(19)敗着

占いの後、私は襲撃の真相を霧峯に打ち明け、更には翌日の朝には図書部の例の面々にも事の成り行きを話した。

内田は相変わらず静観を決め込んでいたが、他の皆は協力を約束してくれ、金曜に向けて作戦を練ることとなった。


同時に、私もオピリスからの占いを基に技令陣展開の修練を行った。

あの時、陰陽両極に苛まれると技令は弱いというアドヴァイスを受けていた為、そのバランス配分を中心に陣形技令の練習に集中した。

これについては内田も協力してくれ、技石こそなかったものの、種々の技令に関わる薬草をせんじて散々に飲ませられた。


「えっと、博貴、さすがにだいじょうぶかな」

「瑞希、この程度でしたら地獄でも何でもありません。体内の陰陽バランスを取るために陰の気を強く出せるような薬草を飲んでいるだけです。何も苦しくはないでしょう」


などという一幕もあったが、結局はこの御蔭おかげである程度まで陰陽のバランスを取ることに成功した。


エミリーとの関係もカルビン先生との関係も表面上は変えていない。

霧峯も内田も決戦が近づきつつある中でエミリーと過ごす時間を多くとっており、よく遊んでいた。

特に、内田の方も積極的に関係を持つようになってきており、霧峯とは違った感じで落ち着いた姉のような存在となりつつあった。


そうした平穏へいおん混沌こんとんとが並行する中で、私達は決戦の時を迎えた。


「で、結局はこの三人かよ」


大波止おおはとにある大型商業施設の前に私と霧峯、渡会の三人で立つ。

できれば四人でと考えていたのではあるが、結局内田は、今晩は用事がありますのでと早々に家を出て行ってしまった。

その為、矢面やおもての霧峯に防御を固める私とり込んでいく渡会の三人で直接的にはカルビン先生を迎え撃つこととなった。


「まあ、山ノ井も水上も土柄も別の方法で使うしかなかったからな。これで、勝率が五分になればいいんだが、さて」


時計に目をる。

時間は十時半を回ろうとしている。

海辺の風が容赦ようしゃなく吹き込んでくるため、本来であれば相当に寒いのであろうが、今はそのような感覚が欠如けつじょしてしまっていた。


「基本は遠くからの射撃で来るはずだ。だから、それを私の陣と渡会の色彩法で破り、霧峯が投擲とうてきで攻撃を仕掛ける。接近戦になれば、渡会が色彩法で襲いかかることである程度まで肉薄できるはずだ」

「まあ、そうだよな。でもよ、そんな危険な賭けの中に当の霧峯を巻きこんじまっていいのかよ」


渡会の指摘も最もであるが、もう一度、決戦時には家に残るよう話したところ、


「私のためにみんなが戦うのに、私だけじっとしてるなんてできないよ」


と押し切られてしまい、結局は同行することとなった。

まあ、実際にはこれが陽動で後背地の霧峯を狙ってこられた場合、守る術がなくなってしまうという恐れがあったため、戦略としては必ずしもマイナスだけではなかったのである。


「おっ、土柄が合図をしてきたぜ。北五百メートル圏内に怪しい奴が入って来たみたいだな」

「よし、ここまでは予想通りだ」


その瞬間、遠方で銃声がとどろく。

技令は明後日の方向。

それだけで、水上のが成功したと確信できる。


基本的な作戦としては、三人での戦闘ではあるが、それまでに山ノ井の配置した罠や水上の召喚獣と交戦させ、少しでも消耗させて戦闘に突入させようとしている。

無論、この周囲にも幾つかの罠を仕掛けており、山ノ井の合図でいつでも発動するようになっている。


が、そう易々と作戦通りに行くわけではない。

遠距離戦では消耗が激しいと見込んだのか、明らかに技令の気配を放出しながら、カルビン先生が突っ込んでくる。


「来るぞ。二重円陣」


霧峯の周囲に陰と陽、二重の円陣を展開する。

併せて、活魚陣をカルビン先生に向けて放ち、少しでも消耗を誘おうとする。

その間、三十秒。

故に、最短距離で飛び込んで来たカルビン先生は技令による傷を負いながらも、技令の消耗がほとんどないまま姿を現した。


「成程、これが君の答えか」

「はい。今日の戦いは護る為の戦いです。そうである以上、護る為には如何いかなる手段にでも訴えます」

「なら、最初から本気で行こう。黄金の鷹」


銃声と共に、右肩を撃ち抜かれる。

だが、撃ち抜いた銃弾は軌道きどうを変えると更に霧峯を襲おうとする。


「竜盾」

「色の崩壊」


銃弾に二人掛かりで対応する。

だが、渡会の攻撃は弾丸の軌道を逸らさず、技令の盾も意味を成さず、銃弾はそのまま霧峯の左頬をかすめて地面に着弾した。


「な、色彩法が効かねぇだと」

「なぜだ、技令があればその影響を受けずにはいられないのに」


渡会の目が充血する。やや無理をしての一撃だったのだろう。

だが、その決死の一撃をあざ笑うかのように、カルビン先生は淡々と述べた。


「色彩法は技令バランスの乱れを突いて攻撃する手段。だが、それが弾丸においてはわずかな点に過ぎない。これをとらえるというのであれば、君程度の実力では至難のわざだろう」

