第3話 ゲーム×お触り①
次の日は、皆が大好きな日曜日。ぐっすり眠った朝は目覚めがいい。
朝からテレビで放送されている、いわゆる『ニチアサ』を横目に僕は朝食を食べた。
こうして優雅な時間を過ごしていると、なんだか自分が大人っぽく見える。
まあ、実際はただの小学生なんだけど。
そして今日もお姉ちゃんが家に来る。とは言っても遊ぶためではなく勉強をするためにだ。
昨日の出来なかった分今日はちゃんと勉強しようと心に決め、服を着替える。
——ピンポーン
十時頃になるとインターホンがなる。父さんは朝から用事がある為今は居ない。僕は玄関に向かってドアを開けた。
パタパタとスリッパの音を鳴り響かせてドアを開ける。
キーっという音と共に玄関を開けると、目の前にはお姉ちゃんが立っていた。
春の暖かい日差しが差し込んで、少し目が眩む。
「おはよう、優くん! 」
太陽の様に眩しい笑顔を僕に向ける。
真っ直ぐな瞳が綺麗過ぎて僕は直視出来なかった。
「お、おはよう……」
「えへへ、昨日ぶりだね!会いたかったよ〜!」
そりゃあ何よりですね、と心の中で適当に流す。
普通なら顔を赤らめて言うようなセリフを、顔色変えず真っ直ぐに言えるその度胸が羨ましい。
「優くんと一緒にいれるって幸せだな〜」
と、何やら幸せを噛み締めている不審者は、何故だかじっと僕の顔を見つめていた。
その突き刺さるような視線に耐え切れるはずも無く、僕はすぐに部屋に上げた。
春になってから段々と暖かくなってきた。
窓から差し込む日差し湯たんぽみたいにぽかぽかしているし、部屋の温度も昼寝には最適だ。
そのせいもあってなのだろうか。
——僕の顔が熱いのは!
「んーと、ここはねー」
先程の自分の問いかけに答えよう。
それは断じて気候のせいでは無い。問題なのは、僕の真横から聞こえてくる声のせいだ!!
僕の机には教科書やノートが散乱している。鉛筆を持つ僕の横にはお姉ちゃんが立っていた。
花柄のワンピースからいい匂いが漂ってくる。昨日とは違う花の匂い。
それから……僕の横にはお姉ちゃんの……む、胸が……!
お姉ちゃんは何も気づいていないみたいだし、そもそもこんな事考えちゃ駄目なのに!
お姉ちゃんは僕の為に勉強を——って考えてみれば、今こうなってるのはお姉ちゃんの下心のせいだった。
で、でも、ここで平然と流すのが男というもの……のはず!!
僕の心の中で何かがぐるぐる回っていた。だから僕の勉強は全然進まずに、教えてくれたことが右から左に通り過ぎていった。
「……優くん? 」
教科書を指さしていた手を止め、心配そうな顔で僕を見つめる。
もしかして僕が考えていることがバレたのかと内心焦っていると、お姉ちゃんはふぐのように頬を膨らませた。
「話、聞いてなかったでしょ」
「え?……あ。」
ノートに目を向けると、三十分前から一文字も進んでいない。
なんて事だ!!勉強中に現を抜かすなんて!!
