悪の枢軸

序章 夢想英雄

(1)荒野の英雄

 男が一人、砂漠の中に腰けている。


 手入れをされていないのかかみ方々ほうぼうを向いてしまっており、しかし、ひげは丁寧にられているのか輪郭りんかく明瞭めいりょうに輝いている。

 陽炎かげろうの中でたたずむ男は一切らぐことなく、その顔を一点に向けている。

 仄暗ほのぐらさをたたえた斜陽しゃようは一歩、また一歩と近づきつつある夜陰やいんを見え、なまめかしく微笑ほほえんでいる。

 その官能的な眼差しは男をめ回し、終焉しゅうえんの舞へと誘っている。

 だが、その誘いを無下むげに断ると、男はその重い腰を上げた。


 右手には黄金の剣。

 装飾はない。

 無骨にして完成されたその姿は、まるで男の生き方を現しているかのようであった。


「何の真似だ、主に向おうとは」


 そのぐな眼差まなしの先に、数十の人影が揺れる。

 その先頭の影は穏やかに、しかし、重圧を以って男と対峙たいじした。


「貴様、何故争いを求める。何もしなければ安穏あんのんとした日常の中で愉悦ゆえつ快楽かいらくって死を迎えられたのだぞ。不自由なことは何もない。それを徒労とろうのために身をがすとは、気でも狂ったか」


 影の中で技力がうず巻く。

 それだけで、この砂漠は消えてしまう程の力。

 それを前に、男は微動だにもすることなく、悠然ゆうぜんと息を吸った。


「答えはなしか。いいだろう、消えるがいい。不死鳥ふしちょう饗宴きょうえん


 十数人の影を圧倒するはばひろの炎。

 周囲の空気をゆがませるその白煙は、いななきを上げて男にせまる。

 が、白昼夢は男の剣の前に消え、影は男の発した光の線によってついえた。




 男は再び砂漠に一人。


「意志を貫くのであれば、地獄じごくちるしか道はないのだろうな」


 くれない直垂ひたたれひるがえすと、男はそのまま月光へ向かい歩み始めた。

 その跡にはしゅ

 確かな現実が白砂はくさの上に刻み込まれていた。

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