螺旋堂霊螺の霊視ノート

逆塔ボマー

冷蔵された半身

 やはり普段来ないリサイクルショップなどを覗いてみたのが良く無かった。だいたい雪深ゆきみの気まぐれのせいである。へーこんなモノも売っているんだなーそういや今使ってるのも手狭な感じだよなー、と、何気なく店の片隅にあった冷蔵庫の扉を開けたのが運のつきだった。

 当然ながら電源など入っていないはずなのに、肌に感じた冷気。中にいたと、目が合ってしまった。


「でもどうせ買うならケチらず新品っすよね……って、どうしたんスか、霊螺レイラさん」

「……すまん、雪深ゆきみ。いまちょっと、


 キッチン用の戸棚などの家具などが並ぶ店内の一角、から視線を逸らさないようにしながら、私は背中越しに同行者に返事する。雪深ゆきみは私と違って見えない性質タチなのだが、それなりにこういう場に居合わせた経験はある。すぐに察してくれた。


「何が居るんスか?」

「詰め込まれている、これは人一人分かな。奥の方に裸の身体が折りたたまれてて、首だけ切り離されて手前側に居る。んで、その生首といま見つめあってる」

「うげっ」

「たぶん年齢は二十代、身長は分からないけどけっこう小柄。ロングヘアー。気配としてはなってから一年も経ってないな……長くて半年。たぶんもっと短い。場所もたぶん県内だ。これから色々聞き出す。調べたことは私が尋ねるまでは黙ってて」

「了解っす」


 整った顔の生首から目を離さずに、私は雪深ゆきみに指示を出す。これで他の客や店員の介入に警戒をしつつ、並行して調べものをしてくれるはずだ。

 私は意を決して冷蔵庫の中の首切り死体――雪深ゆきみには見えていない――に声をかける。


「こんにちは。そんな所で何をしているのかな」

『う……あ……? なにか……してるわけじゃ、ない、けど……』


 良かった、言語的なコミュニケーションが取れる。これだけでかなり対応がラクになる。開口一番恨み言を言ってくるわけでもなく、むしろ戸惑ったような、困ったような反応。有難い。


「自分の名前は分かるかな。覚えているかな」

『なまえ……ゆーこ……うん……あたしは……ちぢだゆーこ……』

「ちぢだゆーこ。ふむ」


 ちぢだ、が苗字で名前がゆうこ、なのだろうが、どういう字を当てるのか分からない。さらに問いを重ねる。


「では、『ゆーこ』。君をに入れた人の名前は分かるかな」

『りさちゃん……みどりがぶち、りさちゃん……』

「みどりがぶち、りさ、ね」


 背後で雪深ゆきみがスマホを叩く気配。彼女は短時間のうちにネットで情報を集めてくることに長けている。すぐに表のニュースは見つけ出してくれるはずだ。どう対処するにせよ、情報は多いに越したことはない。

 しかし情報が出揃うのを待ってもいられない。私は首と胴体が泣き別れの『ゆーこ』の顔を覗き込む。


「それで君は、その『りさちゃん』から離れて、何をやってるんだい? 私が最初に聞いたのは、そういうことでね」

『違うの……離れたかった訳じゃないの……! あたし、りさちゃんのとこに帰らないと……!』


 『ゆーこ』は泣き出しそうな顔になる。本人が戻りたがっている。いい展開だ。


『あたし、もう自分じゃ動けないし……! りさちゃん、きっと一人で泣いてる……! 全部あたしが悪いのに……!』

「そうか、帰りたい……というか、『りさちゃん』も前住んでいた所には居ないかもしれないね」

『そっか……でも、じゃあ、どうしよう……! あたし、まだまだ謝り足りないのに……』


 なるほど、そういうか。垣間見えた事情に少しだけ胸糞悪い気分にもなるが、こっちも明日以降の安全な生活が懸かっている。意識して親身な姿勢の営業トークに徹する。


「きっと大丈夫、『ゆーこ』、君が本当に『りさちゃん』を想うのであれば、彼女の居場所はきっと自然と分かるはずだ。他ならぬ君ならね」

『ほんとうに……?!』

「ほんとうだとも。私は君のような子を何人も見てきた。そうだ、動けないと言ったね、少し手助けしてあげよう」


 右手の中指と人差し指だけ伸ばして残りの指を握りこむ。刃物に見立てた二本の指で、うん、この辺だな。空間を何筋か斬る動作をする。

 術と呼べるほどの術でもなかったが、果たして『ゆーこ』は、生首だけの恰好で空中に浮き上がった。ああ、重要なのはやっぱり頭だけだったか。


『ほんとだ……! 動ける……! ここから離れられる……!』

「一応この箱との因縁は切っておいたが、また捕らわれると面倒だ。急いで『りさちゃん』とやらの所に向かうといい」

『ありがとう! ほんとうにありがとう! 早くりさちゃんに謝らないと……!』


 『ゆーこ』の首はふわりと空中に浮かぶと、やがて弾丸のような勢いでどこかに向かって真っすぐに飛んで行った。壁をすり抜け、一直線に。

 振り返れば、冷蔵庫の奥に詰まっていたはずの裸の首から下は始めから無かったかのように消え失せている。


「あー、ひょっとして終わっちゃいました?」

「ごめんな、雪深ゆきみ。色々調べてもらったのに。なくてもなんとかなっちゃったよ」

「いいっすけど、ちゃんと何があったか話してくださいよ。こっちは何も見えないし聞こえないんスから」


 ようやく顔をまともに見ることができた雪深ゆきみは、丸い眼鏡の奥でニコニコと笑っている。

 真っ当な世界に戻ってきたような気がして、少しだけホッとする。


  ★


千々田ちぢだ涌子ゆうこと、緑ヶ淵みどりがぶち璃砂りさ。同じ大学の同級生二人。共通の知人の男性との交際を巡ってトラブルがあった模様。発見された時には死体には損壊の跡があり、死後三日から七日経過していたものと推測……ってなんか変な推測っすね。あ、やっぱネットでツッコミ入ってる。異臭騒ぎもなかった、と……やっぱ首切って冷蔵庫に入れてたんスかねぇ」

