまなねぇがたまたまチケットを持っていたおかげで、僕が……僕が……。


——招待席で呼ばれるなんて!!!!


「どうしよう、明日何着ていこう!っていうか、よくよく考えてみれば僕ってかなり凄い人と知り合いだったんだよね!?」

前日の夜だと言うのに、僕は自分の部屋で胸を熱くさせていた。

まるでデート前夜のように、洋服を引っ張り出しては姿見の前で服を組み合わせる。

あれでもない、これでもないと、そうしている間にベットのシーツは沢山の服で埋もれていった。

「えーっと、お姉ちゃんとは駅で待ち合わせて……それから会場でグッズも買って……。お金足りるかな……。」

明日の予定を頭の中でおさらいしていると、急に手持ちのお金が気になった。

とは言っても、僕のお小遣いは月頭に貰える。まだお小遣いを貰うには少し日にちが余っていた。

「うーっ、仕方ない……。ペンライトとTシャツは欲しいから、それだけは買おう……。」

人生で初めてのライブが、まなねえの出るライブで、それをお姉ちゃんと一緒に見に行く。

考えたら、それは何だかとても不思議な事だった。

二人とも僕の大切な人には違いないけど、まなねえとお姉ちゃんはお互いの顔も名前も知らない。

……いや、まなねえは兎も角お姉ちゃんは大切な人……か?

何はともあれ、明日はとても楽しみだ。

まるで遠足の前日に寝れなくなる子供のように、布団に入った僕はワクワクしていた。

そして、次に目を覚ました時は、待ちに待ったライブの当日。


——ああ、凄く楽しみ!


収まらない興奮を胸の中にしまい込んで、僕は目をゆっくりと閉じた。


■+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+■



「——優くんー!お待たせ、待ったー!?」


時刻は十時を回った当たり。

駅前で手を振りながら走ってくる人影に僕は心当たりがあった。

「ううん、僕が早く着きすぎたから。」

お姉ちゃんがズボンを履いてくるのは少し珍しかった。

ライブだから動き回りやすい服を選んでくれたのだろう。

夏と言うこともあって、薄着ながらしっかりとお洒落に着こなしているお姉ちゃんを見て、僕は少し関心する。

こう考えると、僕は子供っぽい服装だったかもしれない。

「じゃあ、早速行こうか!このまま電車に乗っていいんだよね?」

「あ、うん。降りる駅は——」

お姉ちゃんが僕の前を歩きだし、それに合わせて僕が後ろについて行く。

足元が浮いた気持ちのまま、僕は改札を抜ける。


——二時間ほど電車に揺られ、僕達は会場に一番近い駅に着いた。


「うわぁ……うわあー!」

まだお昼だと言うのにも関わらず、駅周辺には既に沢山の人で溢れていた。

その多くが、toaluのキーホルダーやグッズを持ち歩いている。

恐らく、僕達と同じようなライブ参加者だ。

会場までは少し距離があるというのに、既に足がすくむ。

微かに香る海風に、僕は既に大海原よりも広く心が揺さぶられた。

ドキドキと、ワクワクと、抑えきれない熱が空気に溶けていくみたいで、僕の心臓も高なった。

「早く、早く行こう、お姉ちゃん!!」

キラキラと輝かせた瞳でお姉ちゃんを見る僕。

普段あまりはしゃぐ事の無い僕が、こんなにも心躍らせている姿を見てお姉ちゃんも嬉しそうに笑った。

「うん、そうだね!えーっと、会場まではここから少し歩くみたい。優くん、人も多いからきちんとお姉ちゃんの後を着いて来てね!」

「うん!」

お姉ちゃんがスマートフォンで会場までのルートを調べてくれた。

少し前を歩き始めるお姉ちゃんの背中を追いながら、僕は早足で歩く。

会場までは十数分歩いた。

会場が近くなるに連れて、人も多くなってくる。

人の波に押されないようにと、必死に地に足をつけて歩く僕に、お姉ちゃんはそっと手を繋いでくれた。

人混みに紛れないようにという心遣いだろう。

普段ならそれすらも拒んでしまう僕ではあったけれど、今日だけは心強く感じていた。


「——物販の最後尾はこちらでーす!」


会場が目の前まで迫った時、どこからかそんな声が聞こえてきた。

声のする方にくるりと回って見れば、そこには長い長い人の列が出来ていた。

『最後尾』と大きく書かれた札を持っているスタッフが、ピンと張った声で何度も指示を出す。

「完売商品はございませんー!ごゆっくりとお進みくださーい!」

その姿に、その列がグッズを買う人の列だと、僕は悟った。

「お姉ちゃん!グッズ!グッズだよ!」

「ほんとだね、この時間なら空いてる方かな?今のうちに買っちゃおうか!」

「うん!」

僕は勢いよく列の一番最後に並んで、その隣に付き添うようにお姉ちゃんが立っていた。

列は凄く長くて、欲しいものを買えるのかとても心配だったけれど。

四十分程でレジまで辿り着いた僕は、お目当てのペンライトとTシャツを買う事が出来たのだった。


——そして、そうこうしている間にもあっという間に時間は過ぎていった。


今はチケットもスマートフォン一つあれば良いらしく、電子チケットでライブ会場に入る。

僕達は関係者席だったこともあって、割と見やすい席に通された。

会場が開いてから段々とお客さんは増えていき、いつの間にか満席になっていた。

会場が熱気で熱くなっていく。

辺りは薄暗い光に飲まれていた。ザワザワと、興奮の収まらない人達が騒いでいる。

その多くは僕と同じTシャツを着ていて、少し嬉しくなった。

僕は招待席なので、他の人達よりもホール前方にいる。

まだかまだかと、足元がソワソワする僕を見てお姉ちゃんはくすりと笑った。

「優くん、本当に今日が楽しみだったんだね!」

「もちろんだよ!何せまなねえが——」

そう口にした瞬間、ホールの明かりは一気に消えた。

突然の事に驚いていると、会場が一斉に「おー!!!!」と盛り上がりを見せる。

足元からずっしりと声の重みを感じるみたいに、地面が揺れていた。

その熱に、もう少しでライブが始まるのだと察する。

それを確信させるように目の前のステージではカウントダウンが始まった。

皆が手にするペンライトが、スクリーンに合わせて前後に揺れる。

「十!九!八!七!六!五!」

客席からの声が会場中に響き渡る。

液晶に映る数字はゆっくりと小さくなっていく。それに反比例するように会場の興奮は最高潮を迎えた。

そして、ステージに映る数字がいよいよ零を表したその瞬間。

パン!と大きな音と共にライブは幕を開けたのだ。

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