第4話 ゲーム×お触り②
僕に立つようにと指示を出し、僕はそれに従った。
お姉ちゃんの正面で棒立ちしていると、「それじゃあ……」と変態の様に鼻息を荒くしたお姉ちゃんの手が伸びてくる。
本当に女子高生の顔なのだろうか。
絶対に中身はおじさんだろう、この人。
人様には決して見せてはいけない顔をしているお姉ちゃんを前に、僕は硬直する。
何をされるのかと目を瞑っていると、脇の下に変な感触を感じた。
違和感を感じた瞬間、脇の下が擽られ始めた。
くすぐったくて必死に耐えていた声が漏れだした。
「あはははは! や、やめっ……やめて! あはははは! 」
大声で笑う僕にお姉ちゃんはますます意地悪な笑みを見せる。
「えーい、もっと擽っちゃうぞー! 」
僕の脇を触る両手の動きが、ますます早くなる。
涙が出るほど笑わされ、更には息ができなくなってきた。
大きな声で笑う僕の姿に、お姉ちゃんはニヤッと笑いながら、その指を早める。
「そこっ……!そこはダメだって……あははは!」
「ここかぁー!?それともこっちかぁー!」
崩れ落ちるように床にしゃがみ込む僕に、畳み掛けるようにお姉ちゃんは指を動かす。
首筋にお姉ちゃんの髪先が当たって、それもくすぐったくて。
お姉ちゃんの荒い鼻息と、僕の荒い息遣いが混ざり合う。
僕はあんまりこういう、こしょこしょで笑い転げた事は無いのにお姉ちゃんは的確に僕の弱点を付いてくる。
「も、もう……ダメだってー!!!!」
お姉ちゃんのこしょこしょ罰ゲームが始まって五分程。
僕がその地獄から解放される頃には僕も、お姉ちゃんも息が切れていて、最後に二人で笑いあった。
近くにあったお茶を飲んで息を整えると、「じゃあ次ね。」と言われた。
ニタリと悪どい笑みを浮かべるお姉ちゃんは、結構スパルタだ。
「まっ……休憩……!」
「だーめー!はい、次の問題ね!」
僕の要求はすぐさま却下される。
この人は僕を休ませてはくれないみたいだ。
ふぅ、と息を整えて再び僕は椅子に座った。
次の問題に手をつける。さっきは簡単な間違いをしたのでそこを重点的に気を付けた。
お姉ちゃんの「終わりだよー」という合図でノートを持つ。お姉ちゃんに見せると、赤ペンを動かした。
しゅっ、と赤ペンが走る音が聞こえてくる。
その音を聞くだけで、僕の心臓はばくばくと音を立てて慌ただしく動いた。
そして、ついにその瞬間はくる。
お姉ちゃんは、僕のノートをガシッと掴んで「優くん……」と名前を呼ぶ。
そして次の瞬間、お姉ちゃんはパッと明るい顔で僕に言い放った。
「うん! 正解だよ! 」
その言葉に僕は飛び跳ねたいほど嬉しくなった。
問題を解けてこんなに爽快な気分になったのは久しぶりだ。
最近は受験の為の勉強で、あまり楽しいと思えなかったけれど、そういえば何かを学ぶ事って凄く楽しい事だったのだと思い出す。
罰ゲームを回避して安堵すると、お姉ちゃんが教科書のページをめくる。
「じゃあ次はこれ! 」
指さされた問題を見てみると、さっきよりも難易度が上がっていた。
ちゃんと解けるかと心配していると、お姉ちゃんが耳元で「大丈夫! 優くんならできるよ! 」と囁いてくれた。
不思議とそれだけでやる気に満ちる。
早速鉛筆を持ち直して計算を始める。いつもよりも冷静に計算できていた。
それもこれも、お姉ちゃんのおかげだ。
「……できた! 」
制限時間よりも早く解き終わる。
お姉ちゃんは僕の答えを覗いて、じっと見ている。
そしてぱっと表情が華やいだ。
「せいかーい! おめでとう優くん! もしかして優くんって天才なのでは!?」
何その、『ウチの子供って天才なのでは!?』みたいな言い方!!
まあ確かに、さっきまで苦手意識を持っていた分数の問題を正解出来た事は嬉しいけど。
こうしてみると、もしかしてお姉ちゃんって教え方うまい……!?
それから何問か、分数の問題を解いてみたけれど、答えは全て正解だった。
お姉ちゃんのおかげで苦手だった分数が簡単に解けるようになっていた。
もちろん、ケアレスミスはたまにあるけれどそれもきちんと時間を使えば解ける問題ばかりだった。
「偉い!偉すぎるよ、優くん!」
お姉ちゃんのふわふわの手が、僕の頭上で滑らかに踊る。
「そ、そんな事……それにこれは、お姉ちゃんの……いや、何でもない」
なんだかこそばゆい。
お姉ちゃんの真っ直ぐなその言葉を聞くと、耳が熱くなる。
それに……何故だかお姉ちゃんの笑顔は凄く心を弾ませる。
けれど僕がお姉ちゃんにお礼を言うのは恥ずかしかったので、それはまだ言わないでおく事にした。
気付けばもう日が暮れ始めていた。
学校宿題だけではなく、復習まで終わって僕の机の上には消しカスが沢山散らばっていた。
鉛筆の鋭かった芯はいつの間にか丸くなっていて、それだけの問題をこなしたのだと改めて実感する。
「それじゃあ、今日はこの辺だね。沢山勉強たし、優くんも疲れたでしょ?ゆっくり休んでね。」
自分だって、本物の家庭教師でも無いのにあんなに沢山教えて疲れているだろうに、僕の心配なんてしちゃって。
なんだよ、気が狂うじゃんか。
とんとん、と靴先を床に当ててお姉ちゃんは鞄の持ち手に力を入れる。
お姉ちゃんは「また来週ね! 」と言ってそのまま帰っていった。
僕も「またね」くらい言うべきだっただろうか。もしも僕がもっとお姉ちゃんに素直になれたら、喜んでくれるのだろうか。
そもそも、なんでこんな僕にお姉ちゃんはあんなに沢山気を使ってくれるんだろう。
——ああ、そもそも僕とお姉ちゃんは昔知り合っていたんだっけ。
そういえば、お姉ちゃんはいつ僕と出会ったんだろう。
お姉ちゃんは覚えているのに、僕は忘れてしまっている。
今度会った時にでも聞いてみることにしよう。
そんな事を考えながら、僕は少しだけど眠ることにした。
きっと夕ご飯の匂いが僕を起こしてくれるだろうと、淡い期待を持ちながら。
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