第2話再会

 社会人になってからのオレ人生は、ひと言で説明するなら“普通”だ。


 仕事は単純な流れ作業で、特にやりがいは無い職場。


「ああ……本当に幸せだな……」


 だがオレは幸せだった。

 あの彩香あやかの束縛から解放され、精神的には天国のよう。

 今は自由に生きていくことが出来るのだ。


 職場でも寮の自室、仕事帰りも。

 あの罵詈雑言に怯えなくて済むのだ。


「ふう……そうだな、このまま……楽な人生を生きていこうか」


 その後も特に、何もなく、楽をして生きていった人生。


 適度に仕事して、好きな物を食べて、酒を飲んで、寝て、ゲームをして、


 流されるまま、本当に怠惰な生活をしていった。


 数年して、彩香のことを思い出すこともなくなる。

 まるで抜け殻のような生活を、社会人をオレは過ごしてしていった。


 ◇


 だが、そんなオレの人生に、また事件が起きる。


 いや……怠惰すぎたオレに“罰”が当たったのだ。


「うっ……うっ……あぁ……」


 二十八歳の時、オレは車で事故を起こしてしまった。

 原因はオレのわき見運転。


 いや……原因は、無駄に増えすぎた脂肪のせいで、運転を誤ってしまったのだ。


 事故直後、すぐに意識が飛んでいく。


(うっ……ここは……どこだ……?)


 次に気が付いた時、病院のベッドの上だった。

 色んな機械が並んでいる。

 どうやら集中治療室のようだ。


(こ、声が……出ない⁉ それに指一本も動けない……だと⁉)


 まさかの自分の容態だった。

 オレは意識があり、微かに目も見え、耳も聞こえる。


 だが声が出せない。

 そして身体も全く、動かなくなってしまったのだ。


『これは……脳の一部が事故の……障害が……』


 聞こえてきた医師の話によると、オレは植物人間の特殊な状態らしい。

 現代の医学では完治は難しいという。


(オレは……これから、どうなるんだ……)


 全身に管を繋がれ、オレは生きるしかばねと化していた。


 しかも聞こえてきた話によると、生命を維持していくだけ、かなりの金額が必要となる身。


 今のところは保険で治療をしているが、それも長くは続けられないという。


「この方の……家族は……」


「いえ……誰も……」


「職場の社長さんも……」


「それが……」


 どうやら誰も助けてくれなそうだった。


 何しろオレは天涯孤独の身。

 社会人になってからも、他人とはあまり干渉せずに生きてきた。


 そんなオレにために高額の治療費を、払ってくれる人などいない。


 今のオレは人生が積んだ状態

 眼球さえも動かせないオレには、どうすることも出来ない。


(いっそ、殺して……欲しい……誰か……オレを、殺してくれ……)


 自分の置かれている状況に、絶望してしまう。


 回復する見込みは皆無。


 治療費を払って、見舞いに来る者もいない。


 生きている価値すらない存在。

 だからと自殺することすら、今のオレには出来ないのだ。


(ああ……ああ……もう、考えるのも止めだ……)


 こうしてオレは絶望の中、深い闇の中で、何も考えられなくなってしまった。


 ◇


 そんなある日だった。

 少し変わった事件が起きる。


 誰かが……この病室に見舞いにきたのだ。


(いったい……だれ……だ?)


 こんなオレに会いに来る酔狂は、もはや誰もいない。


 葬儀屋か保険屋でも、状況の確認にきたのだろうか?


 悲観的に、そう思った時だった。


「ハル君……ようやく……見つけた!」


 聞き覚えのある声がした。

 聴覚もかなり弱くなっていたが、どこかで聞いた声。


 大人の女性の声だ


(この声はいったい……誰だ?)


 確認したくても、今のオレは眼球さえ動かせない。

 当人が視覚に入るのを待つ。


「ハル君……覚えているよね? 私だよ! 彩香だよ!」


(なぁ⁉)


 驚いたことに、やって来た女性は彩香だった。

 寝たきりのオレの手を、握ってくる。


(他人の空似か……いや、コイツは……間違いない)


 彩香はすっかり雰囲気が変わっていた。

 口調もどこか変だ。

 最後に会ったのは、記憶の薄れる十年前。


 だが見間違えるわけない、コイツを!

 高校時代にオレを、地獄に落とした当人を。

 最悪の幼馴染の顔を、見間違える訳ないのだ。


(なんで、こいつが、こんな所に⁉ どうやって、オレの病院を? ああ……そうか。もしかして、オレに止めを刺しにきたんだな、きっと)


 オレは死を覚悟する。

 いや……死を望んでいた。

 誰でもいいから、オレを楽にして欲しかったのだ。


「あっ、ちょっと待ってね、ハル君。ちょっと先生と話をしてくるから……」


 そう言い残して、彩香は席を外す。

 病室の外れで、主治医を何か話をしている。


 いったい何を話しているのだろうか?

 もしかしたらオレを安楽死させる方法か?


「お待たせ、ハル君」


 しばらくして彩香が戻ってきた。

 神妙な顔をしている。


「それじゃ……また明日、お見舞いにくるから!」


 そう言い残して、彩香は笑顔で立ち去っていく。


(アイツ……いったい何をしにきたんだ? あっ、そうか。オレの哀れな姿を見て、笑いに来たのか……)


 植物人間状態なオレは、もはや正常な思考ができずにいた。


(ふん……どうせ二、三回、あざ笑いに来たら。飽きてこなくなるんだろな、アイツも……)


 全てにおいて負の感情で考えていた。


「おはよう、ハル君」


 だが予想は外れる。


 それから毎日のように、彩香は訪ねて来るのであった。

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