死に往く貴方に接吻を

アリクイ

最後の夜

 部屋のドアを開けると、エリオットはベッドに腰掛けていた。あんなことがあったばかりだというにも関わらず、彼は普段とまるで変わらず落ち着いた様子でいる。


「領主さ……っと、ここでは名前で呼ぶ約束だったね。どうしたの、そんな顔して?」

「どうしたって、そんなの貴方が一番分かっているでしょう!?」


 あくまで何事もなかったかのような彼の態度に、思わず声が荒くなってしまう。


「夜が明ければ人族の軍勢がここに押し寄せてくる……そうなったら、あなたは……っ!」


 ぽん、と私の頭にエリオットの手が置かれる。黒鉄のガントレット越しだけど、ほんのりと体温を感じる。


「仕方ないよ。あの転生者とかいう連中が出てきてからは殆ど防戦一方だっただろう?だから、こうなることも覚悟はしてた」


 確かにエリオットの言う通りだ。長い間ずっと拮抗していた戦力のバランスが崩れてしまった以上、いずれこの決断をする日が訪れることは誰の目にも明らかだった。それどころか、周辺の魔族領が早々に落とされていく中で限られた戦力しか持たない私たちがここまで無事に生き残れたこと自体、本来ならおかしな話なのだ。

 

「少なくともレオナのせいじゃないよ。だから、さ――」

「でも……それでも私はっ……!」


――それでも私は、あんな命令を下したくはなかった。


 そう言いたくなるのを必死でこらえる。責任ある立場に置かれている以上、私情で判断を鈍らせることはできない。

 私の叫びは決して声に出ることなく、ただ心の中で虚しく反響した。


「……ありがとう、その気遣いだけで十分だよ」


 エリオットが私をそっと抱き締めた。

 私と民を戦力の集中する魔王城下に逃がすために、転生者を中心に編成された人族の部隊を足止めする。そんな命を捨てるに等しい役目を直々に命じられてもなお、彼はこうして私を悲しませまいとしている。

 その優しさが嬉しくて、申し訳なくて……それから暫くの間、私は何もできないまま彼の腕の中で泣き続けた。


「そろそろ落ち着いたかい?」

「……えぇ。ごめんなさい、本当なら私が貴方を慰めなければならない立場だと言うのに」


 エリオットは首を横に振ったあと、少し考えてから告げた。


「でもまぁ、そうだね。君と領地の皆を守る大役を果たすんだから、ひとつくらいお願いをしても許されるかな?」

「えぇ、私にできることなら……」

「じゃあ久々に"あれ"をやってくれないかな?」


 そう言って、エリオットは漆黒の兜を脱ぎ捨てる。鎧の中に広がる空洞の中心で、彼の核である魔力の塊がきらりと輝いた。


「そんなのでいいの?私の魔力量じゃ気休めにもならないと思うけど」

「良いんだよ、これが君を一番近くで感じられる」


 エリオットは鎧から抜け出し、ふよふよと宙を浮いて私の顔の前に移動した。


「もう、どうせならもっと贅沢言えばいいのに。馬鹿なんだから……」


 私は彼の身体に口づけをして、そのまま自分の体内の魔力を流し込む。ふたりが触れ合った部分で互いの魔力が混じり合い、ひとつになっていくのを感じながら私は願った。


 もし来世というものがあるのなら、今度こそは二人で幸せに、と。

 




 

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死に往く貴方に接吻を アリクイ @black_arikui

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