第3話 「人術使いの戦い」

 監視塔への侵入は想像より楽だった。入り口付近に罠らしき物もあったけど、何故か作動せずに通過出来た。監視役と思わしき連中は、軽く殴り倒してやるだけで伸びていた。どんな強者が待ち構えているかと警戒していたけど、武器を持たされただけの素人だったのは不幸中の幸いだ。


 監視塔の3階にペトリーナは捕らえられていた。主犯格らしい男女も隣にいる。

「そこにいたんだな。無事か? ペトリーナ」

 ペトリーナが怪我してなさそうで、ひとまず安心した。縛られてはいるけれど、殴られたり斬られたりした形跡は見当たらない。良かった。

「なんだ、お前は。ご丁寧に身代金持ってきてくれたのか? いや金なんてどうでもいい。それより、どうやってここまで。探知結界をすり抜けるなんてよ。まさかお前魔術師じゃないのか?」

 主犯格らしき男はナイフを俺に向けた。監視をしていた誘拐犯達と違って、この男は百戦錬磨の強者だ。初対面でも分かる。戦い慣れた奴とそうじゃない奴の違いくらい。


「俺は魔術師でもないし、金も持ってない。だけどその人は返してもらうぞ! 誘拐犯!」

「かかか! こりゃ驚きだな! 魔術も使えないガキが一人でサブヴァータに楯突こうってのか! 気に入ったぜ」

 男は布でペトリーナの目と口を塞ぎ、こちらを睨む。

「気に入ったから、丁寧に殺してやるよ!」

 男はナイフ片手に襲ってきた。やっぱり、素人には出来ないような俊敏な動きだ。

 でもこの程度なら、先生の方がよっぽど速かった。


「……っな!」

 男は絶句していた。俺がナイフの刃を片手で止めたんだから、そりゃ驚くだろう。反撃して下さいと言わんばかりの隙を見せてくれたので、俺は男を持ち上げて放り投げた。

「う、うおおおおおっ!?」

 男は素っ頓狂な叫びを上げて、壁に激突した。死なない程度に手加減したけど、あの勢いで体をぶつけたらしばらくは立てないはずだ。

「何だこいつ……。魔術か? いや違う! どういう訳だよ!?」

 魔術を使えない俺が人間離れした力を見せた事で、男は混乱気味だった。彼にとって俺は『非力な獲物』でしかなかったから。その油断が俺にとっては好都合だ。


 その間に、俺はペトリーナの元へ行き拘束を解いた。珍しい触り心地の布だったけど、引き千切るのは容易だった。

「アレイヤさん! い、一体何が……」

 ペトリーナからしてみれば、視界を取り戻したら誘拐犯が吹っ飛ばされていたんだから驚きだろう。彼女は俺と誘拐犯を交互に見て口をパクパクさせていた。

「助けに来たぞ。もう大丈夫だ」

 慌てるペトリーナを落ち着かせるように、俺は言った。


「ちょっとフォクセル! 何やってんのよ!」

 女は男を罵倒しつつも心配そうに駆け寄った。男はすぐに立ち上がる。全身に激痛が走っているだろうに、大した胆力だ。

「ラクゥネ! 銃を取れ! よく分かんねぇがこいつは只のガキじゃねぇ!」

 男の方はフォクセル、女はラクゥネと言うらしい。二人は銃を構え、一斉に俺の方に向けた。

「……っ! 危ない!」

 ペトリーナが叫ぶ。しかし俺は少しも焦っていなかった。


 大丈夫。先生に教わった通りにすれば銃弾だって怖くない。

 弾道はくっきり見えるし、鉄の塊だってこの手で掴める。


 銃声が四発。全て正確に俺の目の前に飛んできた。それを俺は、両手で受け止める。

「何が……起きたのよ」

 ラクゥネは銃を握ったまま硬直していた。

「オレも知らねぇよ。ったく、目を疑うぜ。へっ」

 フォクセルは苦笑いしながら後ずさりした。銃弾を手で止める俺に、得体の知れなさを感じているのは間違いない。


「アレイヤさん……? 何を……何をしたのですか?」

 驚愕しているのはペトリーナも同じだった。魔術師でないはずの俺が、魔術のような力を有している。その事実に。

「俺のいた世界には、この世界みたいに魔術は無い。でも、人間がさらなる力を得るために生み出した技術がある。人間の持つ能力を最大限生かす技。先生曰く、『人が神に近付くためのプロセス』。その名は『人術じんじゅつ』」

