第5話



翌日。


この日も、新入生の実力を測るための、「勇者適性テスト」は続きます。

昨日の筆記試験に続き、今日は魔法の実技試験が行われる事になっていました。

生徒達は皆、試験会場となっている、魔法の練習場に集まっています。

しかしそこに、只野ユウコの姿はありませんでした。


ユウコは、誰もいない1年1組の教室の、掃除用具入れの中に隠れ、小さくなって両手で顔を覆っていました。

理由は、昨日の筆記試験の席次(せきじ。成績の順位の事)が、廊下にデカデカと張り出されてしまっていた事でした。

席次は、新入生240名全員分が記載されていたため、全教科0点のユウコも、当然一番最後に載っていたのです。


筆記試験の前に、目立つような自己紹介をした自分が、直後のテストで0点を取ってしまった…。

その事を知った皆が、自分の事をどう思ったのか…。

ユウコは、それを想像するだけでも怖くて、こうして掃除用具入れの中に隠れているのでした。


しかし、このままではユウコは、魔法の実技試験を受けられません。

規則に厳しい”勇アカ”において、”試験の放棄”は”テストの0点”よりも処分が重く、一発で退学になってしまいます。

それでもユウコは、皆の前に顔を出す事が、出来ないでいるのでした。


”やっちゃった瞬間の自分の姿”が、何度も脳裏によみがえり、消しても消しても、ふとした瞬間にフラッシュバックするのです。

(ふぐぐぐぐぐぐぐぐ…)

ユウコが一人、暗闇の中で、PTSD(心的外傷後ストレス障害)と格闘していると、掃除用具入れのドアが、外側から小さくノックされました。


「…ふぐ?(河豚。マフグ科の海の魚で、内臓に毒を持つ)」

ユウコが小さく返事をすると、ドアの向こうから反応が返ってきました。

「キヒヒ…魔法の試験は受けないのかい…?」


ユウコがそ~っと、ドアの隙間を3ミリほど開けると、そこに見知らぬ女の子がいました。

顔色は悪く、少し波打つ黒髪を、腰のあたりまで伸ばした少女で、どことなく不気味な雰囲気をたたえています。


「あたなは…?」

ユウコが聞くと、見知らぬ少女はニタリと不気味な笑みを浮かべました。

「アタイは呪井ブキミ。アンタと同じ、1年1組の生徒さ」


「はぁ、呪井ブキミさん…。私は、只野ユウコです…。うっ、ぐふっ…!」

ユウコは気の無い様子で、小さくボソボソと応えましたが、”自己紹介”という行為から、先程のトラウマが蘇り、精神に5のダメージを受けました。


「キキキ…。アンタの事は知ってるよ…。それより、魔法の実技試験は受けなくてもいいのかい…?」

「……」

ブキミが聞くも、ユウコは答えません。


「勇者に必要なのは、テストで100点を取る事ではなく、行動を起こす勇気を持つ事だわさ。そうだろう…?」

「でも私、恥ずかしくて皆の前に顔を出したくない…」

「クキキ…。テストで0点を取っても堂々と顔を見せる。そういう人間の事を、”勇者”って言うんじゃないのかい?」

「…私は、そんな凄い人にはなれないよ…」

ユウコはすっかり、弱気になっていました。


「アタイだってそうさ。でもね、一人では耐える事の出来ない事も、二人でなら耐えられる。そんな風には、思わないかい…?」

「ふえ…?」

ブキミは、一旦掃除用具入れの前から離れると、廊下に張り出されていた席次の紙の後半部分を剥がし、再び掃除用具入れの前に戻り、紙を広げました。


ユウコはドアの隙間から、そっと席次を見ようとして、

「ふおっ!?」

自分の名前が視界に入りそうになり、慌てて目を覆いました。


「おっと、悪かったね」

ブキミが『只野ユウコ』と書かれた部分を手で隠します。

「アンタの名前は隠したよ。これで大丈夫かい…?」

ブキミの言葉に、ユウコが再び、恐る恐る覗き込むと、席次の一番後ろ(手で見えない)の一つ手前に、『呪井ブキミ、0点』の記載を見付けました。


「ふえぇ…?呪井さんも0点…?」

ユウコが聞くと、ブキミはニタリと笑いました。

「キヒヒ、遠見の魔法を使ってカンニングしたのがバレて、アタイも全教科0点になったのさ」


その言葉にユウコは、

「勇者を志す人間が、不正なんてしたらダメだよ!」

──なんて事は1ミリたりとも思う事は無く、自分以外に0点を取った人が居るという事実に、大きく勇気付けられたのでした。

”恥ずかしい”という気持ちもどこへやら、一瞬で元気が湧いてきます。


(ふおおおおおおおっ!)

ユウコは、心の中で雄たけびを上げました。

「そうだよ!一人では越えられない障害も、二人でなら越えられる!大切なのは、仲間と支え合う、助け合いの精神なんだよ!」

そう言って、ユウコは掃除用具入れを飛び出しました。

「確かに、0点は100点に勝てないかもしれない。でも、もし0点の人が力を合わせたとしたら、何点になるっ!?0点が、100人、1000人、10000人集まったとしたら!そう!100点に勝つことだって出来るんだよ!!!」

残念ながら、0点は10000人集まっても0点です。


それでもユウコは勇気が出たみたいで、腰のオモチャの剣をギュッと握り締めると、大声で叫びました。

「ふわあああああああ!私は今、勇者の神髄に辿り着いてしまったかもしれない…!星野ユウコ、恐るるに足らず!行こう、呪井さん!魔法実技の会場に!」


ブキミは不気味にニタリと笑います。

「キキキ…ブキミで良いよ…」

「じゃあ私も、ユッコでお願い!」

ユッコはそう言うと、オモチャの剣を高々と掲げました。

「それでは行こう、ブキミ!いざ、魔法試験!」

ユッコはそう言って、ふんすふんすと鼻息も荒く、のっしのっしと大股で歩き出しました。


そんなユッコの後ろ姿に、ブキミが声をかけます。

「ユッコ、ちょっと待って…」

「大丈夫、0点なんて恥ずかしくなんかないよ!ブキミにも、私が付いているんだから!」

「そうじゃなくて、魔法試験の会場はあっち…」

ブキミは、廊下の反対側を指差しました。


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