(17)遺恨

駆け、街を抜け、銅座の繁華街を抜き、大浦の方へと向かう。

海岸通りの裏道でやっと歩を緩める。


「で、博貴は何やってるの」

「ん、技令の罠をちょっとな。相手は狙撃を仕掛けてくる以上、こっちも遠距離から手を打っておかないと不味いだろ」


罠といっても、そう大がかりなものではない。

高層建造物である市民病院とホテルの屋上に向けて技令を放ち、罠を仕掛けていく。

簡易の技石を配置し、発動すれば静かに光陣が襲う公算だ。


「しかし、この辺りにいるはずなんだけどな。やはり、技令を見事に消されてる」

「そうみたいね。この前も狙撃の瞬間だけしか技令の気配を見せなかったんでしょ」

「ああ。だからこそ、その一瞬に賭けるしかない」


と言って、ここで大きな問題に気付く。

何も、相手の武器は技令を籠めずとも放てるのである。

つまり、技力の解放なしに放たれればその命中率の如何はともかく、十分に攻撃可能なのである。


「霧峯、壁を背にするんだ。光輝」


だからこそ、呼びかけと技令が間に合って致命傷は防がれた。


乾いた銃声。

同時に貫かれる霧峯の足。

発動する技令。

放たれる技力。


「霧峯、大丈夫か」

「大丈夫。だから、追って」


左大腿を撃ち抜かれた少女はその場に蹲る。

大丈夫であるはずがない。

だが、その目は意志ある眼だ。

相手も罠にかかって傷を負い、技力を消す余裕もなくなっている今、追うにはこれ以上ない好機が訪れている。

ならば、と、少女に黄色い技石ともう一つの技石を投げる。


「黄石だ。これで傷を回復しておいてくれ。もう一個の方はいざという時に、考えた力が働く」

「ありがとう」

「行ってくる」


敵の技令を追い、坂道を目指す。

月はなお、その明かりを静かに湛えていた。




技令を追ってきた先は大浦天主堂。

凍てつく空気の覆う空は石畳に支えられ、漆黒がその本体を示したかのような礼拝堂は私に息を呑ませる。

そして、その前に聳え立つ、金髪の美丈夫。

全てが現実から離れているような状況の中で、ただ、私は確固たる現実に向かって、静かに、吠えた。


「なぜ、撃ったんですか」


男性の影は動じない。

ただ、銃口を地に向けた休めの姿勢で、気のみ張った状況で対峙する。


「君は、薄々気付いていたのかな。それとも、単に追ってきただけ、なのかな」

「確証は何一つありませんでした。ただ、握手をした時に感じた手の皮の厚さと荒れ方で何かがある可能性は感じていました。そして、本格的に疑いを持ったのは霧峯の硝煙の話でした」