お姉ちゃんの言葉が僕の事をどこまでお見通しだったのかは分からないけれど、とりあえず僕の下心までは気づいていないみたいだ。
その事に内心ほっとしつつ、ぷくっと頬の袋を膨らませるお姉ちゃんにどう説明しようかと悩む。
真剣に教えてくれていたのに、これじゃあ僕のせいで勉強が進まなくなる。
お姉ちゃんの顔を見れなくて机の上のノートに目を落としていると、隣から「んー」とお姉ちゃんの唸り声が聞こえた。
時計の秒針が動く音を聞きながら心臓をドキドキさせている。やっぱり怒られてしまうのだろうか、と考えていると「あ! 」と明るい声が聞こえてきた。
「——ならゲームしようよ! 」
色々と申し訳ない気持ちでいっぱいだった僕に、予想外の発言をするお姉ちゃん。
げ、ゲーム……? ってゲーム機僕の部屋に無いけど。
それともボードゲームだろうか。あんまりトランプとか詳しく無いんだけど……。
と、子供らしい発想をしていると、お姉ちゃんは「ゲームっていうのはねー」と独りでに説明を始めた。
「まず、優くんはこの教科書の問題を一問解きます。制限時間は一分。優くんが問題を解いて正解していたら、優くんの勝ち。もし解けなかったり、答えが間違ってたら……。」
僕はそこで顔を上げた。その続きがどうなるのかとお姉ちゃんの目を見つめていると、お姉ちゃんは僕の前に人差し指を突き出す。
「罰ゲームをしてもらいます! 」
は? と、首を傾げる。相変わらず急な事を言い出すな、この人は。
まあ、お姉ちゃんと会って三日しか経ってないけれど、何となくこの人のことは分かった気がする。
多分だけど、このお姉ちゃんはバカだ。バカなんだ。
すっとんきょんな事しか言わないから頭のネジが軽く五本くらい飛んでるんじゃないかと思ったけど、ただ単にバカなんだ。
うん、納得した。
「あれ、優くん。もしかして私の事見下してない!? 」
僕の人を憐れむ様な目に、お姉ちゃんは涙目になる。
コホン、と咳払いをした後にお姉ちゃんは再び説明を始めた。
「えーっと。罰ゲームっていうのはね、私に優くんの体をまさぐらせて欲しいの! 触りたいの! 撫で回したいの! 」
恐らく今年一番の変態発言を聞いてしまった。
えっと、警察って何番だっけ。確か百十番だ。電話は一階だから……。
待て、このまま出て行ったら怪しまれる。まずは気付かれないようにお姉ちゃんの気を逸らすところから……。
思考がまともじゃないまま、お姉ちゃんを見る。多分こんなに冷たい目線を初めて人に向けた気がする。
そんな僕に気付いてか、お姉ちゃんははっとした後に慌てふためいた。
「ち、違うよ! まさぐらせてって言うのは……あの、そう! こしょこしょ! したいなーって話で……だからその、人を人とも思わない目をやめて! 死んじゃう、お姉ちゃん、死んじゃうからー! 」
目の前にいる、いい歳のお姉ちゃんが小学生の目線に殺られてマジ泣きをしている。
これが今の日本なのか。
この先の世の中を心配したところで、僕は軽くため息をついた。
机に向かい直して、鉛筆を握る。
そもそも事の発端は僕がお姉ちゃんの話を聞いていなかった事だし、僕に拒否権は無い。
それにお姉ちゃんが変な事を言うのは僕の為だから、僕もお姉ちゃんの為に何かをしなくちゃ。
「やるんでしょ、ゲーム。」
気づいていないの問題を確認しながら、1人後の様に言うと、斜め後ろから飛び切りの「うん! 」が聞こえてきた。
まずは一問目から。今勉強しているのは算数なので、僕が解くのは計算問題だ。
「それじゃあいくよ。よーいスタート! 」
お姉ちゃんの合図と共に問題を確認する。今日は五年生の復習をしていた。
最初の問題は分数と整数の掛け算。僕は分数の計算は苦手だから上手く解けるか心配だった。
「えーっと、こうだから……一つ繰り上がってー。で……。」
難解な問題と戦っていると、お姉ちゃんのスマートフォンから音が鳴り響く。その音に心臓が飛び跳ねた。
鉛筆を置くと、お姉ちゃんが赤ペンを持って、僕のノートを覗く。
一応答えは出たけれど、僕の中にはこれっぽっちも自信がなかった。
「優くん。」
その声に意識を戻すと、ノートには赤色で大きくバッテンが書かれていた。
どうやら途中までは当たっていたけれど、最後の計算が間違っていたらしい。普通なら見直しで分かりそうな場所だったのだが、時間制限に焦ってしまった。
しゅんと、落ち込んでいるとお姉ちゃんは僕に励ましの言葉をくれた。
「あと少しだったね。次は絶対大丈夫だよ! 」
その言葉に安心したのもつかの間。みるみるうちにお姉ちゃんの表情は変わっていった。裏表のない笑顔から、悪巧みをする笑顔に。心做しか、鼻息も荒くなっている。
「それじゃあ……罰ゲームしようか! 」
興奮しながら両手を前に出してくねくねと動かす。
そしてここからが、本当の地獄の始まりだった。
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