第3話 探してた鎧でまちがいないようです。

「へーえ」


 鎧を見上げたケイがニヤリと笑う。


雰囲気ふんいきあるね。呪いの鎧なんて、うわさだけかもってちょっと思ってたけど」


 その声は、ほんの少しだけ震えていた。


「きっと、あれだよ」


 なんの根拠もないんだけど、なんとなく感じる。


「あの鎧が、私の探していた、昔の王様の遺品。『死鋼しこうの鎧』」


 黒く分厚い金属の板を、何枚も重ねた装甲。

 その表面はなめらかな曲線を描いている。


 兜は鉄の塊から削りだしたみたいに、継ぎ目がどこにもない。

 その後頭部には、二本の角がくねりながら上に伸びている。

 牛の頭の骨にも似てる、怖いデザインだ。


 あんなすごい鎧は、武具屋さんに並んでる展示用の鎧とかでも見たことがない。

 めちゃめちゃ重そうだけど、あんなのを着てまともに動ける人がいるんだろうか。


「ようこそ、王の墓所ぼしょへ」


 さっきの子供の声だ。

 声の聞こえてきた方向をよく見ると、鎧と玉座のひじ掛けの間にある小さなスペースに、一人の子供が腰掛けていた。


「王の墓所、ね」


 そう言うと、ケイは一瞬、鎧の座る玉座の周辺へ視線を流した。


「なら、この周りのはなに? 王に仕えた民の、なれの果てってこと?」


 ケイの声が鋭くなった。

 なにか見つけたのかな?

 私は改めて、周囲の様子をよく見てみた。


 玉座の近くには、それを囲んで守るように、たくさんの白く細い柱が並んでいた。

 天井に光のある今なら、よく見える。


 柱は人の背丈くらいの長さで、その表面にはなにか細かい文字がびっしりと書かれているみたい。

 よく見ると、柱の根本の床には横長の石版が埋め込まれていた。その石版の表面にも何か文字が刻まれている。

 一番近くの石板は、文字の中身まで見えた。人の名前と、二つの数字。たぶん、年月日?


 あ。

 あの書き方って、もしかして。

 私は思わず息を止め、横のケイの脇腹をつついた。


「あれって、ひょっとして、お墓?」

「だろうね」

「そう、お墓」


 私たちに話しかけてきてた色白の女の子は、玉座からぴょんと降り、鎧から離れてこちらへ歩いてくる。


「ここのお墓は、この遺跡で、死んだ人たち。陛下の力を求め、途中で、力尽きた人。陛下の意志に、耐えられなかった人。その、墓標」

「クロウ、気をつけて」


 私と女の子の間にケイが割り込んできた。


「見た目は子供だけど、すごい魔力だよ」


 女の子は私たちの前で足を止めると、特に身構えることもなく、まっすぐに私たちを見つめてくる。


 身体の線を浮き立たせるような、足首まで届く薄い青のドレス。

 肩で切りそろえられた髪も、そして瞳も透き通るような青色だ。

 目鼻立ちもびっくりするくらい整っていて、可愛い。


 けど、その顔には、表情がなかった。

 動くのはしゃべるときの口元だけで、他はまるで凍り付いたように固まったまま。


「王が亡くなられてから、六百十一年。その間に、この遺跡に入った者の数は、四百五十二人。そのうち、この部屋にたどり着けたのは、四十八人。あなたたちで、ちょうど五十人になる」

「ここにあるのは、その全員のお墓ってことね。あんたが手を出したのは、そのうち何人?」


 ケイの鎧と身体の間から熱気が吹き出て、私の服や髪を揺らした。

 戦闘態勢に入ったケイの熱気を受けて、女の子が目を細める。


「あなたの持つ、特筆すべき魔力は、炎だけ。他はずっと弱い」


 女の子の言葉に、ケイの口元がぎゅっと引き締まる。


「あなたたちが、遺跡に入ってから、ここまでの行動は、全部見てた」


 女の子が無表情のまま両手を前にかざす。

 あれ、もしかして私が何度も転んでるとこも見られてた?


