第13話 吸血鬼ハンター

 パソコンから浮かび上がったダイスを掴んだと同時に悲鳴が聞こえた。

「何よ。なんなの?」

 路上には一人の小さな影とそれを取り囲まんとするぴょんぴょんと跳ねる異形の姿があった。


 あれ? この空間には僕と説鬼しかいないんじゃないのか? ダイスを投げながら頭の片隅ではそんなことを考えていた。地面で止まったダイスは4と4。ゾロ目だ。何かいいことがあるかもしれない。しかし、いつもなら光り輝く球体になるところがそのままだった。


 そして、ノートパソコンからは青い球体が浮かび上がる。とりあえず夢中でそれも引っ掴んで投げた。ほとんど完全な球体のそれは勢いよく回転すると13を指して止まる。3つの球体は混ざり合うと光を発して消え、そこには大きなレンズのついたカメラを提げてリュックを担ぎラフな格好をしたとぼけた面の奴がいた。


 顔はなんと僕そっくりだ。そいつは歯をむき出して笑う。

「よう。俺。なんだその間抜けなツラは?」

「えーと。あなたは?」

「あんたさ。覚えちゃいねえか。ゲームブック風の2人称小説書いたの?」

「あ……」


 そういえばそんな話を書いた。「ブランズウィッチの吸血鬼」だ。そうだ、そんなことよりも。

「ほら。あそこの人を助けてあげてよ」

「やだね」


「へ?」

「俺の仕事は吸血鬼を倒すこと。それとあんたを守ることだ。他人のことは知ったこっちゃない」

「そんなこと言わずに頼むよ」


 そして、きゃあという悲鳴が上がった。路上にあった人影は地面に倒れている。まるで最初の時の僕のようにずるずると這っていた。僕はもう猶予が無いと走り出す。

「やめろっ!」


 大きな声を出しながら僕は全力で走った。路上に倒れていた人を囲んでいた数体の説鬼が僕の方に向き直る。シャシャシャ。

「コッチ。イッパイ。ミツケタ。ミツケタ」

 説鬼はぴょんぴょんと跳ねると僕の方に向かい始める。ヤバイ。


 何も考えずに思わず向かって行ったけどやっぱり僕にはどうしようもない。急ブレーキをかけて止まる。僕の耳元でプシュプシュという空気が漏れるような音がした。先頭にいた説鬼2体の頭が文字通り吹き飛ぶ。まるで西瓜割をしたときみたいにグシャリと血と肉をまき散らす。


「まったく。余計な世話を焼かせるんじゃないよ」

 いつの間にか真後ろに居た男の手には変な形の拳銃が握られている。銃身を二つに折るとポケットから何かを取り出して銃に詰めて元通りにする。すぐにまたプシュプシュという音が響くと更に2体の説鬼の頭が弾け飛んだ。


 その間に最後の一体がすぐ近くまで来ており、手を振り上げる。さっと振り下ろされた爪は僕の目の前で鈍い光を放つナイフが受け止めていた。さっきまで拳銃を撃っていた男のもう一方の手に握られているナイフが僕を守ったのだった。ナイフに触れている部分の爪がシュウという音を発して焦げ始める。


「へっ。元々は吸血鬼用だが、この世ならざるもの同士だ。銀が良く効きやがる」

 男は嬉しそうに叫ぶと素早くナイフを振るって説鬼に襲い掛かった。たちまちのうちに説鬼は防戦一方になる。両手の爪を失いそれでも鋭い歯で噛みつこうとしたが、男にブスリとナイフを胸に突き立てられてひっくり返った。


「ふう。全く。余計な手間を取らせやがる」

 男はナイフを仕舞うと拳銃に素早く弾を装填する。油断なく周囲を見渡すと緊張を解いた。

「まだ残りがいるかもしれねえ」


 僕はおっかなびっくり倒れている人影に近づいていく。まだ若い女性だった。血の気が引いているせいか、頬のそばかすが目立った。片腕から血を流している。苦痛に歪んだその顔は僕の姿を認めると怯えた表情を加えた。

「な、なんなの?」


「大丈夫。僕は怪しいもんじゃない」

 他に何と言っていいか分からず変な言葉を言ってしまう。味方も変だし、正義の味方でもない。通りすがりの同じく狩られる側の弱者にすぎない。目の前の女性はシクシクと泣き出した。


「はいよ。ちょいと失礼」

 吸血鬼ハンターである僕はしゃがみ込むとリュックからガーゼとスプレーを取り出した。怯える女性の腕をつかむとスプレーを吹きかけ傷口にガーゼを当てる。小さな器具でガーゼを固定すると立ち上がった。


「まあ、ここから出れば消えるだろうが、今は痛いだろうからな」

 女性は目を見開き、僕ともう一人の顔を見比べる。

「え? 双子なの?」

 違う。僕はどう説明したものか迷った。


「おっと、そろそろ時間のようだぜ。これから困難な任務だってのに人使いが荒い野郎だぜ」

「ありがとう」

「いや。言ってみただけだ。俺の幸運を祈ってくれ。じゃあな」


 僕の顔をしているけど僕より何倍も頼もしいもう一人の僕がしぼんで消える。見上げれば薄い月は白い光に戻っており、周囲の喧騒が戻ってきた。僕の目の間に倒れていた女性はきょとんとした顔をしていた。相変わらず青白い顔色だが引き裂かれた袖は元に戻り血の跡もついていない。僕を見上げるとぼんやりとした表情で言った。

「さっきのあれ。一体なんなの?」


 

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