第44話 準決勝、第一試合です。

 予選を勝ち残った四人の選手たちは、一度解散して試合場が準備されていくのを眺めていた。


 今日の決勝を戦う四人のうち、一人はケイ、一人はジュリアさんだ。

 ケイはいつもの三日月剣と白い鎧を身に着けていて、ジュリアさんは前に見た試合のときと同じ胸当てと四本のメイス、二個の盾を持っている。


 三人目は、髪が短く黒い大男で、上半身がなぜか裸。

 鍛え抜かれたムキムキの筋肉を見せびらかすように、ふんぞり返っている。

 武器は持っていないけど、その両腕には手首からヒジまでを守る金属製の籠手をはめていた。

 右手が黒色、左手が銀色の頑丈そうな籠手はあちこちにトゲがついていて、殴りかかればそのまま武器にもなりそうだ。

 その人の登録名は、双鉄拳そうてっけん。そのまんまな名前である。


 そして最後の一人は、灰色の毛皮でかなり動物に近いタイプの獣人さんだ。

 尻尾や身体の毛が長くて牙も鋭い。

 犬っぽいけど、街中で見かける犬の獣人さんよりもっとワイルドな感じだ。

 そのフサフサの毛皮の上に、ちょっと中華風の、拳法着にも似てる紺色のゆったりした軽そうな服を着ていた。

 登録名は、疾風しっぷう、だそうだ。


「準決勝、第一試合を始めます。登録名、疾風。登録名、エクサの守護者。試合場へどうぞ」


 審判さんからお呼びがかかって、ジュリアさんと疾風さんが動き出した。

 ケイと双鉄拳さんは、試合場の近くに立って観戦するみたいだ。

 その四人に、それぞれ別の審判さんが近づいて声をかけている。


≪さあ、始まるな。この時代の戦士の実力がどんなもんか、見せてもらおうか≫


 王様の声は少し嬉しそう。


「ギド王、今から起きてても大丈夫?」

≪昨日は丸一日寝てたし、今までの試合の流れ弾で受けた魔法からも魔力を吸収できてるからな。今日はずっと起きてても持つだろう≫


 今回の試合場の警備兵は、円状の闘技場の内側の壁に沿うように並んでいる。

 警備兵同士の間はやや空いているので、今日はギド王と話すのに声を抑えなくても大丈夫そうだ。


≪あれは、狼の獣人だな≫

「狼なんだ。なにか特別なことができたり?」

≪獣人種の中でも、瞬間速度は最上級だ。腕力もそれなりにある。自分を鍛えるのが好きなやつが多いな≫

「かまれた人も狼男になるとか、そういうのはないの?」

≪なんだそりゃ。そんなのは聞いたことないぞ≫


 ファンタジーでの狼男だと、かみついて同族を増やしたり、昼間は人間で夜に狼に変身したりっていうパターンもあるけど、こっちだとそういうのはないらしい。


「さあ、いよいよ始まる闘技大会の最終日! まずは準決勝の第一試合だ!」


 司会の人の声が闘技場の中に響く。

 前のジュリアさんの試合の時にもいた、全身の毛を逆立てて七色に染めた獣人の司会さんだ。

 あまりに派手に装飾されすぎてて、元がなんの動物だったのかがさっぱりわからない。


「相手から一度の傷も負うことなく勝ち進んできた、体術の達人にして分身魔法の使い手、疾風! 対するはぁ、皆さんご存じ、闘技大会三連覇にしてこの街の守備隊長、エクサの守護者、ジュリアァ!」


 司会さんの声に、観客が歓声で応える。

 この声の量は、予選の時よりも明らかに大きい。

 お客さんたち、最初からこのテンションで最後まで持つんだろうか。


 対戦する人にしても審判さんにしても、こんな中で普通に立っていられるだけですごいと思う。

 何度も警備して、今は闘技場のはじっこにいる私でもいまだにちょっと怖くなるなのに。


「あんたが三年連続優勝のジュリアか」


 司会さんとは違う声が闘技場内に響いた。


「今までの試合は見させてもらった」


 試合場では開始位置に立ったジュリアさんと疾風さんが向かい合ってるけど、疾風さんのほうがなにかしゃべってるみたい。あの人の口パクに合わせてスピーカーから声が聞こえてきてる。


「これって、あの疾風さんの声?」

≪そうだな。さっき審判が出場者たちにネックレスを渡してたが、そこから声を飛ばしてるんだろう≫


 よく見ると、疾風さんもジュリアさんも青い宝石のネックレスを首から下げている。

 司会の人が持ってる魔法のマイクと同じ効果があるみたいだ。


「ずいぶん手堅い戦い方をするようだが、お前では俺の速さには追い付けない」


 疾風さんが、そう言ってジュリアさんに右手を向けた。

 その手には、二本の短い金属棒が握られている。

 そして、その二本は短く太い鎖でつながれていた。


 あれってヌンチャクかな。

 カンフー映画とかで見るやつ。

 いや、本物は見たことないけど。


「お前の連続優勝記録も、今日で終わりだ。この俺がお前に勝つからな!」


 ネックレスを通して響く疾風さんの言葉に、お客さんのテンションがさらに上がる。


「こんな会話まで観客に聞かせるなんて、ちょっといやだな」

≪こんなもんだろうよ。国にとっちゃ、この手の祭りは大もうけのチャンスだ。せいぜい盛り上げて、集まった奴からできるだけ多く金を取るのさ。入場料なり、賭け金なり、売店なりでな≫


 そういうものなのかなあ。


「その自慢の六本腕を使っても、俺の影にも追い付けまい。お前は俺に一度も触れることなく敗れ去るんだ」


 疾風さんはずっとジュリアさんに向かって好き勝手なことをしゃべってて、聞いててこっちの気分が悪くなる。

 どこからあんな自信が出てくるんだろう。

 でもジュリアさんに全然相手にされてなくて、言ってる本人のほうがイライラし始めてるみたいだ。


「どうした。恐怖で声も出ないか。なんとか言ったらどうだ。棄権するなら今のうちだぞ。おい、聞いているか?」


 ジュリアさんが小さくため息をついた。


「弱い犬ほどよく吠える」

「ぐっ!」


 疾風さんが変な声を出して目を見開いた。


「私は大口を叩くヤツは嫌いなんだ。うるさいヤツもな。おしゃべりしたいなら酒場にでも行くがいい」


 ジュリアさんはそれ以上なにも言わず、静かにメイスと盾を構えた。

 疾風さんの顔が怒りにゆがみ、首の後ろの毛がふくらんでゆく。


「貴様……」


 疾風さんの口が大きく開き、そこから湯気のような吐息がこぼれた。

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