8.―6歳―サピスの斜塔(イヴァルの書発見)Ⅱ


 共にサピスの斜塔を目指すことになった三人組の、少年少女達。

「あたしはサーシャ、っで、こっちの背の高いのかライール、小さい方がフィン。

 それで、あんたは何て言うの?」


「あ、私はアデレード。アディーって呼んでくれても良いけど……」


「アデレード……。アディーで良いな。じゃあまず、その服を着替えようか?それじゃこの町で目立ちすぎる」



 金髪の子はサーシャ、茶髪の長身はライール、黒髪の男の子はフィンと言った。


 アデレードの服は目立つと言うことで、サーシャの服に着替えての移動となる。

 短めの砂色に染まったシャツを色落ちの進んだ藍色のズボンに押し込み、黒い紐でウエストが落ちないようにグルグル巻き付けた物だ。


 はっきり言って汚ならしいし、サイズも合ってはいない。

 だけど、貴族の部屋着で出歩いて、さっきみたいに人拐いに襲われるのでは堪ったものではない。

 背に腹は代えられないと言うことだ。




 この街の名はランディル。砂漠と荒野の街で、西に行けばオアシスの街が、東に向かえば花の都が有り北に向かえば商業都市が有る。

 直ぐ近くには、この世界で最古と言われるエルハベブ大神殿が有り、この街は商業の中継地点と巡礼の旅の休息地として栄えているのだとか。


 彼等はもう何度かあの塔の扉に挑戦しているようだった。


「今年で十歳になるんだけどさ、七歳から挑戦してもう二十回は超えたね」


「そんなに!?それでもダメなの!?」


 サーシャの言葉に驚きを隠せない。


 そんなにサピスの斜塔の扉は入る者を選ぶのか……。


 そう、サピスの斜塔こと知恵の塔の扉は、その中に入る者を選ぶ。


 扉に手を掛けても、塔が許さない者は中に足を踏み入れる事も許されないのだ。

 そして、縦しんば中に入れたとしても、目的とする書物以外は目を通すことも許されない。


 昔、塔の壁を壊して中に入り込もうとした輩もいたらしいのだが、頑強な造りのその壁を打ち破ることは出来ず、逆に壁から放たれる衝撃波によって遠くへと弾き飛ばされる結果となったのだ。


 また魔法使いに至っては、攻撃魔法を放ち内部への侵入を試みたが、自身の放った魔法を直接受ける結果となり、命を費やした者も多数いたらしい。


 何とも気難しい塔なのだ。




 ***




 サピスの斜塔。

 何時からそこに聳え立ち、何故斜めに傾いているにも関わらず、重力にも負けず倒れずに居られるのか、全ては謎に包まれた世界の不思議の一つと評されている。


 砂色の石積の造りに見える搭は、正面に四角い石畳が敷かれている。横に六メートル、十三段程度の広い階段と横に八メートル奥行きに十メートル程の広さが有る。


 これだけ広いと、ちょっとした集会でも開けそうよね。


 そして扉だ。扉の表面は、なだらかな曲線の模様が施されていて、これ一枚では意味を成さず、何かと組み合わせるのでは?と思わせる図柄だった。扉の中央部には半球体の白く薄い石が嵌められていて、それに触れると塔がその者を、内部に入れるかを判断するのだと言う。



