第15話 キューピッド役

 気まずい沈黙が辺りを覆う。女性は僕のことを疑わしそうな目で見ていた。相変わらず頬は赤い。確かに小説を書いていることを積極的に開陳するつもりはないけれどそこまで恥ずかしいことでもないと思う。急に初対面の相手に言われて驚いているというのなら分かるのだけど。


「なんで知ってるの?」

 女性は僕をじっと見ている。

「それで何が目的なの? 秘密にするために何を要求するつもり? いいわよ。バラすなら好きにすればいいわ。脅したって無駄だからね」


 何を言っているのかさっぱりわからない。

「えーと。僕をここに連れて来たのは君だよね。アレがどうして起きたのか知りたいということだったと思うけど」

「そ、そうよ。なのに急に私がビー……」


 目の前の女性ははっとして口に手を当てる。なんだろう。びー、びー、びー。ビーエルティサンドじゃないよなあ。僕のお店の人気メニューなんだけど。びーはアルファベットのBだよな。うーん。なんだろう。僕が考え込んだのを見て、女性は慌てて目の前で手のひらをヒラヒラと振った。


「そ、そうよ。変なふうに話を逸らさないで。それでアレは一体何なの?」

「絶対信じないと思うけど」

「いいから話しなさいよ」

 僕は天井を見た。やたら明るいハンバーガーショップの白い壁紙には答えは無い。


「アレは作家に寄って来るんだ」

 たちまち眉間に皺を寄せる女性を見て言葉を続ける。

「僕も素人だけど、投稿サイトで話を書いている」

「え?」


「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。いや、好きで書いてるだけだから。読者もそんなに多くないしね。おっと、そんなことより、アイツらの話だよね。アレって怨念が実体化したものみたいでさ。未完の作品の登場人物があんな風になっちゃうんだって」


 女性の目は点になっている。まあそうだろうな。

「で、傍迷惑なことに自分たちと同様に他の作品の登場人物も未完にしてやろうと、世の作家を害しているらしいんだ。ここまではOK?」

「ぜんぜん」


「そうだよね。とてもその気持ちは良く分かる。僕も最初はそうだった。でも、さっき右腕を怪我したでしょ? あれは夢じゃない。君は運が良かったんだ。戦う術がない状態で襲われて生き延びることができたんだからね」

「どこの病院から出てきたの?」


「そう言いたくなるのはわかるけど、その言い種は酷くない? 恩着せがましいことはいいたくないけど一応は命の恩人なんだからさ」

「だって、あなたはなんにもしてないじゃない。叫びながら駆け寄って来ただけ。そりゃ、あなたに気を取られて私からは離れて行ったけど」


「だろ?」

「そんなに得意げに鼻の穴をおっぴろげないでよ。あの化物を退治したのは別の人じゃない。あれは双子のお兄さん? 兄弟でも随分と違うのね。あっちは颯爽としてカッコ良かったわ」


 目の前の女性はちょっと目を伏せた。そして、僕の目を見る。

「あのね。お兄さんに伝えて欲しいの。ありがとうって。本当はきちんとお礼を言わなければいけないのに気がついたら居なくなっていて。本当にヒーローみたい」

 女性はアイスコーヒーに口を付ける。そして、口を湿らせて息を整えた。


「それで、その……お兄さんに会ったら……」

 また顔が真っ赤になってもじもじしている。

「お礼にお食事でもどうですかって……」

 そこまで言うと下を向いてしまった。


 ええと。僕は何をしていたんだっけ? 説鬼のことを説明しろって言われてここまで拉致されてきたけれど、実は聞きたいのはそれじゃなかったってこと? 泣きたくなってきた。つまり僕はキューピッド役をやらされるために引っ張ってこられたってことでいいよね? ははは。乾いた笑いが漏れる。


「何よ。笑うことはないじゃない。そりゃ、私はチビでガキっぽくて色気も無い干物女よ。悪かったわね」

「いや、そうじゃなくて。自分が道化っぽいなと思っただけ。君のことを笑ったわけじゃないから」


「なにが道化なのよ?」

「いや何でもない。それで、申し訳ないんだけど、ご要望には応じられないよ」

「なんでよ。ケチ。お兄さんの方がカッコいいからって兄弟で嫉妬するなんてみっともないわ」


 さらりとかなりひどいことを言っている。はあ。

「彼は僕の兄じゃない」

「じゃあ、弟さんなの?」

「弟でもないし、叔父さんでも、従兄弟でもない」


「他人の空似か、ドッペルゲンガーとでもいうの? 知ってる? ドッペルゲンガーに会うと3日以内に死ぬのよ」

「良く知ってるね。それで、できれば僕も女性の頼みをかなえてあげたいとは思うけど無理なんだ」


 女性は口を尖らす。

「どうしてよ。どういう関係か分からないけど親しそうにしてたじゃない。良く知ってるんでしょ。だったら、お願い」

 女性は手を合わせた。


「だからね。彼は人間じゃないんだ。僕が彼を知っているのは当然だよ。僕の小説の登場人物なんだからね。いわば僕は彼の創造主なんだから。それで、もう彼を呼び出すことは非常に難しいんだよ。悪いけど」

 女性は僕の顔をまじまじと見て言った。

「サイテー」


 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る