第一章 魔力の導き

p.1 はじまり

 真冬の寒さが肌に突き刺さり、深く息を吸えば胸が凍えてしまいそうなほどの冷気が国を支配する。セルドルフ王国は世界屈指の冬の寒さを誇る雪国であり、オーロラやダイヤモンドダストを観測できる貴重な地域もある。


「行ってきます」


 雪国育ちのルーシャは寒さを感じながらも、慣れた様子で耳当て・マフラー・手袋を装着し分厚いコートを羽織る。冷たい風が頬を撫で、分厚い雪に足が取られそうになる。雪かきをしているとはいえ、人通りの少ないところは分厚い雪が道路を支配している。冷たい風と足元の雪で出掛けるのが億劫に感じるが、出かけない訳にはいかない。


 ルーシャはセルドルフ王国を治める第十三代国王ウィルト・ユーリィ・ネストが鎮座する、セルドルフ王国城の一介の下働きだった。掃除洗濯、給仕片付け、雑用一式をこなす。もちろん真冬の冷たい寒空に買出しに行くのも下働きの仕事であり、ルーシャは文句も愚痴も言わずに出掛ける。


「やっぱり落ち着くなー」


 大きく伸びをし、冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みルーシャはぽろりと本音をこぼす。城下町が活気づき、寒空に負けずに市場が広がっている。国王のいる城下町といえど、高級品店ばかりが軒を連ねるわけではなく、青空市で庶民的なものが手軽な値段で並んでいる。


 ルーシャはセルドルフ王国城に住み込みで働く下働きだが、その身の上は少しばかり複雑だった。ウィルト国王は御年54歳なのだが陛下には妃とのあいだに正式な後継ぎがいない。代々続く王国のため数年前に後継者問題が顕在化し、そのときにウィルト国王は浮気相手との間に自分との子どもがいることを赤裸々に告白した。その子供というのがルーシャの兄・アストルだった。


 ルーシャとアストルの父親が違うことは二人とも母親から聞かされていたが、まさか兄が国王陛下の実子だったとは夢にも思わなかったルーシャ。このことはもちろん世間的な大スクープとなったが、国の存亡がかかったことだけに色々な意見はあったがアストルは後継者とし受け入れられた。既に母親が他界し兄妹で支えあってきたルーシャを、ウィルト国王は唯一の家族であるアストルと引き離すことなく城に迎え入れてくれた。別に働けとも言われていないが、タダで厄介になるのも申し訳なさすぎるので下働きの仕事をさせてもらっているのだった。


 庶民育ちのルーシャにとって慣れたとはいえ、城での生活は異色だった。だからどれだけ寒くても、外の空気に触れられることは息抜きだった。てきぱきと買い物を済ませ、ルーシャは目的の店に直行する。


「さてと」


 いくつかの路地を抜けた先にある本屋に入ると、あたりを見回し見知った顔がいないことを確認する。そして、ある本を手に取りなれた手取りで本を読む。本のタイトルは【魔力入門】であり、いわゆる魔力のイロハが書いてある初心者向けの本だった。


 ルーシャは二月ほど前に見る世界が変わった。今まで見たり感じられなかったものを感じることができ、それが魔力だともすぐに気づいた。世界中に魔力をもつものは存在しており、魔力に目覚めたものは彼らを統括する組織・魔力協会に所属しなければならないという規律がある。


 だが、ひとつ大きな問題があった。ルーシャを引き取ってくれたウィルト国王は大の魔力嫌いで有名だった。政治上、魔力の必要性や魔力協会の活動に理解があるため圧力をかけることはないが、個人的に彼らと一切関わろうとはしない。ウィルト国王の厚意で引き取ってもらっている身の上のルーシャが魔力を扱えると分かったら、おそらく城を追い出される。だが未成年のルーシャがいま、家や保護者を失うことは大きなリスクでしかない。


