窓際のサボテンの花の咲く前に

桑原賢五郎丸

現実世界で最弱だったオレがチートスキルを駆使して異世界最tueeeeとなりモテすぎて困ってしまった挙げ句孤児院のオーナーとなりスローライフを満喫している件

部室は蒸し暑いから集中できない

『オレは死んで異世界に飛ばされた。


 かわいい女神が出てきて、オレにチートスキルをくれた。


 オレは喜んだ。


 最強となったオレは、魔王を倒し、村のしきたりを破壊した。


 そして奴隷の女の子を解放してやった。


 そうしたらそいつがオレにベタぼれで、オレは困ってしまっている。


 オレはどうやら世界最強らしく、自覚のないまま強敵を倒している。


 だからオレのレベルがグングン上がっているのをオレは感じている。


 オレの周りにいる奴らは文字も読めないし、だから魔法も使えないからオレの相手にならないでいる。


 相手にならないのは、ステータス画面を開けばわかる。


 教わった覚えのないファイアーギャラクシーエクステンション(火系の最強魔法で炎を体にまとい敵を倒し、そしてその炎は敵をオレが倒すごとに強くなる)を覚えてしまっているのもヤレヤレといったところだ。


 オレはレベルが上がるごとに行く先々の街でモテてしまう。


 だから孤児を集めて孤児院を作った。


 そうしたら孤児がオレのことを好きになってしまった。


 ゆえにオレは困っている』



 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜



 西陽がてらてらぽよぽよと平浜高校の校舎を照らし続けている。

 おお須賀すが杏子きょうこは窓の外にふわふわと視線をさまよわせた。6月中旬の蒸し暑さで集中力が落ちていることは分かっている。校舎に隣接したプールで泳ぐ水泳部を羨ましく感じていることも認めざるを得ないし、ショートボブとは呼べなくなった髪の長さもその一因かもしれない。窓際のサボテンにそろそろ水をあげなくては。空っぽの水槽が西陽を受け、オレンジ色に淡く光っている。16時を回った梅雨明け後の校舎は、様々な要因が重なり、何回繰り返しても集中できるような環境ではないのだった。

 だが、作業に没頭できない最大の要因は、今まさに机の上に広げられている原稿用紙から発せられている禍々しさにある。

 書いた人物は同級生、同じ文芸部の水里みずざと波濤はとう。タイトルが異様に長い。



「現実世界で最弱だったオレがチートスキルを駆使して異世界最tueeeeとなりモテすぎて困ってしまった挙げ句孤児院のオーナーとなりスローライフを満喫している件」



 今からこれに目を通さなければならない。


「なぜ急に『ゆえに』とか言うのか。言ってくれちゃうのか」


 杏子はつぶやいた。タイトルの全ての単語からあからさまに危険な匂いが漂ってくる作品を添削するのも、部長の仕事である。ゆえに杏子は困り果てている。現実世界で最弱って自称か。最弱決定戦とかあるのか。最tueeeeとは。

 杏子は心を決めて、原稿用紙に再び目を落とした。



 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜



『「ギャオオオオオオオオオオ!!!」


 ファイアードラゴンが目の前に現れた!


 オレはステータス画面を開き、オレとファイアードラゴンのレベルの差を調べて、ファイアードラゴンには勝てそうだったのでオレは戦うことにしたのだった。


 ファイアードラゴンが雄叫びを上げているので、オレはファイアーギャラクシーエクステンションをぶち込んでやった。


「うおおおおおおおおおお!!! ファイアー!!! ギャラクシー!!! エクステンション!!! メラメラメラ!!!」


 ドドドドドドド!!!


 バンバンバンバンバンバンバンバンバン!!!


「ギャオオオオオオオオオオ!!!」


 ファイアードラゴンは一撃でメラメラと灰になって燃え尽きて死んだ』



 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜



 杏子は目だけを動かして天井をなんとなく見つめ、水里波濤の顔を思い浮かべる。普段はどちらかというと冷めた印象を人に与える水里君だが、ここまで炎が好きだとは。

 ところで、このファイアードラゴンはなにか悪いことをしたのだろうか。前置きもなしにいきなり出てきてすぐに焼かれたので、何も読み取ることができない。誰もいない静かな部室で、杏子は熟考しようとした。

 しかし、メラメラメラという一行が燃えている様子を表しているのではなく、主人公のオレが口で言っているのだと気づいた時、杏子は思考を中止し10分ほどうつむいてふるえ続けた。

 誰かが一生懸命書いたものを笑うなど、あってはならないことだ。笑った側は覚えていないだろうが、笑われた側は一生忘れない。


 既に自覚しているが、杏子の集中力はとっくにメラメラと燃え尽きていた。残りは家に帰ってから読もうと噛み殺した笑顔で机の上を片付け始めた時、部室前方の扉から、同学年の高浜たかはま稲穂いなほが夕陽に金髪をきらめかせながら入ってきた。


「あ、杏子まだいたんだ。真面目だなあ。誰のをチェックしてんの?」

「水里君の、これはライトノベル……でいいのかな……?」

「へえ。あの顔からするとラノベってより俳句とか習字の方が似合いそうなのに。読んでいいか?」


 美が頭に付くであろう少女は、外見にそぐわない乱暴な口調で許可を求める。


「笑わないと約束できるなら」


 ああ、笑わないよと言いながら原稿用紙を受け取った稲穂は、最初の一行を読み終える前に机を叩いて高らかに笑い出した。


「返して」

「わりい……。けどさ……みずざと……。あまりにもさ……。みずざと……!」


 稲穂は涙を拭いながら震える声で反論を試みる。


「いや、推敲の前に見せた私も悪いけど、作品を笑うのはダメ。作品で笑うのはいいけど」

「けど杏子も笑ってたよ? 私来た時」

「今日はもう帰ろうか。あやめもちょっと前に帰ったし」


 話を強引に切り上げた杏子は「現実世界で最弱だったオレがチートスキルを駆使して異世界最tueeeeとなりモテすぎて困ってしまった挙げ句孤児院のオーナーとなりスローライフを満喫している件」の原稿用紙を強奪した。


 廊下へ出て扉を閉める。その扉には手書きで


 文芸部 Takku Bokku


 と書かれた紙が貼られていた。

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