師匠の死

萬 幸

師匠の死

「死装束はいらない」


「はいはい」


「裸でいいってことだからね」


「わかってますって」


 今日、私は師匠とそんな会話をしていた。

 師匠は魔女だ。

 師匠はたくさんの妖精と契約していた。

 師匠は呪いを得意としていた。

 師匠は色んな力を持っていたけど、今はもうない。

 あるのはガリガリの体とあと一日の命。


「最期に食べたいものはありますか?」


「ウサギのシチューが食べたいな」


「わかりました。あとは?」


「いらない」


「欲しがってもいいんですよ?」


「その代償がこれだよ」


 師匠は痩せ細った手をあげた。


「師匠は欲深いっていう感じはないんですけどね」


「昔はヤンチャしてたのさ」


「そんなものですか」


 しばしの沈黙。


「……本当に何もいらないんですか?」


 私はもう一度確認するように聞いた。


「そうだなあ。じゃあ、ワタシが眠るまでそばにいてくれる?」


「お安いごようです」


 その日の夜。

 私達は色んな話をした。

 ほとんどが私との思い出だった。

 私を拾った時。

 私が初めて魔女になった日。

 私が初めて気になる男の子が出来た瞬間のこと。

 最後まで師匠の若い頃の話は聞けずじまいだった。

 それが少し寂しかった。

 私はすでに冷たくなった師匠を見る。

 彼女はもう数時間前に覚めぬ眠りについてしまった。

 涙は出なかった。

 私に人の心はないのだろうか。

 私はそんな感傷をすかさず振り払った。

 師匠のための準備にとりかかることにする。


 日が天の真上に登った頃。

 私は師匠だったものを抱えて、住んでいる森の中心地に来ていた。

 ここは木々に覆われた深い森の中で、数少ない日が差す場所だ。


「ここでいいかな」


 ここが一番優しく日が差す位置だ。

 そっと師匠を地面に置く。

 彼女の要望通りなにも着させていない。

 きっと一日もしないうちに虫たちが湧くだろう。

 もしかすると、早いうちに森の主である狼が見つけるかもしれない。

 師匠が望んだのはこの森に帰ることだった。

 肉は生き物たちに食べられ、骨は大地の栄養になる。

 やがて、森全体にそれは広がる。

 そして、私もそれを口にしたりすることがあるだろう。

 それが私に実感として湧く時、私は今度こそ泣けるだろうか。

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師匠の死 萬 幸 @Aristotle

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