「そこに手を翳すんだけどさ、ダメだとバチンッて、弾かれるんだよね。そんなに痛くは無いけど、暫くは同じ痛みは味わいたくないね」


 サーシャの感想を聞くに、怪我をするほどでは無いけれど、暫くは触りたく無くなるほどの痛みは伴うらしい。


 緊張する………。


 心臓が、バクバクと激しい鼓動を打っているのが、自分でも良く分かる。



 前には、塔内部への侵入を試みる列が並んでいた。

 十人ほどが並んでいて、前方の挑戦者からは、『痛てぇ―!!』『ぅああッ!!』とか悲鳴が上がっていた。


「嫌ならやめても良いんだぞ?」


「怪我はしなくても痛いからね~。ビビるよね。俺も最初はビビったもん!!」


 ライールは、三人の中でも背が高いだけあって、十四歳。フィンは小柄でサーシャと同じくらいの背丈だけど十二歳なんだって。


「怖いし、痛いのは嫌だけど……お母様の為ですから!!」


 順番の回ってきたアデレードはそう言って、扉に手を翳した。






 白い、丸いその石に手を翳すと、中から金色の紋様が浮かび上がり、それは塔全体へと広がっていた。


 塔の壁面にも幾何学な紋様が掘られていて、そこから金色の光が射し込めた光のように溢れていく。


 光は曲線を描き螺旋に塔を駆け昇っていく。塔の壁からは、光の羽のような形の板が翼が拡がり、さながら螺旋階段の様になっていく。


 それは塔の最上部まで続き、最上部には光の渦が出現した。


「あれは……!?」



 それを見ていた大人の魔法使い達は直ぐ様行動に打って出た。

 空を飛び、光の渦を目指したのだ。


 しかし、その光の渦に到達する事無く弾かれ、地面へと墜落していく。

 最初の者の失敗を見た後続の魔法使いは、結界が張られていると判断して、それを破るべく攻撃魔法を放ち光の渦を目指す。


 空を飛べない者達も、突然現れた光の階段に群がり駆け昇っていく。


 その場は、異様な空気に包まれていた。



 無理もないのだ。

 このサピスの斜塔は、この世界エターナルハインド創成の時から存在しているとも言われ、この世界に至る過程で消失したアールスハインドからの生命の大移管の立役者、が、建てた物だとも言われていたのだ。


 だからこそ、伝説のの隠し場所の一つとして、このサピスの斜塔が考えられていた。


 その斜塔に訪れた突然の変貌。

 それが意味するものと言えば、イヴァルの書の顕現に他ならない。


 危険を犯してでも挑む価値は有る。だからこそ、特に魔法使い達は競うように挑んでいくのだ。




「遅れを取った!僕達も急ごう!!」


 もう既に、塔の螺旋階段には二十人は有に越える大人達が登っていた。


 子供の足で果たして彼等を追い越せるのかは怪しいが、アデレードが扉に触れて起こった現象ならば、そこに現れた物を手にする権利は彼女にこそある。


 ライールはそう考えた。

 サーシャやフィンにも異存は無かった。

 あの光の先に有るものは、アデレードが手にすべき物。

 何としてでも塔の上部に辿り着き、光の先を目指さなくては成らなかった。



 階段を登り上部に近付くにつれ、体力的に諦めを抱き始めた者が息を切らして座り込んでいた。

 魔法使いは、筋肉馬鹿ではない。

 体力勝負には、極不向きな職種に有る者の一つだ。



 無理もないのよね。普段魔法駆使で楽して生活しているから、こればかりはね~。

 ※記憶体の感想です。



 上階まで辿り着くと、悲惨だった。

 剣を抜き放ち血み泥の戦いが繰り広げられていた。


 それでも、その戦いを振り切り光の渦に到達した者がいた。


「ふははははっ!イヴァルの書は、俺が頂くぞ!!」

 意気揚々と光の渦に入り込んだ男は、渦の中に飲まれここに戻ることは無かった。


「くそっ!遅れを取った!!」


 次々に光の渦に入り込む男達。


 きっと、出た先でもまた血み泥の争いが繰り広げられているのだろう。



「どうする……?」


 既に、塔を登りきった大人達の大半は光の渦の、向こう側へ行ってしまった。


 もう、イヴァルの書は、その大人達の誰かの手に落ちたことだろう。



『昼と夜の交わる時間、暁が空を焼く最後の時、隠された扉は開きへの道は開かれる――』


 何時か見た夢で、イヴァルが言っていた言葉だ。


 それはつまり、昼と夜が変わる瞬間。夕刻を意味していた。

 その時以外には、真実の扉は開かない。


 既に日は傾き、空は朱く染まり始めていた。



 光の渦は、輝きを失い始めていた。

 だけどアデレードは、まだ動かない。


 太陽が……西の空へと姿を消し始め、地平と重なる一瞬。


「今よ!!」


 アデレードの声に、三人は薄く消えかかった光の渦に飛び込んだのだ。






 ***






 木の丸太が組み合わされた棚が有り、そこに鍋やケトルが置かれていた。


 視線を横にやると、壁側一面に本棚が有り、ギッシリと部厚い本が詰め込まれていた。


『秘密部屋』


 イヴァルはそう呼んでいたけれど、実際は彼が人付き合いを疎ましく感じたときに逃げ込む隠り部屋だ。



 彼はとても人見知りが激しく、出きれば一人で過ごしていたい質の人だ。


 それなのにどうして『僕達の秘密の小部屋』なのかですって!?


