ここで終わりたくない

おじん

第1話 新居さん

都内に続く路線の朝ラッシュ。


快適な訳も無くて、壁に私の小さな体は押し付けられていた。本当はこの時間に確認して起きたいことは沢山ある。


取引先の新商品、送られてきているであろうメール。しかし情報管理がうるさく言われているので電車の中で確認するわけにもいかない。


あと数駅で都内に入るというところで私は下車をする。電車に乗ろうとする人にぶつかりながら改札の外に出る。本当は私だって都内の一等地にある会社に出勤したいが私が働いている会社はここが最寄り駅なのだ。


三王サービス


私が働く会社は業界屈指の三王グループのひとつの子会社。本当は三王グループ本体に就職したかったのだが不採用通知を送られてしまっては仕方がない。


「おはようございます、加藤係長!」

気持ちの良い挨拶を受ける。私も挨拶を返す。


やっぱり27歳にして係長は上出来だよね。


不採用通知を貰った時は絶望したけど私だってここで頑張っていれば上に行けるだろう。



エレベータを降りてオフィスに入ると自分のデスクのパソコンを起動する。

溜まっているメールに目を通す。必要なことはメモを取りつつ読み進めていく。     徐々に他の社員が出社してくる。朝のオフィスにコーヒーの匂いが漂う。


「先輩、コーヒーどうぞ!」    

元気の良い声が聞こえて振り向くと後輩の女の子がコーヒーを持ってきてくれたのだ。


「ありがと~、助かるよ」

女性っぽい受け答えとはこういうのだろうか。あんまり人とわいわいするのは落ち着かない。


「先輩~、この間の合コンの話どうですか?行きましょうよ」

私の二十七歳という年齢を心配してくれているのだろうか?オフィスカジュアルという利点を最大限生かした清楚で可愛らしい服装。


こういう子が男性に人気なのだろう。私みたいな係長と呼ばれると嬉しくなって小躍りしたくなるような出世欲の強い女はウケが良くない。


「うーん、ごめんね。仕事が忙しいし」


いつも通りの返し。そろそろ替えた方が良いかも。しかし仕事が忙しいと言うのは本当。


「えーまた仕事ですか?あ、そういえば部長が新しい、すごい人が今日くるって言ってましたよ」


新しい人?聞いていない。すごい人って抽象的すぎる。しかし、これは良いチャンスかもしれない。私より出来る人ならば良い刺激になる。

「そうなんだ……」


業務が始まると同時に部長に呼び出される。

「加藤くん、忙しいところちょっと良いかな?」


部長はいつも下手に出る。それが部長のこの会社での生き方なのかも。

「はい」


会議室には部長ともうひとり、初めて会うひとりの女性が立っていた。小柄な私より少し大きい背の女性。私より背が大きいのにどこか自信がなさそうで肩にかかる程の髪の毛が不安げに揺れている。


「あの……こちらの方は?」

「加藤さん、こちらは親会社から出向してきた新居さん」

名前を呼ばれるとビクッと驚いて頭を下げる。


「あ、初めまして新居です」

こんなに緊張していて仕事になるのだろうか?これがすごい人なのだろうか。


「加藤です……よろしくお願いします」

疑問を飲み込んで挨拶を発する。


「あのね、新居さんは名門私立大学出てるんだって」

新居さんは照れている。私は田舎のそこまで良くない微妙な大学しか出ていない。


「加藤さんには最近多くの業務を割り振ってしまっていたから今日から新居さんと一緒に捌いて貰おうと思って」


昨今の働き方改革ということだろうか。私にとっては仕事を半分取られて評価も半分取られてしまう気がして嫌だ。


・ ・ ・


お昼休憩時間。


午前中に新居さんに伝えることは伝えたと思う。午後はいつもの仕事に戻れるのかもしれない。


「加藤さん……一緒にご飯良いですか?」

新居さんがお弁当箱を持っている。


「いいけど……」


正直、私は新居さんが好きではない。自信がないような所作も気に入らないし、嫉妬だが私の落ちた親会社から来ているというのもモヤモヤとするものがある。


「新居さんは何でこっちきたの?」

ついついナイーブなことを聞いてしまう。


「あ、やっぱり聞かれますよね……私、ちょっと……結構ミスしちゃって」

ヘラヘラと笑う。


「おかしいですよね、勉強は得意だったんですけど緊張する性格とかが……」

暗い表情になった。


「ごめんなさい……あまり聞かれたくなかったよね」

謝罪する。新居さんは顔の前で手を高速で動かして否定の意志を表す。


「でも、ここで終わりたくないとも思ってるんです……」

新居さんの目には熱がまだある。


「私だってここの親会社落ちたから子会社のここで働いてるのね」

ずっと自分の胸にしまい込んでいたことを初めて人に話す。


「だから!ここで終わりたくないって気持ちは一緒だから頑張りましょう……」


新居さんの表情が明るくなる。お弁当箱に入っていたプチトマトをひとつ私にくれる。


「加藤さんって優しいんですね……」

顔が熱くなるのを感じる。


「恥ずかしいじゃない!午後は外に出るから早く食べなさい……」


ひとりの仲間が出来た。

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ここで終わりたくない おじん @ozin

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