6.―5歳―王宮のお茶会


 魔力検定を終えたある日、朝食時にそれは伝えられた。


「お城のお茶会ですか!?」


「そうよ。第一王子のベルナード様と同じ年頃の子を持つ婦人たちを招いてのね」


 お母さま宛に、王妃様からお茶会へのお誘いを受けたのだ。そしてそこには、アデレードも連れての参加を促す文言が書かれていたのだとか。


 それに対してのお父様の見解は以下のような物で。

「将来の王子と各貴族子息との連携を深める為、子女であれば妃候補の顔見せと言った所だろうな。アディー、お茶会の前か後に父様の仕事場に遊びに来るかい?」


「お父様の仕事場!見たい!行きたいです!お城でのお父様のお仕事姿拝見でするんですね!?」


 アディーにとって、この時王子との顔合わせよりも大好きな父親の仕事姿を見ることの方が重要だった。


 因みにこの当時、父の役職は宰相補佐。副宰相と言う役職は当時無かったので事実上の内務No.2と言うことになる。


「よかったねアディー。お父様の仕事場を見られるなんて、僕達でもまだ見させて貰ったことは無いのに……」

 素直に妹を羨むクレイルお兄様。


「それよりも僕達の天使に笑顔が戻ってきて良かった。当日は楽しんでおいて。もしも嫌なこと言われたら……後は兄様達で何とでもするからね?」

「そうだね。アディーの笑顔を曇らせる者に容赦なんて必要ないね」

 妹の笑顔を喜ぶが、最後は何だか物騒なオルドーお兄様とそれに賛同するクレイルお兄様。


「そうだぞアディー。何と言っても君は我が家の『お姫様』何だからね?その君を傷付けようものなら、お父様とて容赦はしないから職権の許す限りの手立ては講じるよ?」

 さらりと、職権乱用をチラ付かせるグレドリューお父様。


「あらあら、お父様もオルドーもアディーに甘々ね。我が家のナイト達は頼もしいわね」

 微笑ましげにその光景を眺めるお母様。




 ――うふふっ………。中々に我が家の結束は堅そうね。


 アディーの中にいる、アデレードもこれでひと安心とばかりに独り言ちついた。





 ◇◇◇





 招かれた王宮の中庭は緑豊かな芝が生え、伸びやかに育った花木の枝葉が程よい木陰を作り出す。白いクロスを敷かれた長テーブルと椅子が、明るい木陰に配されていた。


 テーブルの上には王宮の料理人が丹精込めたであろう取り取りの菓子やカットされた果物が並び、お母様達御婦人方は午後のアフタヌーンティを楽しまれながらの歓談の場となっていた。



「ローゼンベクト家のティアーズ様は『風』と『火』に恵まれたそうで、羨ましいですわ」

 口を開いたのは第一騎士団長のクレーバー婦人だった。


「何を仰います、ロラン様も『風』を保持されて魔力値も中々な物だと言うじゃありませんの。末はお父君と同じく団長まで登り詰めるのでしょう?」

 ローゼンベクト侯爵婦人は、ロランが男で将来の王子妃候補ではなく側近候補なので気を悪くすることもなく相手にも賛辞で返した。


 その様な会話がそこかしこでなされる中、マルテリードは一人、茅の外の人に成りかけていた。

 側妃レイスティンが、マデリードを自身の側に招き僅数人という規模でテーブルを取り囲んでいる


「羨ましいですわね。皆さんお子様が明るくお話出来る質に恵まれて………」

 本来なら、全属性持ちのアデレードなのだか前世記憶保有のアデレードの助言から『闇』属性一本に絞ってしまった為、マルデリードは、要らぬ心痛を味わう羽目になっていた。


「そんなこと言うものでは無くてよ?『闇』とて稀少で有ることに変わり無いのだから」

 側妃レティシアは、三歳になる第二王子アレクセイの母親で黒髪に青い瞳と言う取り合わせで、この大陸では主に北側の地域に多い配色の持ち主である。

 当然、アレクセイの色も黒髪に青い瞳となる。

 それは、マデリードの母も同じでアデレードの配色は隔世遺伝なのだ。


「闇に関しては、魔族と混同が永らく続いていたせいで未だ未知数の部分が多いですものね。あの子を通じて何れ分かることも出てくるのでは無くて?……だから、そう気を落とすものでも無くてよ?」