 答えは単純よ。エイジスの提案した世界まるごと移転計画が、彼の興味をガッツリ引き寄せたから!!


 だからこそ、時間を惜しんだ彼は私をこの秘密の小部屋に招き入れたのだ。


「……ねぇ、ここって本当にイヴァルの秘密部屋なの?」

 サーシャが呟く。


「さぁ?私に聞かれても……分からないわ」


 いえ、イヴァルの秘密の小部屋で間違いは無いのだけれど、果たして『イヴァルの書』が有るのかは定かじゃないわ。


 ライールとフィンも気がついて、四人で辺りを物色するが本は本だったし、鍋もケトルもそのままのものだった。


 隣の部屋は両側にも本棚が有り、ギッシリと本が詰め込まれ奥には作業スペースと、書斎があった。

 書斎の机や床には本が積み上げられ……本当に本だらけだった。


 その中の一つ。


 やや小ぶりの黒い背表紙の手帳の様な物があった。


 何故手帳だと思ったかと言うと、頁には何も文字が書かれていなかったからだ。


 一つだけ、何も描かれていない本……手帳?


 アデレードは、それを手にしようとした。


 ふわりっ。


 その書の白紙のページが目くれ上がり、パラパラとページが前の方へと戻って行く………。



 一番最初のページだ。



 そこには、万年筆で文字を描いたかのように文字がさらさらと描かれて行く。

 それが描かれた後、文字に音が加わった。





『この書を見付けたと言うことは、『エイジス』を思い出したと言うこと何だね?』


 その文言から始まる言葉は、次々と言葉を連ねていった。






 残念ながら僕は君の

 だから、この書に考えうる全ての方法と力を注いだよ。

 次の君が、この書を使ってその呪われた鎖から解き放たれることを今の僕は、祈るだけだ………。

 この部屋に残した本と、そして道具達を君に捧げる。

 次の君が上手いこと、呪いの鎖を断ち切ることを僕は願い、この生涯に幕を閉じるよ。


 エイジス、君が解放されることを僕は祈っているよ。


 イヴァル・クロノスター







 言葉が終わると、そのページは消えて無くなってしまった。

 ページに込められた力が終わると、そのページは消えてしまうようだった。


 代わりに、何も描かれていなかった黒い表紙には、アデレードの名前が金色の文字で描かれていく。





「……ね、エイジスって誰………?次の君って事は、アデレードがそうなの?」

 サーシャの問いかけに、何と答えれば良いのか、アデレードには分からなかった。


 アデレードが思い出したのは、エイジスの死の瞬間と今際の際の約束だけだったから。


 それでも、ここに導かれてきたと言うことは、そう言う事なのだろう。


「分からないわ。……だけど、そう言う事なのかもしれないわね」


「エイジスって人一人の犠牲で、この世界が成り立ってるって………」




 試作中の試作だった世界アールスハインドが崩壊の兆しを見せ始めたから、創りかけの今の世界エターナルハインドに全ての機能を移管し道を開いたのだ。


 アールスハインドでの不備を、エターナルハインドでは調整を効かせて同じ轍を踏まないように……踏ませないように定義付けた。


 それはエイジスの、アールスハインドの残る全ての魔法を費やして行われたから、存在そのものが消失したのだ。


調』として、その存在その物を懸けた一代事業だった。



「それも……分からないけれど、取り合えずこれがイヴァルの書みたいね」


 本を手に取り他のページを捲っても、何の文字も浮かんでは来なかった。


「何だ、何にも書かれて無いんだね」


「まさか、これを使ってどうこう言っていたんだから、最初の文言で終わりって訳じゃないよね?」


 脇から覗き込んでいたライールとフィンの二人にもこれはちんぷんかんぷんだった。






 キィコ、キィコ、キィコ………。



 何かが軋み音を上げながら近付く音がして振り返ると、赤い服を着た短い金髪の女性が立っていた。


 クッ、キ、キ、キ、キ、キ……。



 誰もいないと思っていたその場所に、突然現れた赤い服の顔を俯けた女性。


 その女性がゆっくりと顔を上げながらニッコリ微笑む顔が、『ニタァァ』と見えてしまって………。




「「「「ぎゃああああああ――!!」」」」




 叫んだのは、ご容赦ください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る