「そうか。それで君達は私に対して積極的に行動を起こすことはなかったんだね」


金色の長髪が風に靡く。澄んだ青い瞳は健在だ。


「そして、私が訊ねた通りです。なぜ、霧峯を撃ったのかが分からない。だから、こうして対峙した今、問いを投げかけました。何故ですか、カルビン先生」


私の再度の問いかけに、銃口が上を向く。

近距離である今、銃撃を躱すのは不可能に近い。

ならば、防壁を張るより他にない。


「戦いにおいて問いの答えを得ようとするのならば、戦うより他にない。二条里君、その覚悟があるのならあの夜のように剣を抜きなさい」


司書の剣を具象化する。

光陣を三重に束ね、再び対峙する。


「ああ、ただ、先に言っておこう。私は君に危害を加えるつもりは元々ない。私の標的は霧峯の娘一人。それでも、戦うつもりかな」

「友達が、霧峯が狙われるのを黙って見過ごすことなんてできませんよ。たとえそれが、カルビン先生であっても」


先生が右手に駆ける。

合わせて私も左に駆ける。

得物が剣である私は間合いを詰める必要があるが、相手の銃がある限り、迂闊な行動は即死に繋がる。

技令もどこまで通用するか不明だ。

そうである以上、牽制が上策。


「ファイアー・ドラゴン」


先手は先生。


「火焔」


それに炎の壁で対抗する。

恐らく、使える攻撃技令自体に大きな差はない。

ならば、攻撃手段の多いこちらが、武器能力を技令で補える可能性はある。


「氷室の風」


足元を狙い、冷気を放つ。

放たれる銃弾。

左肩を掠める。

先生もよろめく。

動きを封じれば、こちらの勝ち。

そうである以上、足元を狙う。

執拗に狙う。


「流石の技令素養ですね。ですが、私の持つ武器はそれを凌駕しますよ」


刹那、一点に凝集された技力が解放される。


「な、予め銃弾自体に技令が込められているのか」

「そう。そして、技令の籠った銃弾を、力を増幅させて放つことのできる唯一の銃が、この、ピース・スレイヴ」


距離十での狙撃はそれだけで躱しようがない。

さらに、技令の籠められた銃弾は軌道を変える。

先程の霧峯への銃撃でそれは明らかだ。

そうである以上、私が取るべきは回避ではなく、防御であった。


「竜盾、恒常の殻」

「黄金の鷹」


着弾は一瞬。

助かったのは、前腕が心臓の前にあったためであった。

光陣、技令の壁、前腕を貫通した銃弾は、しかし、最後の恒常の殻で止まった。


「なるほど、あいこと言ったところか」


私もカルビン先生の足元を氷結させ、光陣を止めた。


「そのようですね。先生が技令を半分で放っていた以上、本気で撃たれていれば即死でした」

「そういう君も、光陣を止めた。明らかに殺す意思はなかった。だから、あいこというのが正しいだろう」


カルビン先生が銃口を下ろす。

私も剣を収める。

それだけでもう、互いの意志は示されていた。


「君は、霧峯君のことをどれ程知っているのかな」


先生の問いに首を振る。

先生が静かに語り始めた。


「では、順を追って話そう。私の父は最高峰の技令銃の使い手だった。こちらの世界では有名で、技令に関わる紛争がある時には政府にも招聘されるほどだった。そんな父が私は好きで、子供の頃から手解きを受けてきたんだ。三ヶ月前、母と共に殺されるまでは」


カルビン先生の表情が一瞬だけ歪む。

憎しみが一瞬にしても顔を覗かせたのだろう。

それでも、先生は平生を装いながら話を続ける。


「調べたよ、私も。どうしてこんなことになったのかを、ね。そして、二週間後には明らかになった。霧峯君の両親が銃士と技令士だということ、そして、現場の状況からして二人に殺されたということがね」

「そんな、どうして」

「銃殺までは普通だったんだが、時間技令の痕跡が残っていたんだ。この両者を持つ人物ないしコンビは、それだけ強力なコンビは霧峯君の両親以外に考えられなかった」

「でも、霧峯には関係のないことじゃないですか」

「ああ、そうだ。これはあくまでも、霧峯君の両親がいないのを知って始まった、子供染みた恨みでしかない」


カルビン先生が初めて、怒りを表に出した。

だが、そのようなことはどうでもよい。

大切なのはその言葉の中身だ。


「霧峯の両親がいないって、どういう、ことですか」

「恨みを買っていたのだろう、二人とも亡き者にされたようだ。そうである以上、私の意志は一つ。その血を受け継いだ娘を葬る、それだけだ」


真一文字に結ばれた唇が、強い意志を私に見せつける。

悲しい決意。だが、それに同情して動くことはできない。


「先生、そういうことでしたら」

「分かって、くれたかな」

「私は意地でも霧峯を護ります。命に代えてでも、必ず」


先生が溜息を吐く。

先生も分かってはいたのだろうが、それでも、ある種の失望感が十分過ぎる程襲いかかってきたのだろう。


「まあいい。無関係な子を巻き込むつもりはないが、邪魔をするというのであれば仕方がない。残念だが、次は全力で相手をすることになる。それでも、君は彼女を守ると言うのかな」

「仮令、先生が相手であっても、霧峯を護る意思は変わりません。全力で二人とも生かしてみせます」


二人という言葉がどこから出てきたのかは分からない。

ただ、私の『宣言』にカルビン先生は深い溜息を吐くと、


「一週間、時間をあげよう。来週の金曜日、最初の狙撃場所で待っている。君一人で来るか、二人で来るか、それとも、彼女一人で行かせるか、それは君次第だ」


先生がこう言い残して姿を眩ませる。

古の御前で、私は思わず尻餅をついた。


勝てる見込みがない、というのが正直な感想であった。

それこそ、何もかも逆転させることのできる方法があれば話は別であるが、到底、今の力量で敵う見込みはない。

先ず以って、銃という神速の武器に対する方法がない。

距離があれば何とかなる見込みもあるが、今日のように至近距離で撃たれれば躱す手段はない。

躱す手段がなければ、今日以上の力で心臓を撃ち抜かれるだろう。


「霧峯を連れて行くのもなぁ」


戦力が二倍になれば勝てる見込みもなくはない。

ただ、自分すら守りきれない状況で少女を連れて行くのは少女を死に追いやるのと同義である。

撃ち抜かれた腕を回復させながら、無い頭を回転させる。


それに、あの話を聞いてしまった以上、霧峯を参戦させるのにはやや気が引けてしまっている。

真実かどうかは別にして、カルビン先生の両親と霧峯の両親がいないのは『事実』であろう。


考えてみれば、霧峯の両親がいない可能性については今までの言動から十分に想像できることである。

霧峯は御祖父さんとの話はするが、両親については触れることがない。

そして、その御祖父さんの帰りが遅くなるという話の時、一人で何を食べようかを考えていたと言っていた。

両親が別に住んでいるという話を聞かない以上、いない、と考えるのが最も自然であった。


息を吐く。

酷く寒い。

このようなところで一人で考えても仕方がない、と頭を振って、私は駆け足で霧峯の下へと戻った。

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