第8話 その名は?

 暗い研究室。


 パソコンのキーボードを叩く音が響く。画面を覗き込むムツミの顔が暗闇に浮かんでいる。

「あまり、勝手に機密データを覗き見するのは関心しないわね」その言葉を聞いて、ムツミはキーボードを叩く手を止めた。声の主が部屋の明かりを灯した。


「あぁ・・・・・・、あんたか」ムツミの目線の先には、野澤女史が立っている。ムツミはパソコンの画面から顔を離して頭の後ろに手を組んだ。

「正直・・・・・・、驚いたわ」野澤は立ったまま会話を続ける。

「この前は、ウチらの顔を見て、お化けを見たような顔しとったもんな・・・・・」

「そうね・・・・・・でも一体、なにを検索しているの? 」野澤女子がパソコンの画面を覗き込む。

「ううん・・・・・・なんとなく、昔のデータを見ていただけや」画面には色々なデータが羅列している。

「そう・・・・・・」会話が続かず時間だけが経過していく。


 沈黙を破り、特命を終えたシオリとナオミが帰ってきた。


「あ~疲れましたね・・・・・・」ナオミは研究室に戻ると大きく背伸びをした。

「そうね、結局今日は一日中、屋上から護衛対象を見張っているだけの仕事でしたからね」シオリは涼しい顔で返答した。きっと人前で疲れた顔など見せることはないのであろう。

 バーニ達には学校に居場所を提供してもらう代償に、定期的に任務を与えられていた。今回、シオリとナオミの二人は、とある政治家の護衛をする為、一日中ビルの上から政治家事務所の監視を続けた。

 ネットを経由してその政治家を殺害するとの予告メールが送信されて来たからだった。朝から深夜まで、二人は屋上で時間を過ごした。結局それらしい犯人が現れることはなかった。ついさきほど、メールの発信先が特定されて、容疑者が逮捕されたとの連絡が入った為、二人の特命は終了となり開放された。


「あっ、野澤さん、ムツミさん、お疲れ様です」ナオミは二人に気づいてお辞儀をする。

「おっ、シオリとナオミちゃんやんか!お疲れさん」ムツミは雑な敬礼のような仕草をした。

「お疲れ様・・・・・・!」野澤は無表情で労いの言葉を掛けた。シオリは優雅に少しだけ頭を垂れた。

「お二人とも、こんな遅くまでお仕事ですか?」ナオミがパソコンの画面を覗き込んだ。

「まぁ・・・・・・そんなとこやなっ」ムツミは誤魔化すように返答をする。

「それでは私はそろそろ帰宅しますので・・・・・・ 失礼します」野澤は軽く会釈すると研究室から出て行った。


「相変わらず、愛想のないやっちゃなぁ」ムツミは頭の後ろでもう一度腕組をした。

「私も休ませていただきます」そういうとシオリも研究室を出て行った。

「なぁ、ナオミちゃん、その体は慣れた?」新しい飴玉を口の中に放り込む。

「ええ、まだ違和感はありますけど・・・・・・・」ナオミとして過ごす時間が多くなってきてかなりこの体を使えるようになってきた。

「そうか、たまに、どっちがホンマの体か解らんようになるのとちがう?」ムツミは椅子の足を二本浮かしてバランスをとっている。

「そうなんですよ!ナオミの時は目線が高くなるし・・・・・・オッパイは大きくなるし、男の子達の視線も違うし・・・・・・」ナオミは軽く両掌を胸に添えた。

「そうなんや・・・・・・もし、ナオミと美穂どっちかを選ぶとしたら、あんたはどっち選ぶ?」ムツミが珍しく真剣な顔で質問をする。

「えっ・・・・・・!」

「ごめん、ごめん!しょうもない質問して・・・・・・。ウチも寝るわ!お休み!」

「はい、お休みなさい」ナオミは深くお辞儀をした。ムツミの言った言葉の意味がなぜか心の隅に引っかかっていた。

 最終的に、ナオミは一人研究室の取り残された状態となった。

「あれっ?」ふと、目をやるとパソコンの電源が入ったまま放置されていた。

「もう、ムツミさんったら、また電源付けっぱなしで・・・・・・」ムツミは過去にも何度か、電源を消さないでパソコンを放置している。何でも、出したら出しっぱなし、やればやりっぱなし。彼女はそんな性格であった。

 先日のクラブ見学騒動の茶道部で見た人と同一人物とは思えないとナオミは考えた。

 ナオミは、マウスを握り電源を落とそうとした。

「えっなに、このデータは・・・・・・?」

 画面には『バーニ・プロジェクト被験者名簿』と記載されている。

「天野 恵 ・ 小倉幸代 ・ 増留恵子 ・ 尾林文子 ・ 大倉マキ 」


「・・・・・・吉冨健一・・・・・・って!?」ナオミ目は画面に釘付けとなった。

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