 もともと、十八歳となり成人すれば城を出てひとりで生きていこうと決心していたルーシャは、とにかくあと一年の間にバレることなくやり過ごさなければならない。元来、生真面目なルーシャはこそこそと隠れながら独学で魔力について勉強していた。


 店内とはいえ冷たいすきま風が入り込む。まばらな客たちはそれぞれの世界に入り込み、年老いた店主はそれを気にすることなく膝に座る猫を静かに撫でる。最新の本が揃っているわけではない小さな本屋に埋もれながら、ルーシャは知識の海を泳ぐ。立ち読みして足が疲れようが、手に持った買い物荷物が重かろうが枯渇した知識を吸収しているルーシャには関係のないことだった。


 次々とページをめくるルーシャは、ハッと我に返る。店内の時計を見て、時の流れの速さを痛感する。いつの間にかそろそろ帰らなければ寄り道がバレるほど、時間が経っていたのだった。元の位置に本を戻すと、何事もなかったかのように本屋をあとにする。真冬の風も、足元にまとわりつく雪も蹴散らしながらルーシャは帰るべきところへ急ぐ。買い出しで城下町を冒険したため、裏道を使って最短距離で王城へ行くことが出来る。


 何事もなかったかのようにひと仕事終えたルーシャは次の仕事のため、廊下を歩く。豪華絢爛なその廊下は国の繁栄を映し、品位ある調度品は城主の趣味を感じる。もちろん廊下をすれ違う人々のなかには、一国の政治を担う重役たちもいるため、そういった人々を見かける度にルーシャは廊下の端に寄り頭を下げる。道など譲らなくても馬鹿みたいに広い廊下なのだが、権力者相手に礼儀を欠くことに無頓着なルーシャではなかった。


「それでは、そういうことで」


 聞きなれた声にルーシャは立ち止まる。


「よろしくお願いします」


「では、また明日」


 少し先のほうの部屋から二人組が出てくる。ひとりは若そうな軍人風の男、もうひとりは目を見張るほどの美女だった。見たことのない客人をまじまじと見ていると、兄・アストルも部屋から出てくる。二人の客人は深々と一礼してアストルの元を去っていく。


「お客様?」


 疲れたように淡い緑の瞳を曇らせる兄の隣に立ち、その顔をのぞき込む。


「まあね。魔力協会の人だよ」


 その一言でアストルの疲労を窺い知れる。ウィルト国王が魔力嫌いのため、魔力協会に関係する人が謁見やら会議やらに登城した際はアストルがその間を受け持っている。元々は外交大臣がやっていたことだが、時期国王とし国政に徐々に進出し出したアストルへその役目は引き継がれたのだった。


「珍しいね、協会の人が来るなんて」


 まったく興味なんてありませんよ──という雰囲気を醸し出しながらも、兄に詮索をかけるルーシャ。その青い瞳は密かに情報を得ようと怪しく光っている。


「協会の将軍と薬師の方だよ。軍の演習と、城内植物園の視察だってさ」


 苦労を共にしてきたからか、アストルはルーシャに甘い。さすがにトップシークレットの機密情報は教えてくれないが、それ以外のことならルーシャに対し割と口が軽いアストル。


「そうなんだ」

 

 姿が見えなくなったふたりの去った方向を見つめながら、近づきたいが近づけないと思う。少しでも魔力や魔力協会のことを知りたいが、魔力を扱えるものは相手の魔力を感じられるという。もしも知れ渡ったら、ウィルト国王の耳に届いたらと思うとうかつに彼らに近づくことも出来ない。



(何も起きなければ良いんだけど)



 根拠もないが、どこか不穏な予感がする。気のせいであればいいのだが・・・・・・。







──────────


今日は魔力協会の人が来ていたみたい。おかげで陛下はピリピリ状態・・・。こればっかりはどうしようもないんだけどね。

猛吹雪のなか感じたのは何だったんだろう。気のせいかな。とにかくなにもないことを祈ります!


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