 そう言って現れたのは王妃カメラ様だった。

 プラチナブロンドに緑の瞳。大陸の東側に多く見受けられる配色で、ベルナード王子の色よりも明るく澄んで見える。


「妃殿下!………申し訳御座いません、ご挨拶も漫ろで御身足を運んで頂いて……」

 マルテリードは慌てた。王妃の周りには既に何人もの婦人が取り囲み、美辞麗句を連ね付け入る隙も無くなっていたから、最低限の挨拶のみを済まして、側妃レティシアの元に招かれたのだ。


「気にしなくて良いわよ?呼び立てたのは私だし、それでも流石にアレには参っちゃうわよね?」

 王妃の言う『アレ』とは、他者を蹴落とし自分をよく見せる貴族特有の駆け引きなのだが、王妃が今回お茶会を開いた目的はただ単にベルナード王子と『相性の合う子供を見つけよう』それだけに過ぎない。

 まだ五歳だ。恋愛やら婚約、将来の側近の選定よりも楽しく一緒に成長できる相手を見極めようと思ってのことだった。

 先走って、アレヤコレヤと動こうとする輩に辟易と言った所だった。


「それにしても……。アデレード嬢はとても見目麗しいのね。華やかで可憐で嘸や将来は飾り概が有るのでしょうね……」


 王妃の目はチラリと側妃に向けられていた。

 アデレードは、彼女レティシアと同じ黒髪に青い瞳。


 父親と同じく、黒髪のアデレードの側に居て甘い笑顔を浮かべ始めた息子ベルナード

 正室の王妃は、面白くは無かった。


「それにしても、私の側には赴かずこちらで羽を伸ばしているとは感心しませんね。どういうおつもりだったのかしら?」


 マデリードに向けられた言葉は、完全に側妃に対しての嫉妬を八つ当たりしたものだった。





 ◇◇◇




「初めまして、ティアーズ・ローゼンベクトです。家は侯爵家ですの」


 フワフワとした明るい茶色の髪と、薄緑の瞳。淡いピンクや緑と言った配色が良く映えそうな少女だった。


「ロレーヌ・ヴェルディですわ。家は伯爵家ですの」


 青い髪、青い瞳、キリリと少しキツい印象の面立ちで、縦ロールと言った最近私達より上の世代で人気の髪型だった。


 最先端を取り入れるにしても、ちょっと早すぎじゃないかしらね?


 ――とは、中にいるの意見だった。



「それで、君は誰かな?」


 何時の間にか順が巡っていたらしく、ベルナード王子に自己紹介を催促される。


「しっ、失礼しました。アデレード・ルシア・ファルファーレンです!家は公爵家ですのっ!」


 焦って、可笑しな口調の自己紹介に成ってしまった………。

 あぁ……穴が有ったならそこに隠ってしまいたいわ………。




 ファルファーレン公爵家の令嬢か……確か属性は唯一の『闇』の持ち主だったな……。


 ベルナードは少し警戒してアデレードを見つめたいた。


 その視線にも気付いたアデレードは、先程の挨拶の失敗を咎められる!?と、想像し羞恥ゆえ、顔を赤らめ俯くのだった。

 そんなアデレードの姿が何処と無く可愛らしく見え始めたベルナードは少しだけ表情を柔らかくした。


「ふふっ……。可愛らしいね」


「えっ!?」


「あ、ごめん。素直な感想なんだけど、いや、お嬢さんばかりで……」


 ベルナードはそう言いながら、周りにいた令嬢たちにも微笑みながら言葉を綴った。


 その姿が、陽射しを浴びたベルナードの姿が輝いた見えた幼いアデレードにはキラキラと見えて、気が付けば彼に恋をしていたのだ。




 何て……何て、素敵なの!!



