第4話 鎧を着ようとしてみました。

「そうなの。鎧を着るのは、私だよ」


 私の言葉を聞いた女の子が、こっちをじっと見つめてきた。

 宝石のようにキラキラ光る青い目でまっすぐ見つめられちゃって、私はちょっと照れくさくなって自分の頬をかいたりしてみる。


「本当に?」

「うん。そのために、この遺跡に来たんだから」


 腰の曲刀から手を放したケイが、腕を組んで真面目な顔で私を見る。


「ねえクロウ? 止めるなら今よ。ここで引き返しても、笑わないから」

「大丈夫。きっと、ね」

「自分の命がかかわることなんだよ? なんの理由もなく大丈夫だなんて、いい加減なことを言わないで」


 ケイの表情がきつくなった。


「その鎧、嫌な感じがする。私だったら触らない。触りたくない」

「まあ、見ただけでも、すごいものだっていうのはなんとなくわかるよ」


 心配してくれるケイの気持ちは、素直に嬉しかった。


「でも、私にはこれが必要なの」


 そう。私はこの鎧を着るために、ここまで来たんだ。

 私は槍を床に置いて、黒光りする『死鋼の鎧』を見あげた。


「本当に、鎧を身につける、気なのなら」


 少しだけ目を伏せた女の子がつぶやいた。


「兜を、かぶって。鎧に宿った、陛下の意志が、語りかけてくるから」

「うん、わかった」


 あの兜かー。ちょっと高いな。手が届かないや。

 私は玉座によじ登って手を伸ばし、鎧のてっぺんにある兜をどうにか手に取った。


 あ、これすごく軽い。

 兜の首回りは私の肩まで入りそうなほど大きいんだけど、見た目のわりにはものすごく軽い。

 私でも片手で持てる。


「あれ? これって外が見えないんじゃない?」


 この兜、どこにも隙間が空いていないように見える。

 兜は角の生えた頭の骨をイメージしているデザインだけど、目の部分はちょっとへこんでるだけで、穴とかは開いてなかった。

 口のところも、あごを守るプレートとぴったりくっついていて、隙間とか空気穴みたいなのは無いみたい。


「だいじょうぶ。陛下に認められたなら、目に頼らずに、外を見られるの」


 私が兜を見つめてると、女の子が教えてくれた。

 仕組みがよくわからないけど、そういうものなのかな。


 よし。

 着けてみよう。


 私は覚悟を決めて、兜のふちを持ってゆっくりと頭を入れていった。

 兜の中は、外側と違って光を反射しない毛皮のような素材で覆われている。

 やわらかいから、顔とかがこすれて痛むようなことはなさそう。


 そのまま半分ほどかぶったところで、私の目の前はもう完全な真っ暗闇になっていた。


「なんか怖いなぁ。……あれ?」


 私の手首を、なにかがつかんだ。

 慌てる私の首に、なにかが触れる。暖かくも冷たくもない、布のようななにか。

 それは首をのぼって、私の顔から頭の上、髪の毛一本一本にまで広がる。


「うそ、なにこれ」

「ちょっと、クロウ! どうし……」


 ケイの大声は途中で途切れて、その先は私には届かなかった。


 見開いた私の目に見えるのは、真夜中よりも暗い闇。

 あまりにも濃い闇に、目を開いているのかどうかも、わからなくなってくる。


 次に、遺跡のよどんだ空気の臭いが消えた。鼻から息を吸っても、なんの臭いも感じない。


 さらに、肌の感覚が消えていく。

 なにかが触れているという感覚が無くなっていった。

 あるはずの空気も。着ていたはずの服も。そこにあったはずのものが、なにも感じられない。


 自分が立っているという感覚もなくなってきて、足がふらついてくる。

 前屈みになって、なにかに捕まろうと手を伸ばしたとき、背中に鈍い痛みが走った。

 でも、感じたのはそれだけで、腕を振り回しても手になにもぶつからない。

