#3-2

「今日も青猫レストランに行くの?」と、ノワールは朝いちばんにサフランの屋敷を訪ねてオペラを捕まえた。オペラはその目を団栗のように丸くして、「そうだけど、どうして?」とブルーノに昨日訊ね返したのと同じような言葉でノワールに問い返す。

 ノワールはちょっと間を置き、目を逸らしてから、再びオペラに視線を合わせて、「難しい質問だね」と笑った。そのノワールの表情の変化をじっと見ていたオペラは、ちいさくたずねる。「どうして怒っているの?」

 その問いかけは、ノワールにとって思ってもみなかったことだった。「えっ」と言葉が詰まってしまって、ノワールの視線がそろそろとオペラから再び逃げていく。

「怒ってないよ、お嬢さん。俺は――」

「俺は?」

 オペラに鸚鵡返しで問われ、ノワールは弱ってうなじに手を置く。「う、ううん」と唸って硬く目を瞑った彼に、オペラも疑問符を浮かべている。

「昨日から、兄さんも変なのよ。私がコパンさんのところに行くと、なにか不都合があるのかしら」

「コパンさん? アミさんじゃなくて、コパンさんと呼んでいるの」

 オペラの何気ない言葉に、ノワールはぱっと目を見開く。その剣幕にオペラはちょっと身をすくめて、「そうだけど」と、よくわからないまま頷いた。

「はあ、お嬢さん。俺とブルーノは良いけど、コパンのことはアミと呼んで」

 ノワールの言葉は、オペラにとってますます意味が分からない。それもそこそこに、ちらりと時計塔を見た彼女は、「あっ!」と血相を変えて短く叫んだ。それに驚いたノワールが「なに」と訊ねているのも耳に入らない様子で、オペラは走り出す。「学校に遅れちゃう! ごめんなさい、ノワール。話はあとでね」

「あ、お嬢さんっ」と慌てて追いかけようとしたノワールを知ってか知らずか、オペラは一度ノワールを振り返り、にっこり笑った。「友達を名前で呼ぶのは当たり前でしょう? それならノワールも、シュヴァルツ伯爵と呼ばないといけなくなるわ!」

「……はっ?」とノワールはその場でぴしりとかたまってしまう。一部始終を玄関の向こうで聴いていたブルーノは、堪えきれずに大声で笑った。その声をききつけて、傍にブルーノが隠れていたことに気が付いたノワールは、「ブルーノ」と弱弱しく、だが必死の怒りを込めて彼を声で威圧しようと試みたが、勿論そんな調子ではブルーノの笑いは収まりそうもない。

「どういう意味だ、お嬢さん」と呟いて、ノワールは自分でもなにがなんだかわからないうちに、その場に屈みこんでいた。

◆◆


「オペラ、今日もコパンさんのところにいくの?」と友達に訊かれ、オペラは「そうよ」と笑って頷く。時刻は夕方になっていて、オペラは学校の友達と帰路についているところだった。最近はノワールが迎えに来ることも多く、友達と寄り道したり、話しながら帰るのは、オペラにとってもちょっとだけ特別な時間となりつつある。

 それでも、オペラは青猫レストランの店主である、コパン=シャ=アミという男性との約束があって、分かれ道でその友と別れ、青猫レストランへの道を急いだ。朝のノワールの様子が全く気にならないと言えばうそになるけれど、オペラに何の事情も説明しようとせず、なのになにか良く分からないことに「怒っている」らしいノワールに、オペラも分からない故に、わずかな怒りを覚えていたのだ。

「いつも私に説明しないんだから、困った人」とオペラは呟く。自然足音が大きくなって、そんな調子でレストランの入り口の鈴を鳴らした彼女に、店主のコパンは「なんだ、もっとおしとやかにはいってきな」と不機嫌そうに目を細めた。

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