 それが俺の力の正体だ。

 握力を強化する《あく》。

 嗅覚を強化する《擬犬鼻演ぎけんびえん》。

 動体視力を強化する《光追眼ついこうがん》。

 皮膚を硬くする《鋼被表皮こうひひょうひ》。

 その他にも、無数の技を先生から教わった。俺が元いた世界で、毎日の殆どを費やして積み上げてきた技術だ。


「俺は魔術師じゃない。人術使いだ」

 フォクセルが感じているはずの「得体の知れなさ」を言語化してやった。これで俺は『非力な獲物』から『底知れない敵』に変わる。油断の感情は、恐怖の感情へ。それでいい。相手の感情をコントロールするのは戦いの基本だと、先生も言っていた。

 今の俺はフォクセルにとって……いや、この世界にとって異様な存在だ。なんたって、異世界からの来訪者なのだから。


「あぁそうかよ。ただの魔術師だったら今頃殺せてたのになぁ、畜生!」

 フォクセルは手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いた。

「だがせめて、そこのお嬢様だけでも死んでもらうぜ!」

 なんとフォクセルはペトリーナ目掛けて手榴弾を投げた。俺は殺せないと踏んで、標的をペトリーナに変えたのか。

「ペトリーナ!」

 卑劣な戦法だ。何とか手榴弾を掴む事には成功したが、こうして握ったままでいるか? いや、フォクセルが何個も手榴弾を投げてきたらどうする。全て起爆しないように保持するなんて不可能だ。遠くへ投げ飛ばすか? それも駄目だ。狭い室内で起爆したら、ペトリーナにも被害が及ぶかもしれない。

 安全に手榴弾を処理するには、こうするしかなかった。


 俺は手榴弾を口に放り込んだ。その瞬間、俺の口内で爆発が起こる。ちょっとは痛かったけど、その程度の損傷で済んだ。

「ば、馬鹿かお前! マジか! そんなのありかよ!」

 フォクセルは目を見開いた。爆弾を食べるなんて想像もしなかっただろう。俺もペトリーナを守るためじゃなければこんな無茶しなかった。体内強化の《鋼被裏皮こうひりひ》も練習しておいて本当に良かった。

「お互い命がけか……。参ったぜこりゃ勝てねぇ」

 フォクセルは完全に戦意を失っていた。その隙に俺は爆弾の破片を吐き出し、さっきから気になっていた事を尋ねる。


「お前、サブヴァータとかいうテロリストの人間だよな。誰に雇われた?」

「あぁん?」

「身代金目的の誘拐犯にしては、やり方が変だ。むしろ傭兵のような。お前達、誰かに雇われてペトリーナを攫ったんじゃないのか?」

 俺の故郷の戦地では、雇われテロリストなんて腐る程いた。今回のサブヴァータの動きは、それに似ている。こいつらが独自に動いてペトリーナを攫ったようには思えない。本当の黒幕がいる気がする。


「……いねぇよ。そんな奴」

「香水の匂い」

「は?」

「さっきから匂うんだ。高そうな香水の匂いが。お前達ってそんなに匂いとか気にするタイプか? その割には随分とワイルドなファッションだよな」

 フォクセルとラクゥネの服は汚れてボロボロで、身嗜みなんてまるで気にしていない性格が読み取れる。ナイフや銃はいい物を使ってるのに、それ以外の身に着ける物は低質もいいとこだった。そのくせ、高級そうな香水の匂いだけが僅かに漂っているのは違和感しか無かった。