 私は、今の自分が立っているのか寝ているのか、それすらも判断ができなくなっていた。


「また転んじゃったのかな?」


 つぶやいてから、私は自分がしゃべることができるのに気がついた。

 めいっぱい息を吸い、吐き出してみる。

 呼吸も、大丈夫。


 だけど、できることはそれだけ。

 自分の心臓を確かめようと手を回しても、鼓動どころか、胸がどこかも探し出せない。


 はじめての、無感覚という感覚。

 それが怖くて、私の呼吸はどんどん速まっていった。


 そんな私の目の前を、なにかが横切った。

 人影のような、なにか。

 それに続くように、いくつかの映像が頭の中を走ってゆく。


 夢の一部のようにぼやっとしてるけど、そのほとんどは戦いの場面だ。


 空を覆うぐらいの、たくさんの矢の雨。

 手にした剣を、正面の誰かの胸に突き立てた瞬間。

 身を守ろうとする自分のすぐ横で、自分と同じ方を見ていた誰かが、首に矢を受けて後ろへとはじき飛ばされる。


 見たくもない映像が、悪い夢のように現れては消えていった。

 私は必死に目をそらそうとしたけど、首を動かすことも、目を閉じることもできない。


 どれくらい続いただろう。

 いつしか、その異様な光景も消えて、私は再び闇の中に取り残された。

 怖いものが見えなくなって、ほっと息をするのと同時に。


≪見えたか?≫


 突然、私の頭の中に男の人の低い声が響いて、私の心臓が痛むほどに跳ね上がった。

 その痛みが全身に伝わって、指先までしびれたような気になる。


≪今のは、かつてこの鎧を着ていた者の記憶だ。この俺や、他のやつらのな≫


 闇の中から、『死鋼の鎧』を身につけた誰かが現れた。

 鎧を着た人は、私の目の前まで歩いてくると、その兜を外した。

 中にいたのは、短い白髪で顔にシワの目立つ、お爺さん。


≪俺が、この鎧の最初の持ち主。歴史の中に消えた古代の王、リギドゥス様だ≫


 この人が、この鎧を作った、昔の王様?


≪他の連中は、今見たような殺し合いのためにこの鎧を着た。自分の持つ力に満足せず、俺の力を借りてまで殺しをしたがったやつらさ≫


 リギドゥスと名乗った人は、顔こそ老人だけど瞳や声は力にあふれていて、とがった犬歯のちらつく口元は血に飢えた獣のように野性的だ。

 今は不自然な状況で混乱してるからピンとこないけど、もし街中でこんな顔の人を見かけたら、正直、怖い。


≪着た連中はみんな、自分が干からびていくのに怯えながら戦い続けたよ。鎧に魔力を吸い尽くされるか、その前に戦場で動けなくなったところを、な≫


 リギドゥス王は、動けない私の首をわしづかみにし、そのまま片腕だけで私を持ち上げた。

 身体の五感はなにもなくなってるはずなのに、首をつかまれた苦しみだけがジンジンと響いてくる。


≪さっきの記憶を見て、お前はそれでも鎧を着たいか? この呪われた鎧を着て、お前はなにを望む?≫


 私は、王様の腕をふりほどくどころか、指一本動かすことすらできない。


≪どうした。この程度で何も言えなくなるようなら、俺の鎧を着る資格は無いな≫

「うあう……」

≪さあ、本気でこの鎧を使いたいと思うなら、お前の望みを言ってみろ! 言えなければ、このまま首を握り潰す!≫


 私のノドは、すでに潰されそうになっていた。

 つかまれていることよりも、ただ怖くて。


「わた、し、は」


 それでも、私は必死に、意識を集中し、答えようとした。

 死にたくない。

 死にたくないから、私はこの鎧を探してたんだ。


「私の、のっ、望み、は」


 吸えるだけの息を吸い、私は力の限り叫んだ。


「私の望みはっ、自分の家を建てて、畑で食べ物を作って、静かに暮らすことです!」

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