 キラキラキラキラと輝いて、正しく輝く王子さま!!


 綺麗な金色の髪と、緑色の透き通る瞳に、吸い込まれそうな感覚を覚えたのだった。




 その後、ベルナードは他の貴族子息達と遊び始め、アデレードは『闇』の保持者と言うことで他の令嬢達からは、少しだけ距離を置かれて母マルデリードの元に戻ったのだった。


 王妃カメラにニコニコと、満面の笑みでもって王子ベルナードを

『王妃様にとても良く似て、宝石みたいにキラキラ輝いて、凄く素敵な王子さまです!』


 そんな風に褒め称えるものだから、カメラ妃もその絶賛ぶりには、微笑ましさを感じたらしく、それ以上マルデリードの非を責めることは無かった。


 黒髪であることを抜きにしても、あそこまで振り切った笑みで息子を大絶賛するのだ。

カメラに似ている……何て可愛いことを言うのかしら?』


 大抵の令嬢の場合、カメラの放つ気に気圧され、思うような発言はせず控えめに当たり障り無くモノを言うことが通例だ。

 それがアデレードには無い。

 強い精神と何時以下成るときでも、何事にも屈せず臆することの無い態度。

 それもまた、正妃に求められる要因の一つだ。


 単純に誉められて悪い気はしない。個人的にアデレードを気に掛け始めた訳である。





 ◇◇◇




 場所は変わってグレドリューの仕事場。

 奥には宰相ドミノの執務室が有り、その手前に会議室、応接室、小会議室等が並び、グレドリューのいる職場となる。


 皆、同じ方向を向いた机が四十程並び、其々に書類や分厚い書物、数々の封書が置かれていた。


 そんな中、グレドリューの席は一つだけ離れ小島に成って、背面には書籍や書物の置かれた棚が有り、机自体も一回りも二回りも大きな物となっていた。



「お茶会はどうだったかな?」


「はい、お父様。ベルナード王子さまはキラキラ輝いて、とっても素敵な方でした」


 アデレードの目にはハートが浮かんでいたのかグレドリューは、一瞬面を喰らい苦笑いを浮かべた。


 父親第一だった愛娘が、早々に初恋に落ちたのを理解した訳だが相手が相手である。


 しかも、今回アデレードが第一王子妃の筆頭有力候補ともだけあって、結構複雑である。


 勿論、今すぐどうこうの話ではなくそう遠くはない未来、アカデミーの半ばぐらいには再び再吟味となる見通しの話である。



「そうか、素敵だったか………」


 マルデリードを見やると、少々所でなく心労を負ったような目をしていた。


「君もご苦労だったね。今夜は早く帰るから、帰ったらゆっくり過ごしてくれ」


 応接室にマルデリードを通し休ませると、アデレードを伴い職場を案内して回っていた。


 無論、上司のドミノにも娘を引き合わせた。



「始めまして、アデレード・ルシア・ファルファーレンです。お父様が何時もお世話になっております」


 ややしゃべり方に拙さは残るものの年相応の範疇で、その所作も三歳から習い始めている為か、スムーズで年の割りには整った物となっていた。


「始めまして。小さなレディ。お父様にはこちらこそ何かとお世話になっているよ」


 もしも今ベルナードが十を越える年ならば、ドミノがその妃を選考する立場になる。

 まだまだ磨き所は有るものの、同じ年頃の令嬢よりは抜きん出た物を持ち合わせているアデレードに目を見張る。



 ――これは……ベルナード王子の妃は、現時点では、保々アデレード嬢に決定だな。



 ドミノの予見は正しかった。



 後々、アデレードはベルナードの婚約者と言う立場に治まり、アカデミー卒業の後には結婚式の日取りまで決まるのだから。



 やはり、宰相と言う地位に在るだけ有って、人を見る目は確かな様だった。








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