第25話 誘い

「ああ。えーと、その……」

 奥ゆかしい日本人らしい何の意味もない言葉を漏らしていると後ろからハキハキとした声が被さった。

「んー。おじさん何者なの?」


 みゆうさんの質問を受けて紳士は存在しない帽子を掲げて見せる。

「ふむ。人にものを尋ねる時はまず自分から名乗るものだと思うがね」

「それは相手によりけりでしょ。怪しい相手に馬鹿正直に名乗るほど馬鹿じゃないわ」


 僕は開きかけていた口を閉ざす。確かにそうだ。この異空間にいるというだけで、目の前の紳士風の男が常人ではないということを悟るべきだった。それにしても説鬼はなぜ現れないのだろう? やはり、この目の前の紳士が黒幕か何かで、話をする間だけ時間の猶予があるとでもというのだろうか。


「なかなか元気のいいお嬢さんだ。まあ、あまり時間がないので本題といこう。召喚者よ。あなたのその力を我々に貸さないかね。あの女の頤使に甘んじるのはもったいない。君の力は有効に使うべきだ」

「あの女?」


「分かっているはずだ。君をこの怪異に巻き込んだ女だよ」

「さて、何のことでしょう?」

「用心深いな。いいだろう。どうやら、すっかりあの女を信用していて、私の言葉に耳を傾けるつもりはなさそうだね」


 苦笑するダークスーツの男の目が細められる。

「とんだお人よしだな。一方的に巻き込まれて迷惑をこうむっているというのに、その相手を信じているとは。単なる使い捨ての駒とされているのが分からないのかね? おっと、もう時間だ。せわしないが割り込めるのはここまでだ。では、また会おう。召喚者よ」


 男が指をパチンと鳴らす。男の姿が揺らめきはじめ、煙が風でかき消されるようにして目の前から居なくなった。それと同時に僕のノートパソコンが息を吹き返したように光を放つ。良かった、壊れたわけじゃないんだ。ほっとして浮かび上がるダイスをつかんで東屋のテーブルに投げる。


 くるくると回ったダイスの出目は18だった。小さめの数字ということは割と最近の作品だ。投稿しているサイトのイベントに参加するためにラブコメばかり書いていた頃じゃなかろうか。僕は不安を覚えながら、ダイスが混じりあい大きな球となって弾ける様を見つめる。後ろでみゆうさんが息をのむ気配がして僕に体を寄せてきた。


 東屋の向こうにも2体のシルエットが逃げ道を塞いでいる。さらに背後を振り返るともうおなじみとなった説鬼が数体飛び跳ねながら近づいてきていた。機先を制されてしまい、僕たちは逃げることもままならない。再びテーブルに目をやって僕はのけぞりそうになった。


 真っ白なスーツに身を固めた渋いオジサマが僕を見下ろしニヒルに笑っていた。何より目を引くのは片目につけた眼帯でそこには『義』の一文字が燦然と輝いている。オジサマはテーブルから飛び降りるとダブルのスーツの懐に手を突っ込んで、なにやら黒い物を引っ張り出す。


 それと同時に真っ白マンの手に握ったものが連続して火を噴いた。パーンと破裂音が響き渡る。背後の説鬼に目をやると5体のすべての額に穴が開いていた。ゆっくりと倒れて動かなくなる。僕がぽかんと口を開けているのを見て男は低い声を出した。

「顎が外れちまったかい?」


 男は油断なく手にしたものを構えて僕たちと残りの敵の間に割って入る。手にしたものはたぶんオートマチックの拳銃なのだろう。火薬のにおいをさせるそれを大きな姿に向かって突きつけた。よく見ると説鬼とは姿形が微妙に異なっている。一回りほど大きな体をしており、シオマネキのように片手だけが異常に発達していた。


 シオマネキと眼帯の間で見えない火花が散る。緊迫したシーンなのだろうが、僕はあまりにそれっぽい小道具に場違いな笑いが漏れそうになった。妄想力全開の中学生じゃあるまいし。とはいえ、眼帯をつけているのは僕が作った設定だ。悪の秘密結社のトレードマーク。この渋いオジサマは執事だったはずだ。


 名前は思い出せない。割とありふれた苗字だったような気がする。えーとなんだったっけな。そんな僕の疑問を解消する黄色い声が聞こえた。

「お名前を伺ってもよろしいですか?」

 クエスチョンマークの後ろにハートが浮かんでいそうな声だった。こんな声を出すのはこの場には一人しかいない。


「後藤と申します。短い間ですがお見知りおきください。お嬢様」

 そうだった。後藤さんだ。後藤さんはシオマネキから片時も目を離さず口の端っこで声を出す。

「きゃー。お嬢様だなんて」


 みゆうさんの場違いな声にも後藤さんはまったく気を散らすことはない。そろりと動き出した大型の説鬼の1体に向かって銃を撃ち放つ。カーンという音がして弾は消し飛んだ。体の前に出していた巨大な鋏の後ろから顔を見せた化け物がニタリと笑う。

「キカぬぅ」


「泣けるぜ」

 後藤さんがぼやいた。

「こいつじゃ少々力不足だ。豆鉄砲を大砲にしちゃくれないかね? さもなきゃ、マラソンか。俺はどっちでも構わないが早く決めてくれるとありがたいな」

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