第17話 本庄真人

「お。マスター。ついにバイト雇ったんだね」

「ええ。まあ」

 常連客の一人が声を潜めて聞く。

「でも、あの子。中学生みたいに見えるけど大丈夫なの?」


 僕は鷹揚に頷いて見せた。そして、トースターのチンという音に合わせて、その常連客から離れる。あまり、この話を長くするのは僕の心身のために良くない。これが彼女の耳に入るとさすがにお客さんにくってかかるような真似はしないが、閉店後に延々と愚痴を聞かされる羽目になるのだ。


 しかも、最後は必ずいじけるので僕が慰める立場になる。押しかけバイトのみゆうさんは結構面倒くさいのだった。まあ、一応は営業スマイルを作ることはできるし、物覚えも悪くはない。時給900円で働いてくれることを考えると経営者的には掘り出しものなのかもしれない。


 僕の住んでいる典型的な地方都市でも最近は時給相場が上がっている。もっとオシャレでマニュアル完備で友達にも自慢できちゃうようなチェーン店と同額では、うちみたいな個人商店が見劣りするのは間違いなかった。向こうはバイト仲間同士での新たな恋みたいなのもありうるだろうし。


 みゆうさんは本当に大学生だったので、アルバイトに来てくれるのは授業のない時間で虫食い状態になる。朝の時間に入ってくれる日があるのは正直有難い。今までお客さんを待たせていたのがほとんど無くなった。みゆうさん目当てと思われる客も来店するようになった気もする。


 みゆうさんは見た目が子供っぽいので、そういうのが好みの人の受けが良さそうだった。どちらかといえばという感じだけれど、美人さん系か可愛い系かといえば後者のタイプ。まあ、僕ごときが他人の容姿について云々するのもおこがましいが、八重歯を見せて笑うとまあまあ可愛い。


 まあ、若いというだけでおじさんの受けは良いようだ。僕も30が見えてきているのでみゆうさんの若さは眩しい。ただ、惹かれるかというとちょっと違う。僕はどちらかというと紫苑さんのような大人の雰囲気をまとった女性の方が好みだ。もっともその好みはどちらにも相手にされてないのであまり意味はない。


 みゆうさんが僕のお店フローリアンでバイトを始めた理由はシンプルだ。なんとかして、あの日のヒーローに再会したい。次の危機になれば会えるんじゃないかという期待があるからだった。紫苑さんの命が無いという脅し文句はあまり真剣に考えていない。


 ある日、夕方にバイトに入ったみゆうさんに閉店後に聞いてみる。

「命の危険があるかもしれないのに怖くないの?」

「そりゃもちろん怖いですよ。でも、虎穴に入らずんば虎児を得ずっていうじゃないですか」


「君子危うきに近寄らずともいうよ」

「別に私はそんなりっぱな人間じゃないし、それに、この人しかいないと思ったんですよ」

「だから、あれは現実の人間じゃないんだってば」


 僕は先日、小説の投稿サイトを紹介して、みゆうさんの憧れの君が小説の登場人物だということを説明していた。

「別にいいんです。実際に触れて話もできるんだから問題ないと思いません? ああ、あと1週間か楽しみ」


 何と言ったらいいのだろうか。この無駄なポジティブさというか、危機感の無さには呆れてしまう。ちなみに僕の小説も見せたのだから、みゆうさんのも読ませてよと言ったら断固拒否された。

「私のなんて、新巻さんに比べたら全然つまらないですから」


 どうも怪しいが、それ以上詮索したら怒り出したのでうやむやになっている。それよりも僕には気になっていることがあった。僕の前任者の本庄真人について調べたかった。近所の公立図書館で調べてもそんな名前は出てこない。いくつかの図書館を回って検索システムを叩いてみたが結果は同じだった。


 ただ、隣の市の図書館で閉鎖が決まっているところに出かけた時は違った。検索システムで出てこないのは同じだったが、古ぼけた書架の小説のコーナーを見ていたら棚に2列分も本庄真人の本が並んでいた。僕は宝物を見つけたような気持ちで近くの椅子に腰を降ろして読み始める。


 面白かった。魅力的なキャラクター。構成の妙。スリリングな展開。まだまだ僕が到達できない境地の本物の物語があった。ページをめくるのももどかしく読み進め、フィナーレを迎えた時には2時間が過ぎていた。閉館時間が迫っていたので後ろ髪を引かれる気分で後にする。


 本当は借りたかったのだけれど、身分証明書を持って行かなかったので、貸出カードを作ることが出来なかったのだ。翌日は朝から出かけて読み漁った。全てが僕のツボにはまったかといえばそうではない。けれども、数冊はかなり気に入った。この本に会えて良かった。そう思える本もあった。


 まだ読み終わっていない数冊を貸出処理を頼みにカウンターに持っていく。すると司書さんはブッカーの裏のバーコードのシールにリーダーを何度も当てる。首を捻りながら申し訳なさそうに言った。

「こちらは貸出できません」


 食い下がったが規則ですからの一点張りで貸出をしてもらえなかった。翌日は時間が取れず、翌々日に行った時には棚にはもう見当たらない。司書さんに聞いたら誤って蔵書システムから廃棄扱いとするべきものを配架していたので下げたのだと言う。そして、閲覧も貸出もできないと断られ、僕は悄然として帰途についたのだった。

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