第45話 相手は狼の獣人さんです。

≪あれは、すぐ来るな≫

「そうなの?」

≪狼の獣人にとって、犬呼ばわりは禁句だ。お前も気を付けておけ≫


 王様の予想通り、疾風さんが走り出した。審判さんがジュリアさんの前に立ってるのに、彼はそのままヌンチャクを振りかざして審判さんごとジュリアさんへ殴りかかる!


 ジュリアさんが審判さんを横に突き飛ばしたところで、勢いのついたヌンチャクが振り下ろされた。

 それがジュリアさんの右肩に叩きつけられる寸前、彼女のメイスがヌンチャクを弾いた。マイクを通して、激しい金属音が闘技場に鳴り響く。


「ああっ! まだ試合は始まってないぞっ!」


 司会さんの声など気にもとめず、疾風さんはヌンチャクを振り回し続ける。その攻撃は速すぎて、離れた距離で見ていてもどこを狙ってるのかわからない。


「うわあ、全然見えない」

≪あの武器は初めて見るが、小型のフレイルみたいなもんか。戦場じゃ使えなさそうだが、こういう一対一の試合ならまだ使えるか?≫


 いろんな方向からヌンチャクが飛んできてるけど、ジュリアさんには見えてるみたいだ。今のところは六本の腕で全部防げている。

 頭を狙ったヌンチャクが盾に弾かれると、疾風さんは舌打ちをして後ろに跳んだ。


「し、試合開始!」


 突き飛ばされていた審判さんが、寝っころがったまま叫んだ。


「これでも反則負けとかにならないのね」

≪ジュリアが主張すれば反則になるだろうが、やらないのは王者の余裕だな≫


 疾風さんは連続後転でジュリアさんから大きく離れると、ヌンチャクを両手で握って目を閉じた。

 なんか、ネックレスでも聞こえない小声でうなっている。


「あれ、なにしてるんだろう」

≪集中する時間が必要な大魔法だろう。隙だらけになるだから一対一で使うもんじゃないが、この場で使うとはいい度胸してる≫


 ジュリアさんが駆け出したけど。


!」


 魔法は完成しちゃったみたいだ。疾風さんの姿がゆがみ、ぼやけ、分裂するように増えてゆく。


≪この短時間で発動させたか≫


 疾風さんが、ジュリアさんの横に回り込むように走り始めた。

 魔法で生まれた疾風さんの分身は、彼とまったく同じ姿になって同じように走り出す。

 さらに、彼が五歩くらい進むたびに新しい分身が生まれ、バラバラに散っていく。

 散った先でもさらに分身が生まれて、もうどれが本物だかわからない。


「どうだ、見切れまい!」


 疾風さんの分身がみんなそろってニヤリと笑った。

 これは、まずいんじゃないかな。

 ジュリアさんは彼の攻撃が見えてたみたいだけど、これだけの数が相手なんて……。


「これ、どうしようもないんじゃないかな」

≪そうでもない。この魔法は昔から知られてる≫


 おお、さすが王様。


≪本体は一人のままだ。分身は目に見えてるだけで、実際には存在しない。分身は本体と同じ動きをするだけで殴られても痛くはないし、こっちから分身に触れば消える≫

「そうなんだ。でも、本体の場所がわからないよ」

≪武器が槍なら、わからなくても対処法はあるんだがな≫


 疾風さんの分身たちが、ジュリアさんを中心にして円陣を組んだ。

 その輪は回転しながら、だんだんしぼんで、ジュリアさんに近づいてくる。


≪分身はすべてが本体と同じ動きをする。いつ相手が攻撃するかは、正面の分身を見ていればわかるはずだ。あの武器の攻撃が届く距離はこっちの槍も届く。相手が殴り掛かる瞬間に合わせて、槍を横に振ればいい。それこそ一回転する勢いでな。どこかで当たるさ≫

「それって、運まかせって言わない?」

≪いいんだよ、当たれば。それに、あいつも似たようなことをするみたいだぞ?≫


 ジュリアさんは腰をひねって身をかがめ、腕を頭の高さに上げて構えている。

 六本の腕で頭を守るように、さらにいつでも横に振れるように。

 その構えは上から見ると六本羽の扇風機みたいに見えるかもしれない。

 ジュリアさんの六本の腕の筋肉がふくらんで、メイスや盾が少し震えてるように見える。


「いくぞ!」


 叫んだ疾風さんたちは身体を前に傾けると、一斉に向きを変えた。

 疾風さんの分身が、走りながらヌンチャクを斜めに下げる。分身がジュリアさんの周囲に集まり、ヌンチャクを振ろうと腕を曲げた。


≪今だな≫


 ギド王が言ったタイミングと同時に、ジュリアさんが動いた。足腰を使って全身を横に回転させ、その勢いで均等に広がった六本の腕がジュリアさんの周囲を薙ぎ払う。

 一瞬だけど、その動きは疾風さんより早かった。

 鍋をおたまで叩いたような甲高い金属音が響いて、ジュリアさんの腕に触れた疾風さんたちが次々と霧のようにぼやけて消えていく。


 ジュリアさんの回転が止まったけど、疾風さんの分身の半分くらいは残ったままだ。

 でも、疾風さんからの追撃はなかった。


 疾風さんたちはヌンチャクを振り抜いたままの姿勢で止まっている。

 鎖の先のヌンチャクだけがクルクルと動いていた。


 そして突然、疾風さんの鼻から血がどばっと吹き出した。

 疾風さんは目を開けたまま、その場にがっくりと崩れ落ちる。

 

 審判さんが、倒れても消えない疾風さんの群れに駆け寄った。

 審判は分身に一体ずつ手を触れていくけど、触れられた疾風さんは消えていくばかりでなかなか本体が見つからない。


 最後の一体で、ようやく審判さんが本体にたどりついた。

 疾風さんの顔に手をかざし、触れ、そして旗が振られる。


「勝負あったぁ! 一撃必殺! エクサの守護者ジュリア、決勝進出ぅ!」


 司会の人が飛び跳ね、客席から拍手が降ってくる。


≪あっさり終わったか。一度も触れることなく敗れ去ったのは、狼のほうだったな≫

「そういえば、試合前にそんなこと言ってたね」

≪あの狼も弱くはなかったが、相手が悪かったな。挑発も目くらましもまるで通じてなかった≫

「あの口の悪さも作戦だったってこと?」

≪そうだな。その上、最大の武器である速さにも対応されてた。つまりは、ジュリアのほうが格上だったわけだ≫

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