「くっ、確かに言いやがる通りだぜ。それに、こいつの技令が練られるのは弾に技令をめる一瞬。それをとらえるのも難しいなんて、ひでぇ話だぜ」

「避けて、レイニン・ナイフ」


霧峯が悠然ゆうぜんと構えるカルビン先生に向かってナイフを放つ。

が、その神速も銃の前では止まっているに等しい。

雨と降り注ぐナイフをかわしてゆくと、その合間を縫って引き金を引く。


「霧峯」


咄嗟とっさに伸ばした司書の剣で跳弾させる。

が、更に軌道を変えた銃弾は私の肘から左肩を貫いた。


「二条里、大丈夫か」

「博貴、だいじょうぶ」

「散れ、二人とも。固まると餌食えじきだ」


駆け寄ろうとする二人を前に叫ぶと同時、新たな銃弾が私の右大腿だいたいを貫通する。


「くっ、本来の力は銃弾の軌道を完全に制御することにあったのか」

「そうだ。地面などに着弾するまで、私が敵と見した相手を狙い続ける。それが、黄金の鷹という技の神髄だ。弱度であれば重力の影響を無くし、技令の影響をカットするだけだが、本気で放てば、こうなる。だから」


五発の銃声が次々ととどく。一発は渡会の左脹脛ふくらはぎに、一発は霧峯の右腕と右大腿だいたいに、残りは遠くへ消えうめきとなって返る。


「隠れて作戦に参加していた者達の動きも封じた。これで、チェック・メイトだ」


カルビン先生が私の頭に銃口を向ける。そこには氷のように消えた表情。

ただ、冷徹に敗北という事実を突き付けるかのようにそびえ立つ。


「もう一度だけ聞こう。私の目的は霧峯君を殺すことだ。君を殺すことではない。ここで負けを認めるなら、君達は見逃そう」


カルビン先生の提案に、息を呑む。

だが、それも一瞬。

この頭と口が動く以上、まだまだチェックにも至ってはいない。


刹那せつな、脳裏に一つの陣が浮かぶ。

正方陣。

ただ、その意味合いが違う。

思えば、陰陽のバランスだけで撃ち落とせる銃弾などではなかったのだ。

これを複雑化し、安定化させることこそが終着地点。

ならば、最初から技令のバランスを変えて新たな陣にしてしまえばよい。


「なら、お別れだ」


カルビン先生の右人差し指に力がこもる。

それが引き抜かれる前に思いを口にする。


「四方の兵よ、陰陽のことわりに従い仇敵きゅうてきに向かえ。全てを無に帰す根源への力を以って守り攻めよ。陰陽陣」


三人を正方形の陣で囲う。

複雑な線を織り交ぜながら、陰と陽の力を十重二十重とえはたえに織りなしてゆく。

そこに飛び込んだ銃弾は、故に陰と陽の力によって減速させられ、バランスを崩し、三分の一を残して力尽きた。


「ほう、この土壇場でそんなに強力な陰陽の陣形技令を完成させるとは。流石、二条里君だ」


防がれた銃弾を前に、カルビン先生が分析する。

その合間に、霧峯と渡会に回復技令を施し回復を図る。


「で、どうするんだ、先生。これなら、銃でも破れないぜ」


渡会の指摘の通り、これで防御だけであれば十分対応できるようになった。

決定打こそないものの、それで十分である。


「確かに、陣の中にいる君達はいいでしょう。ですが、その陣を二つ同時に維持できますか」

「何する気だ」


渡会の咆哮ほうこうに対して、私は一瞬にして意図を読み取る。


「三人の命と、霧峯の命を天秤てんびんにかけろ、ということですか」

「そうだ。君のその光陣は同時に二つ展開できるほど優しいものではない。戦力が散逸さんいつしている以上、霧峯君を渡さなければ、残りの三人を取り合えずにしても仕留めることになる。それに、君達が耐えられるというのであれば、の話だが」


戦術の間違いを突き付けられる。

残り三人の無事を考えて遠隔地からの援護に回したが、それがかえってあだとなった。

陣を拡大することであればある程度は可能であるが、それでは先生も内含することになってしまう。


「だから言ったはずだ。チェック・メイト、と」


カルビン先生の宣告と同時に、霧峯が力なくうずくまる。

このままでは、私が答えるよりも先に霧峯が応じてしまいかねない。

だが、考えれば考える程手立てがない。


「それに、同時に放てる最大弾数は十三発。それだけを一点突破させれば、陣を壊せる可能性は十分にある」


右も左も封じられてゆく。

先生が弾を込め、準備を進める。


「悪いが霧峯君、ここまでだ」


カルビン先生が引き金に手をかけた。


「黄金の鷹・聖人のごう


引かれる。

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