君のように

「ただいま」

靴を脱ぎ、階段を上る。自分の部屋に入り、カバンを置くと、鏡台の前に立った。

「うわ、目真っ赤じゃん」

明日の朝にはきっと腫れぼったくなっているだろう。早急に冷やさなければと、部屋を出て階段を降りようとしたら、誰かが階段を上ってきた。

「あ、おかえりー。・・・どした?」

「ただいま。え、なにが?」

「いやいや、目だよ目。ケンカでもした?お姉様が話を聞いてやってもいいぞ?」

「いや、大丈夫。そんなに大したことじゃないし。とりあえず冷やそうと思ってるから、ちょっとどいて」

誰かに聞いてもらうにしても、アヤミにはさすがに話しにくい。

「誰と帰ってきたの?」

アヤミはどくことなく、話しかけてくる。

「目、腫れちゃうから早くどいてってば」

アヤミはどかない。それどころかこんなことを言ってきた。

「ヒナタだな?正解だろ。ふられでもしたぁ?」

「ヒナタだけど、別にふられたわけじゃないし。ってかまず好きでもないし!」

「嘘つかなくていいって。お姉様はとっくの前から知ってますって」

「・・・いつから?」

「えっとねー、2年くらい前にはもう好きだったでしょ」

「そんなに分かりやすかった?」

隠していたつもりだったことを見破られていたことを知り、少し恥ずかしくなる。

「うーん、勘かな。長い間一緒にいるし。友達とかにはバレてないと思うけど」

「勘って・・・。ねぇ、ヒナタにもバレてたりしないよね?」

はっとして、アヤミに尋ねる。するとアヤミはニヤッとして、こう答えた。

「ヒナタも知ってた」

「まじか」

「けど、続いてるとは思ってなかったらしいよ」

「は?」

「いや、そのことで最近連絡取ってたんだけどさ、ほら」

アヤミは携帯を取り出して、ナノカに渡す。

「え、じゃあ今日も知ってて声掛けてきたってこと?確かめるためとか?」

「ううん、私はずっと確かめてみたらって言ってたんだけど、ヒナタはそれはしないって」

アヤミはゆっくりと、ナノカをなだめるように喋る。

「ヒナタはね、好きって言うか言わないかは自分で決めた方がいいからって頑なに言ってたから、今回も、絶対そんなことするためじゃないよ」

ナノカが持っていたアヤミの携帯が震えて、メッセージがきた。ヒナタからだ。アヤミも覗きこむ。

『今日、いいことがあった』

『ほんとにまだ好きだったんだな』

『びっくりしちゃってなんも言えなかったんだけどさ』

『また声掛けてもいいと思う?』

『姉の意見をくれ』

「ふーん、どーする?」

「え?」

「声掛けてもいいかだってさ。どう?」

「・・・いいよ。いつでも声掛けてくれて」

「りょーかい。そー言っとくよ。ちゃんと笑顔で喋れよ?可愛くだぞ。そっちの方が好感度上がるし」

ナノカは少し迷って、こう言った。

「私はもういいよ。どうせ勝ち目ないし」

「何言ってんの。一方の気持ちだけじゃ成立しないんだから、全然問題ないって。それとも、言っちゃったらもうすっきりしたとか?」

「いや、そーじゃないけど」

むしろこのメッセージを見て、さらに好きになってしまったくらいだ。でも逆に、このメッセージを見て、諦めないといけないなと思ったのだ。今きたメッセージではなく、今までの、ヒナタとアヤミのメッセージである。アヤミはナノカのことについてだと言っていたが、もちろんそれだけではなかった。最近ハマっているもの、友達、苦手な科目、最近あった面白い出来事など、いろいろなことを話していた。全部、ナノカが知らない、知ろうとしてこなかったことだ。それに、

「お姉ちゃん、ヒナタのこと好きなんじゃないの?」

「はあ?いきなり何言い出すかと思えば、そんなわけないでしょ?この6年間断り続けてきてんのに、何をいまさら」

「でも、自分から話題も振るし、全力で拒否するわけでもないし、それに何より、ここ最近のお姉ちゃん、毎晩すっごい嬉しそーな顔で携帯とにらめっこしてたし。あれ、ヒナタとのお喋りだったんだー」

「なっ、違うから!普通に会話が楽しかっただけだし!」

アヤミがあわてて反論する。

「そう?でも、嫌いではないでしょ?で、どっちかといえば好きでしょ?」

「嫌いじゃないけど別に好きでもない!ほら、さっさと冷やさないと目、腫れるぞ!早く降りろって」

「引きとめたのお姉ちゃんじゃん!あっちょっ、落ちるって」

自分が誘導しておきながら、やはりヒナタとアヤミはすぐにでも思いが通じあうのだろうなと分かり少し落ち込みつつも、この優しい2人が幸せになることを願いながら、ナノカは階段を駆け降りて行った。

「階段で押さないでよ。危ないじゃん」

「あんたが変なこと言うからでしょ。あ、そーいえば明日七夕じゃん。商店街行って短冊書かない?」

「あー、いいね。行く行く」

短冊にはなんと書こうか。この2人のことだろうか。いや、それはもったいない。せっかくなのだから自分のことを書こう。勉強のこと、友達のこと、趣味のこともいい。それにしても、あわててる時のアヤミは可愛かった。やはり女子は身長が低いほうが何倍もいい。失恋した日の夜、ナノカはそんなことを考えながら眠りについた。







―後日、商店街にて

「何書いたの?」

「内緒」

見えないように隠しながら、背伸びをして出来るだけ高い場所へつける。少し照れくさいことを書いてしまったので、絶対に見られるわけにはいかないのだ。文句を言うアヤミを連れ、商店街を出る。

 黄色の短冊に、ナノカはこう書いた。

『姉のようになりたい』

いつか、叶うだろうか。

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もう少し早く、勇気がほしかった 巴菜子 @vento-fiore

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