古書店のカイブツ2

 立ち話も何ですからと用意してもらった折りたたみ式の椅子に座って、私はおねーさんの顔を見上げる。

 そういえばこの人結構身長高いなあ、いいなあ。

 私はチビである、しかもこの町一の害悪である祖母の遺伝だからすごく嫌だ。

 無駄に乳があるのも祖母の隔世遺伝らしいからそっちもすごくやだ、親戚のおっさんたちにイヤな目で見られるし、揉まれるし。

 おねーさんみたいにすらっとほっそりした背の高い人になりたかったなあ……

 牛乳飲んでも私の場合はきっと身長が伸びずに乳が膨らむだけなんだよなあ……

 同級生に言ったら袋叩きにされた挙句に火刑にかけられそうなことを思わず考えた。

「さてと、自分の故郷である黒㘸島は先ほどもお話しした通り人体実験が行われていた人工島です。島を作った研究者がこの国の出身でしたので、この国から遠く離れた大陸の近くに作られた島なのですが……使われている言語はこの国と同じ言語でしたし、食習慣もほとんど変わりませんね」

「……人工島ってそんな簡単に作れるものなんです?」

「さあ? なんせ島が作られたのは第三次戦争の直前だったそうですから……詳しい資料は島だけでなく世界中から消えているのです」

「……随分昔の話なんですね……少なくとも200年以上前……?」

「ですね、随分と遠い昔の話です。島を作った人間たちがどのような意図で実験を始めようとしたのか、その理由と過程もほとんど残っていません。ただ彼らが作り出したものだけがあの島に残っているんです」

「……作り出したものって、そのホムンクルス?」

「はい、ですが自分達ホムンクルス……カイブツはさして重要ではないのですよ。研究者達が本当に作ろうとしたものの過程で偶然作り方がわかっただけの存在だったらしいですから」

「ホムンクルス、じゃなくてカイブツって呼んだ方がいいですかね? それがついでって、本命はどんだけすごいものだったんですか?」

 ホムンクルスというか人工的に人間を作るとか、結構すごいことだと思うのだけど、それがついでって。

 ……といっても本来そちらの研究がずっと前に世界中で禁止されていないか、第三次世界で文明が巻き戻ってなければ普通に作ることができていたかもしれないんだっけ?

「すごいかどうかはわかりませんが、あの島を作った研究者達はどうもさらに進化した人間を作り出そうとしていたらしくて……彼らはそれに成功しました」

「進化した人間……?」

「はい。どのような方法で彼らがそれを作ったのかは残されていないのですが……彼らは変身能力を持つ人間を作り出すことに成功したのです」

「へんしん?」

 ん? なんか話が急にファンタジー路線に行ったな?

 なんかもっとこう……身体能力を向上させるとかめちゃくちゃ頭がいい人間を作るとかそっち系だと思っていたのだけど。

「はい。魔術とやらも実験の過程で使われていたらしいという噂もあるのですが、詳しい記録は残っていません。ただ彼らは何らかの方法で人間に変身能力……カフカと呼ばれる力を持たせることに成功したのです」

「ふうん……変身ってどんな?」

「それは人間によって様々ですよ。自分の知り合いのカフカだと猫になったり頭が扇風機になったり……」

「あたまがせんぷうき」

 想像してみたらなんか怖かった、どうせなら全身扇風機になればいいのに。

 それにしても想像してた変身とちょっと違う、猫になるっていうのは何となく想像通りではあるのだけど、頭が扇風機は予想外すぎる。

「はい、扇風機ですね。暑い時期だけは大人気でしたよその人。まあ遅くに生まれた弟さんが頭をエアコンに変えるカフカを持って生まれたので、その後は弟さんに人気を取られてしまって寂しそうにしてましたっけ」

「おとうとはえあこん」

 冷房機兄弟……?

 想像したら怖いを通り越してシュールだった。

 横長の重そうなエアコンの頭部を持つ男の子が人々に囲まれていて、その輪から少し離れた場所で頭が扇風機の青年が膝を抱えてうなだれている。

 そんな想像をしてみると、何だかおかしかった。

「カフカって基本的に遺伝するんですよ。両親と完全に同じということも多いのですけど、彼らの場合は親御さんとは少し違ったカフカでした。あの兄弟のご両親のカフカは確か……団扇とかき氷だったはずです」

「団扇とかき氷から扇風機とエアコンが」

 何というか、わからなくもない、わからなくもないけど……

 というかかき氷ってどゆこと? 頭がかき氷になるんだろうか?

「……というか遺伝するんですか? それって結構とんでもないことのような……」

 人間の生態系が狂うのでは? と思った。

 1代限りならまだしも、子々孫々に受け継がれていってしまうのであれば、そのうち……

「そうかもしれませんね」

 おねーさんはそう言ってクスリと笑った。

「……それにしてもそんなすんごいことになってるのなら、とっくに世界中に知れ渡ってそうですけど……」

「島がある大陸では噂話になっているのですけど、この国ではさっぱり聞きませんね、そういえば。離れているからでしょうか?」

 おねーさんはコクリと首を傾げた。

「ここがクソ田舎だからかもしれませんね」

 割とありえる話である、だってここ本当にど田舎なんだもの。

「……そうかもしれませんが、騒ぎにならぬよう情報規制がされているという噂も聞いたことがありますよ。なんせカフカはカフカの持ち主を殺せば物質として取り出せますからね。世界中に知れ渡れば多くの人々が島の住民を殺しに行くでしょう。そうなったら大変です。最悪第四次世界が勃発するでしょう」

「……ん? なんですって?」

 待って待って待って、情報量が多いな?

 第四次世界とかいう物騒すぎるワードも怖いけど、ちょっとよくわからない一文があった。

「はい?」

「えーっと、物質として取り出せるって、どういうことです?」

「? そのまんまの意味ですよ? カフカの持ち主は他殺された場合のみカフカが物質として分離するんです。例えばさっき言っていた扇風機のカフカの持ち主さんを殺せば、死んだ直後に彼の遺体からカフカのそものである扇風機が分離します」

 何故か一般常識を改めて問われたみたいなキョトン顔でおねーさんはそう答えた。

「……なんで?」

「さあ? 魔術やらオカルトが実験に関わったせいなのでは? という噂しか伝わっていないので……」

 200年以上前のこととはいえ、もうちょっと頑張って資料を残して欲しかったなあ……

 もうちょい頑張れよ人類というか黒㘸島の方々、遠く離れたちっさい島国の田舎娘は今わけわからなくて頭抱えそうだよ。

「オカルト、ねえ……でもなんでそれで戦争になるんです?」

「死者から分離したカフカは人間であれば誰でも取り込んで使用できるからですよ。自分みたいなカイブツは無理なんですけどね」

 ……なんか今すごい事言われた気がするなあ?

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黒㘸島のカフカ 朝霧 @asagiri

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