あの日の窓辺 4



今回は少し短いです。

それと、ここから先はかなり更新ペースが落ちる可能性があります。

気長にお待ちください。


ちょこっと修正しました。3/29

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「これからあなたが体験するのは、決して時間遡行ではありません。もしこれからの事を、あなたが『写真の中での出来事』と認識できなくなった場合、二度とこちらに戻ってくる事は出来ません。そして、これから言うこともそのことに大きく関わってきますので、努々忘れないようにして下さい」


 私は今ソファーの上に座り、最後の説明と注意を彼女から聞いていた。その説明と注意はざっくりと言うとこのような内容だった。


・ この写真館では昔から写真の取られた前後の時間軸に飛ぶことが出来ること

・そのためには行きたい瞬間を写した写真が必要なこと

・あまり過去に関わりすぎると戻れなくなること

・あくまで過去 自分の本来いるべき場所を忘れないこと

・ どんなに過去に干渉しても それらはあくまで可能性の世界なので 未来を変えることは不可能であること

・ それらを理解してなお 写真の中に入る事を望むのか


 はっきり言って、過去を変えられるのではという淡い期待が、私の胸の中に全くなかったわけでは無い。だがお陰で、無理だと分かった以上、これ以上過去を引きずらないためにも、ここで潔く未練を断ち切ってしまわねばと、改めて思う事ができた。ちょうど良かったのかもしれない。


「以上のことに同意していただけるのならば、こちらの紙にサインをした上で、カメラの前に座ってください」


 提示された紙は、今言われた項目と、それに同意したという証明になる記名欄が記されているだけの、小さくて薄いセピア色をした、割と何処にでもあるような正方形をした和紙だった。


 そこに、渡された青黒いインクの付いた筆で記名する。筆を使うのは高校以来だったので、少々まずい字になってしまった。記名し終わり筆を置くと、彼女が文字の上に何か透明な液体を一滴垂らす。すると途端に文字が淡く滲み出し、紙の色が藍色に染まったかと思うと、小さな指輪に変化する。


「何かあったときの命綱です。決して外さないようにすれば、迷っても戻ってこれます。なので外さないようにして下さいね」


「はい。ありがとうございます」


「いえ。では、そろそろ撮影しますね」


 そう言い、彼女はカメラにガラス板と、私の預けた写真を投影したガラス板をカメラにセットする。


 彼女が言うには、昔この方法で幽霊写真もどきを撮って、遺族達を喜ばせていた人がいたらしい。その人は、ある日詐欺だと言われ裁判にかけられたが、かつて客として訪れた遺族達の訴えにより、無罪になって終わったのだそうだ。

 『嘘だとしても。例えそれが、本物のあの人でなくても。今横にいて、一緒に写真に写ろうとしている。その気分を、また味わうことができたのだから、むしろ感謝している』と。


 大切な人の、生前の思い出を忠実に振り返ることのできる、数少ない小さな窓。その窓に、私はこれから飛び込もうとしている。これがどんなに罪なことかも、未練がましいことかもわかっている。でも、それでも…………。


「キツかったら言って下さいね」


 準備を終えて、目の前には先程いたカメラが静かに佇んでいた。このタイプの撮影には、光の関係で70分程かかる。だから今私の身体は、長時間の撮影でぶれないよう拘束具でガチガチに固めらていた。


「はい、では始めますね。心の準備はいいですか」


 カメラを構えた彼女が、そう訊いてくる。私は、震えそうになる足を必死に抑えて、なんとか笑顔を取り繕った。


「いつでも大丈夫です。お願いします」


「分かりました。…………はい。では撮ります。笑ってー。目線はここに、……もう少し上ですね。はいOKです。では行きます。ハイ笑ってー。……3……2……1」


ボシュっというストロボの音と共に、私の意識も光のなかへ溶け込んでいった。






___もう一度、あなたに会うために。

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写真屋 泡沫 ナナカマド @sephel

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