第1話


かつて勇者の使っていた伝説の剣が封印されている街、ソルディア。

ここには、「勇者ギルドアカデミー・ソルディア校(通称”勇アカ”)」と、”勇アカ”の胴元である「世界勇者ギルド連合」の本部が設置されていました。

ソルディアの街は丘の上に作られており、その丘の中心の高い所に金持ち暮らす富裕層のエリアが、そして丘の外周部の低い所には貧乏人の住む貧困層のエリアがありました。

物語は、この貧困層のエリアにある一軒の家から始まります。


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朝。

「勇者ギルドアカデミー・ソルディア校」入学式当日。

「ふおおおおーーーーーーーっ!私、最高の勇者になる!」

貧民街の一画に、そんな声が上がります。


そして15度ほど斜めに傾いたオンボロ小屋のドアが軋みながら開き、そのまま建て付けが悪かったドアは蝶番(ちょうつがい)ごとバタンと地面に倒れ、そのドアを踏みつける様にして、中から一人の小さな少女が姿を現しました。

ヨレヨレの服を着た彼女の名前は、只野ユウコ(タダノ ユウコ”通称ユッコ”)、16歳。

この日、”勇アカ”に入学する事になっている女の子でした。


「ユッコ、忘れ物は無い?」

ユウコのお母さんが聞くと、「うん、大丈夫!」と、ユウコは荷物が入ったカバンとオモチャの剣を叩きました。

オモチャの剣は、あの勇者の剣”ブレイブソルド”を模したプラスチック製の玩具で、子供の頃お父さんが誕生日プレゼントに奮発して買ってくれたものでした。

「そのオモチャの剣も学校に持って行くのかい?」

お父さんが聞くと、「もちろんだよ!コレがあったら勇気100倍だよ!」とユウコは剣を振り上げました。

「でも、ユッコに勇者なんて、無理だと思うけど…」

お母さんはそう言って、ユウコを見ます。


ユウコは16歳としては身体は小さい方で、童顔のおかっぱ頭のその容姿は、ぱっと見小学生に見えました。

その上、運動音痴で方向音痴で勉強音痴で、歌も音痴でした。

「私の辞書に、不可能という文字は無いんだよ!」

『不可能』という文字が修正液で消された辞書を広げて見せると、ユウコは「行って来ます!」と言って、勢いよく玄関を飛び出しました。


ユウコには、どうしても勇者になりたい理由があったのです。

ユウコの生まれた家は貧しく、両親は低賃金で働かされており、共働きでブラックな長時間労働を強いられるも、一向に生活は楽にならない様な家柄でした。


給料が雀の涙ほど上がったと思ったら、それ以上に消費税が増税され、それに便乗する様に商品自体の物価も引き上げられ、異常気象による大雨で家は浸水し、転売者によって生活必需品は買い占められ、なんか変な病気が流行り、貧民街の心の支えになっていたお城は焼け落ち、只野家の実質所得は下がるばかり。

貧民街の中央にある「もやし教団」から支給されるもやしで日々食いつないでいる状態でした。


また、ユウコの家は街の外周部(貧民街)にある訳ですが、外周部は外から侵入してきた魔物の被害に遭いやすい立地でもあり、その為、魔物が出た際は勇者ギルド(勇者学校を統括している組織)に魔物の討伐依頼を出さなければならず、その依頼料の支払いの為の借金で家計は火の車、貧乏に拍車がかかるという悪循環に陥っていました。


そんな家庭環境の中、何とか両親を楽にしてあげたいと思ったユウコは、「勇者ギルドアカデミー」に入学し、勇者になる事を決意したのでした。

自分が勇者になって魔物を討伐すれば、両親は勇者ギルドに討伐依頼を出さなくて済むようになりますし、自分が勇者として稼いだ給料を家に仕送りすれば、一石二鳥で両親の家計を助ける事が出来ると思ったのです。


「ふおお~っ!お父さん、お母さん、期待して待っててね!」

腰にはプラスチック製のボロボロのオモチャの剣を差し、ユウコはフンスフンスと鼻息も荒く、のっしのっしと大股に歩いて行きます。

しかしユウコの身体が小さいので全く迫力がありません。

「ユッコ、ちょっと待って!」

父親が後ろから声をかけます。

「お父さん、止めないで!私は勇者になって、困っている人を助けるんだから!」

ユウコは構わず歩き続けます。

「ユッコ、そうじゃなくて、勇者ギルドアカデミーはあっち!」

母親は、ユウコが歩いているのとは反対の道を指差しました。

「……」

ユウコはピタリと歩きを止めると、クルリと回れ右をして、無言のまま両親の前を通り過ぎ、そのまま学校に向かってガニ股で歩いて行きました。

「…無理だな、ありゃ…」

「ええ…無理ね…」

両親はそう呟きながら、それでも「ユッコが無事に帰って来てくれさえすればいい」と、そんな事を願いながら、ユウコの歩き去った道を、いつまでも眺めていました。

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