(23)対角線

結局、二日にわたって繰り広げられた戦いは、山ノ井が一度、重傷を負っただけで終了した。

渡会の方でも無暗むやみに攻めるようなことはせず、引き抜くまでの水上や土柄による防御と渡会による斬り込みにより淡々とこなしたようである。


「こんなことなら、一年でも連れてきてしごいてやりゃよかったぜ」


などと愚痴ぐちを言っていたが、言いながらも彼は十分に戦略目標を達成していたのであった。


一方、戦略目標からすればやや外れた行動のあった山ノ井に対し、辻杜先生は一言だけ叱責しっせきした。


「焦るな、お前はそれだけが敵だ」


そして、私に対しては皆が驚くような事を言った。


「今回のお前は、軍隊なら死罪相当の事をした。今後、指揮系統の混乱を招くような行動はつつしむように。次は殴る。ただ、今回は上級指揮官が指揮管理不能になった状況を救ったということで情状酌量じょうじょうしゃくりょうし、国語の通知表評価を一段階下げることで許そう」


従容しょうようとして受け入れた私であったが、これに山ノ井や内田はみついた。

それでも、それは一瞬の事であり、全ては辻杜先生の一言に帰結させられたのであった。


「繰り返すが、軍であれば極刑の可能性もある重罪だ。それを覚えておけ。戦う以上、従ってもらう」




結局、激動の三日間は午後八時の解散を以ってようやく終焉しゅうえんを迎えた。

各自、疲労の色を隠すことはできず、帰りの車内では必ず誰かが寝ているような状態であった。

特に、戦いくめであった山ノ井と内田は仲良く寝るような形となり、先生が息を確認しておけと心配するほどであった。


そして、帰宅すると内田は早々に部屋へと戻ってしまい、そのまま出てこなかった。

通常、彼女はある程度の時間になると必ず、入浴、歯磨き、読書と一連の行為のために出てくるのであるが、それを全て翌日に持ち越すという、およそ内田らしくない状況であった。

最悪、服も着替えずにいるのかもしれない。

それ程、彼女の消耗は激しかったのであろう。


 一方、例の数学の訂正ノートをしているところに、少女は性懲しょうこりもなく舞い込んできた。


「ねえ、博貴、星見よ」

「またか、炬燵こたつから出たくないんだが」


と、一通りのやり取りをしてから、根負けして、屋根の上へと昇る。

澄んだ空気の下に散りばめられた星明りが、柔らかに夜空を照らしている。


一昨日の晩、自分のせいでと悩んでいた少女は、本来の明るさを取り戻し、そのまばゆい笑顔を振りまいていた。


「で、こんな寒いところに引きり出して、何のつもりなんだ。山ノ井や内田のことか」

「もう、そんなに先読みばかりしてると、女の子にモテないよ」

「うるさい。で、本当に何か用があったんだろ」

「うん。山ノ井君、けっこう落ち込んでたみたいだから、大丈夫かなって」


霧峯がいつもより穏やかな声で語りかけてくる。

思えば、この少女は戦いの最中でさえ、山ノ井と内田の心配をしていた。こうした、天真爛漫てんしんらんまんの裏に隠れた優しさが、霧峯のしんに当たる部分なのだろう。


「まあ、今回の山ノ井はあせってたからなあ。何がそうさせたのかは分からないが、あせりさえなければ、いつもの山ノ井に戻るさ。なに、次に指揮する時には、いつも通りのめた山ノ井だ」

「そうかなぁ、なんだか、そんな風には見えなかったんだけどな」

「いや、最後はいつも通りだったからな。話しながら、それは確認できた」


少女が目を丸くする。

だが、現に在った彼の眼差しは未来を見えるそれに変わっていた。

そうである以上、もう、迷いはないはずである。

そうである以上、山ノ井は「山ノ井」を取り戻すはずである。


「それより心配なのは、相手の動きの方だ。今回、これだけ大規模な作戦を展開したにも関わらず、司書の塔を抜くことができなかった。となると、向こうも戦略を変えてくるはずだ。正直、少しすれば元に戻るはずの山ノ井よりは、余程、気をかけないといけないからな」

「そっか、やっぱり男の子って、二人の言葉を持ってるんだね」


霧峯の微笑みが一段と優しくなる。

彼女の持つ慈悲の心が結実したその表情に、氷点の闇に泣く月もほおを赤くしたたずんでいる。

ただ、屋根に並んで腰かけ、真っ直ぐに空を眺めているだけなのであるが、それだけで精神の硬直と紅潮とを同時に引き起こす。


「ねえ、博貴」


だから、少女の不意の一言に私は、


「友達って、やっぱりいいよね」


呆然ぼうぜんうなずくことしかできなかった。

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