「私の得意な魔法は、氷。あなたの炎は、届かない」


 女の子の手が、青く輝きだした。

 その光から白い氷が生まれ、彼女の腕を静かに包んでゆく。


「ずーいぶん余裕じゃない。私の力を見てたから? でもね、私だってまだ全力を見せたわけじゃないんだからね!」


 ケイからの熱気がさらに強くなった。

 彼女の握る曲刀が、その魔力を受けてオレンジ色に輝き出す。


「誤解、しないで。私は、争う気は、ない」


 手を構えたままの女の子が、首を小さく横に振った。


「私は、ここまでたどり着いた人に、陛下の鎧に宿る、力のことを、伝えるだけ」


 そうだ、鎧。忘れてた。

 あの鎧のために、私はここまで来たんだ。


 もう、すぐそこ。

 手の届く距離にある。


「そう簡単には信じられないんだよね。クロウ、あんたも油断しないで……。ちょっとクロウ、どこ行くの」


 ケイの声で自分の足が止まる。

 私は無意識に、二人の横を抜けて玉座のそばまで近寄ろうとしていたみたいだ。


「触れてはだめ!」


 女の子の口調が強くなった。


「その鎧に、使われている、『死鋼』という金属は、魔力を吸い取る性質が、ある」


 女の子が走ってきて、足を止めた私と鎧の間に割り込む。


「さらに、鎧の制作者であり、所有者であった、リギドゥス王の、遺志が、宿ってる。その遺志に、正しく応えられなければ、その場で魔力を、吸い尽くされて、死んで、しまうの」


 話すたびに息切れが増えていく女の子は、それでもそこまで言い切って、それから少し咳き込んだ。

 その腕から青い光が薄れ、冷気が散っていく。


 こんな苦しそうなのは、演技じゃなさそう。

 この子は本気で私を心配して、止めようとしてる。


「さあ、鎧から、離れて」


 女の子は私の手を取ると、玉座から私の身体を遠ざけるように引っ張った。

 その小さい手は、びっくりするほど冷たくて。

 でも、私の手をしっかりつかんで放さない。


「王に認められ、鎧を着ることができた人には、絶大な腕力、耐久力、そして、王の知識が、与えられる。でも、その力の源は、鎧が吸い続ける、膨大な魔力。中でも、鎧を着た人の魔力が、一番多く、吸われていくの」


 鎧から十歩くらい遠ざかったところで、彼女は手を放してくれた。


「人が持つ魔力は、生命力に繋がっている。それを吸われ続ければ、やがて身体はやせ細り、骨も脆くなって、最後には、死んで、しまう」


 女の子は苦しそうに胸を押さえていて、それでも言葉を続ける。


「これまで、鎧に触れて、王の遺志に応え、鎧を着ることができたのは、五人だけ」


 彼女は瞳を閉じ、胸を押さえて息を整えた。

 また咳をしそうになったみたい。

 だけど、またすぐに口を開いた。


「その鎧の、名は、『死鋼の鎧』。死鋼の名前に、ふさわしい、何人もの魔力を、吸い尽くし、死なせた、鎧」


 そこまで言って、女の子は両手で口を隠し、控えめな咳をした。

 じっと様子を見ていたケイは、溜めていた息を吐いて構えを解くと、剣を鞘に収めた。


「わかったよ。あなたは、なにも知らずにその鎧に近づく連中を止める警告役ってことね」


 女の子が、口を押さえたままうなずいた。


「敵対、する気がないと、わかってくれた?」

「ま、あれだけ必死にされちゃあね。それに、あんたがクロウを引っ張ってるとき、剣を向けたままの私に対してまるで無防備だったから」


 そう言って、ケイが鎧を見上げる。

 私も改めて鎧を見てみた。


 黒い鎧の表面は磨き立ての新品のようにピカピカで、私たちの顔が映るくらいだ。

 天井からの光だけじゃなくて、内側から光を放っているかのような気もしてくる。

 この輝きは、ただの骨董品こっとうひんから出るものじゃない、と、思う。


「あなたは、そこまで知って、まだ、鎧を着ようとするの?」


 咳の落ち着いた少女は、ケイのほうを見て問いかけた。


「いやぁ、それを欲しがってるのは私じゃないのよ」

「え?」

「着るのは、そこのクロウ」


 女の子が、私のほうに向き直った。

 表情は変わらないけど、目が少し大きくなってるような。

 びっくりしてる、のかな?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る