「むしろ何でそんな冷蔵庫があんな中古屋にあったのかって方が問題だな。おおかた、分解して処分されるはずが何かの手違いでもあったんだろうけど」


 事故物件にもほどがある。まったく迷惑な話だ。仕事でもないのに仕事のようなことをさせられてしまった。

 仕切り直して近くの喫茶店。コーヒーを飲みながら、雪深ゆきみの見つけてきたニュースを二人で覗き込む。


「んで、殺されて幽霊になって、地縛霊みたいに入れられてた冷蔵庫に縛り付けられていた、と……それで気にしていることが、復讐したいってんじゃなくって謝りたい、ってのも良く分からないっすけど。むっちゃ仲良かったとかなんですかねぇ」

「ん? いや、それは違うぞ?」


 ちょうどコーヒーを口に含んでいたので、修正のツッコミが遅れた。

 店内には穏やかな調子のジャズが流れている。店の雰囲気には合っているが、今の私達の話題にはまるで噛み合っていない。


「あれは、殺された子の幽霊なんかじゃないぞ。だ」

「はぁ? いやいやいや、首ちょん切れてたんでしょ?! 最後は首だけ飛んでったんでしょ?! それで生霊って」

「呼び方が正しいかは知らないけどね。あれはまだ生きている人のだよ」


 過去に雪深ゆきみと知り合った時の一件は、確かに死んだ者が残した思念のようなモノが原因だった。だけど今回のものは違う。


「だいたいね、死んだ人は、自分の身体が死後にどうなったかなんて認識できないんだ。もう死んでるんだからね。だから死体が冷蔵庫に収まるように切り刻まれても、死人の霊がわざわざそれに姿を合わせることはない。出てくるとしたら、大抵は生前の姿で出てくるよ」

「えーっと、でも、冷蔵庫の中にいた『ゆーこ』ちゃんは、実際に首が切り離されていたんすよね……?」

「だからだよ。彼女の姿を『ああいうもの』と認識していた人物こそが、私が言葉を交わした『ゆーこ』の正体さ」


 コーヒーで唇を湿らせる。混ぜ物のないブラックがやはり好みだ。頭を冴えさせてくれる気がする。


の正体は、おそらく、犯人である。彼女の魂の一部だよ」

「『りさちゃん』、って人、そのもの……?」

「きっと首を切って、冷蔵庫に入れて、それからも何度も何度も語り掛けていたんだろうね。一人二役で。生前の『ゆーこ』が言うであろうこと、言ってくれるだろうことを想像して。夢想と現実の境界があやふやになるまで」


 ロールプレイというか、妄想というか、変則的な二重人格とでも言うか。

 何度も冷蔵庫の扉を開けては、いたのだろう。

 事件が発覚して逮捕されるか何かして、身柄は引き離されはしたけれど、仮想の『ゆーこ』だけは、魂の片割れだけは、うっかり箱の中に残されてしまった。そんなところだろう。

 そうであればこそ、その姿形は『りさちゃん』が認識する『ゆーこ』の姿にもなる。何でそんなことをしたのかは知らないけれど、切断処置をした後の姿に。


「え、でも、じゃあ、『ゆーこ』が『謝らなきゃ』って何度も言っていたのって……うわぁ」

「な? 胸糞悪いだろ? 殺して首切って、その上でなお、自分にとって都合のいい相手でいて欲しかったのさ。都合のいい相手を造り上げたのさ」


 逆に言うと、元々は同じ人間の魂なのである。動けない、との思い込みすら克服できてしまえば、自分のの居場所などすぐに分かる。どんなに離れていても問題ない。

 あの『ゆーこ』が『りさちゃん』の所に戻ることができるのは、むしろ必然なのだ。


「……これからどうなるんスかね、その『りさちゃん』って子」

「さあねぇ。ニュースには裁判の結果とかは出てこないんだろ? 心神喪失ってことになってたのかもしれないな。魂が半分行方不明になってたようなもんなんだから、それも無理はないが」


 生霊であり分裂した人格のひとつである『ゆーこ』が、無事に『りさちゃん』の所に戻ったとして、さて、犯人の主人格は正気に戻るのか、それとも亡霊の存在に苛まれるのか、その後の法的な処置がどうなるのか。

 まあ、そんなの私の知ったこっちゃない。

 こっちはうっかりこっちに憑り付いたりもしかねなかった野良生霊を、自衛のために祓っただけのことだ。


「いつだって生きている人間の方が怖いよ、余計なが見える私にとってはね」

「なんか夢も希望もないっすねぇ……」


 雪深ゆきみががっかりした様子でテーブルに突っ伏す。分かりやすい子だ。

 そんな様子を見ながら、私は、やっぱり愛でるべき相手も生きた人間だよなぁ、とも思うのだった。

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