(26)静かなる一回戦
翌日、朝の八時より呼び出され、説明もそこそこに早速ペア戦が開始された。
「ルールは死ぬな、殺すな、のみ。以上」
という辻杜先生の一言で始まった試合は相手がギブアップするか戦闘不能になったと、先生が、判断した時点で終了するという単純すぎる決着法であった。
だからこそ、最初の試合で渡会・稲瀬ペアが開始十秒で一年生の倉本・細田ペアを白目を剥かせて完膚なきまでに叩きのめしたのは、インパクトがあった。
「勝てない相手とは戦わない」
という不戦論が俄かに湧いたが、次の試合では早々の降参は無視され、結局、木田・土柄ペアが相手を叩きのめすまで試合は続行された。
そして、二戦目は私と霧峯が正体不明の尹・全ペアと対峙することとなった。
「なんだよ、俺達の相手は優男と小娘か。こりゃ、決着は早そうだな」
「よさないか、全。かの辻杜氏の部隊の子だ。一筋縄ではいかんはずだ」
共に韓国出身の方とのことだが、ともに日本語は流暢だ。
血気盛んというのを体現したような若武者然とした全と思慮深さと荘厳さに裏打ちされた静けさを持つ尹との対比は動と静の饗宴とも言うべきものであろう。
「うん。最初からいい戦いができそうだね」
霧峯はいつものように泰然としている。
澄んだ微笑みで、少女は相手を見据える。
確かに、相手からすれば普通の少女に見えるのだろう。
が、試合開始の合図がそれを撃ち崩した。
早々に霧峯へと撃ちこんできた全はそれを霧峯に止められる。
本来の少女の戦い方は機敏な動きと回避にあるのだが、相手の重い拳を初めて見せた甲で難なく受け止めてみせた。
「なんだ、このガキ」
全の声に幽かな動揺が走る。
その合間に、双方とも控えが動く。
尹の技令に併せて技令を詠唱する。
ここは読み合いに近い。
初手は尹が腕力増強を、私が耐性強化を。
次手はともに敏捷性の強化を図る。
「この間合いで攻撃を防ぐとは、やはり侮れませんね」
その合間で尹が放った光魔法を鶴翼陣で防ぐ。
全からの攻撃がないかも警戒しつつ、霧峯の強化に注力する。
私も併せて攻め込めば一気に試合を持って行けるが、この後の戦闘を考えれば被害は押さえたいとことでもある。
尹もまた冷静に攻めの間合いを測るが、同じ考えであるのか、こちらの牽制を続ける。
「尹、どうなってやがんだ。強化が効いてないじゃないか」
「技令はかけている。強化が相殺されているのが分からんか。相手は把握している。冷静に状況を分析しろ」
見抜かれているというよりも見透かされている感じを覚える。
ならば、やることは一つしかない。
「魚鱗・鶴翼両陣」
四人を取り囲むように光陣を張る。
尹が真っ直ぐにこちらを見据え、全が睨みつける。
「野郎っ」
全が踏み込む。
刹那。
「成程。これを一瞬の判断でできるのが、二人の強みか」
霧峯が尹の喉元に短刀を当て、全の周囲に円陣を布く。
相手の一瞬の転を誘い、その合間に両者を制圧する。
恐らく、尹にとっては見据えていた、と同時に、全にとっては予想外の動き。
だからこそできた戦法。
「双方を囲い、機動力を奪えば全にとっては致命になりかねない。その一瞬の動揺を孕んだ一撃にできた隙に、一瞬で付け入る。制圧の組み合わせも含めて読めてはいたが、この呼吸と素早さだけは想定外だった」
尹の諦観を孕んだ分析に冷や汗が走る。
合図も想定もなく、ただただ霧峯であれば動くという確信だけで立てた戦法。
間合いがずれれば私が全に踏み込まれるか霧峯が光陣に焼かれ、尹には均衡の崩れに乗じて畳み掛けられるという博打。
それでも、光陣で舞台を囲った瞬間、霧峯の右足の溜めに勝利を確信していた。
「くそっ、こんな一瞬で、ガキに」
「修練がまだ足らぬということでしょう。勉強になりました。二条里殿、霧峯殿」
尹の降参に、辻杜先生も応じる。
初めての無傷での終戦に、一斉に安堵の声が漏れるが、当事者としては引かない汗を感じ続ける終戦であった。
この一戦の直後、水上・孔ペアと一年生の阿良川・黒磯ペアの試合が行われたが、これも詰将棋に似た戦いとなった。
互いに召喚技令の出し合いとその潰し合いという、見ている側からすれば印象的で、戦っている側からすれば精神的な摩耗の激しい戦いは、結局、水上側の粘り勝ちとなった。
「水上さんは最近、自信が付いてきているようです。力量以上に、そこが成長の主因のように感じます」
内田の分析が的確すぎるぐらいには、この戦闘は水上の持っていた潜在能力と精神力とが噛みあった戦いとなった。
そして、一回戦最大の印象を残したのは、山ノ井・内田コンビとボブ・アレックスコンビの一戦であった。
「槍に薙刀ですか。厄介ですね」
開始早々に相手の陣容を見た内田の一言が示すように、技力・武器の相性ともに山ノ井達の方が不利な戦いであった。
それを内田が素早さで翻弄して耐える中で山ノ井が強化を積み上げてゆき、陣地防衛を固めた上で中盤以降は五分に持ち込み、最後には力押しにて勝利に転じさせた。
天馬一槍という爆発力をも持ち合わせた相手に対し、協力して淡々と戦況の好転を積み上げていく様子に、
「ありゃ、戦いづれぇな。組み合わせが良すぎんだろう。色彩だけじゃ、内田は落とせそうにねぇしな」
と、渡会は淡々と分析する。
そう言いながら瞳に闘志が宿っている以上、彼には何らかの戦法があるのだろう。
逆に、私が相手になった場合は、戦法の近似性から単純な力比べ、力量差を問う戦いとなり厳しいものとなることが容易に想像できる。
「ま、途中で当たれりゃ向こうの方が全力出せない分、楽に勝てんだけどな」
確かに、渡会の見立ては正しい。
色彩法は身体への負荷こそ大きいものの、技令に比べれば消耗が少ない。
ハバリート戦ではその強大な技力に抗ったため、目への大きなダメージを受けた。
だが、この中にそれほどの技力を持つ相手はいない。
故に、渡会は常に全力を出せるのに対し、こちらは次戦に向けた戦力を残すため常に加減が必要となり、厳しい戦いを要求される。
以前利用した単純な技力すべてをぶつけるという芸当も最後でこそ使えるものの、それ以降の技令使用が不可能となるため難しい。
そういった意味では、渡会は単独でも十分に優勝候補の一角となる。
「あの槍野郎とやりたかったんだがなぁ」
渡会の一言はもっともで、体則のレベルは全体の中でも高く、技令を使用せずとも相当戦える相手であった。
引き上げる山ノ井・内田の二人に汗はない。
ただ勝利を見据えた眼だけが静かに血走っていた。
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