 他の人間なら気付かないであろう不自然さも、《擬犬鼻演》は逃さない。


「……っ! こいつ!」

 それ以上はフォクセルは口を閉ざしたが、図星なのは明白だった。この誘拐はサブヴァータだけの犯行じゃない。こいつらに依頼したクライアントがいる。その事実を語れないのは、守秘義務を課せられているからか。


「最悪だ! 何もかも最悪だ! 分が悪すぎる! おいラクゥネ! 撤退だ!」

 フォクセルは鞄を一つ掴んで逃げ出した。ラクゥネも、その体型からは想像出来ない程素早く撤退した。

「あんた達! 逃げるわよ! 準備なさい!」

 ラクゥネの司令に呼応して、他のサブヴァータ達も荷物をまとめて監視塔から出て行く。凄まじい手際の逃走だった。世界を敵に回しているテロ組織は伊達ではなく、引き際は鮮やかだ。


 追うつもりはない。俺はペトリーナさえ無事に助けられれば、あんな奴らどうだっていい。向こうから逃げてくれたのは好都合だった。

 監視塔は一気に静かになり、ペトリーナは茫然と俺を見つめていた。

「アレイヤさん、あの……ありがとうございます。でも、私のために危険に飛び込むのはダメですわ。あなたはこの件とは何も関係ないお客さんなんですのよ」

 危険に身を置いていたのはそっちだろうに、ペトリーナは俺の心配をした。その優しさを俺は見捨てられなかったんだ。

「お礼、まだ言ってなかったからな」

「え?」

「居場所の無かった俺を泊めてくれてありがとう。おかげでちょっと元気が出たんだ。泣いてばっかいられない。この世界でも頑張ろうって、そう思えた」

 もしペトリーナと出会わなかったら。未知の世界で孤独に苛まれていたら。

 ただでさえ絶望に落ちていた俺は、この世界を憎んだかもしれない。心の余裕の無さが、寂しさと恐怖が相まってどうなっていたか分からない。

 暗闇の中でほんの少しでも光に出会えた事が、どれだけ俺を救ったか。君は多分知らないだろう。それでも俺は感謝がしたい。


「そのために、私を助けに来て下さったのですか?」

「あぁ」

「アレイヤさんって……変わってますわね」

「えええっ!?」

 まさかの変人扱い!? いや、普通じゃないのは自覚してるけど! この状況でそれはちょっとショックだぞ!

 困惑のあまり何を言うか迷って口を開閉していると、ペトリーナはクスッと笑った。

「でも、とっても優しい人です」


 ペトリーナと二人で歩いて屋敷への帰路を進んだ。背負って行こうかと提案したけど断られた。怪我した訳でもないし、一人で歩けるとの事。

「アレイヤさんの人術って、どなたから教わったのですか?」

「グリミラズ先生だな。俺、ここに来る前は学校にいたんだ。人術の学校」

 グリミラズ・バーハウベルゲ。俺の恩師で、親のような存在だ。人術の達人で、とんでもなく強い人だった。

「まぁ。魔術学校みたい。でしたら、アレイヤさんの世界で御学友が待っているかもしれませんね。アレイヤさんは元の世界に戻りたいですか? 魔術学校の先生にお聞きすれば、帰る方法が分かるかもしれません!」

「……いないよ」

「いない?」

「みんな殺された。俺のクラスメイト全員」

 ペトリーナは言葉を失っていた。単語を選ぶような慎重さで俺に尋ねる。

「そんな酷い事を、一体誰が……」

 続く俺の返答に、さらにペトリーナは目を丸くした。

「先生だよ。グリミラズ先生」


 そうだ。あの凄惨な光景は一生忘れないだろう。

 俺のクラスメイトは、俺の家族にも等しいみんなは、あろう事か教鞭を執る先生に殺された。無残にも食い散らかされた。

「先生はこの世界に来ているはずだ。異世界転移現象ってやつ。俺はそれに巻き込まれて来たんだよ」

 この世界のどこかに、グリミラズはいる。俺がこの世界にいる理由があるとすれば、奴に再び会う事だ。

 会って、その時には必ずあの男を殺す。


 この異世界で、俺は復讐者になる。


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