第18話妹は天使
夏期休暇にギルド学院に残っている生徒はあまりいない。長期クエストをこなすチャンスなのでほとんどのパーティーは遠征に出ているのだ。
俺はと言えば未だ戻って来ない妹達を待ちながら暇つぶしにギルド学院に残ってる学生相手に食事作ったりおやつ作ったりしてる。食堂のおばちゃんに混ざって。
そう言えばこないだサイクロンを吹き飛ばした夜、全ての雲が吹き飛んででっかい二つの月が空にかかっていた。この世界の月は二つ。どちらも地球の月より大きい。
しばらく月を見ていたらどこからか囁く声が届く。
不思議に思っていると
ーくすくす。ユートぉ聴こえた?ー
世界樹様の意識が繋がる。何か知ってるようだ。
(ご存知なんですか?)
ーいまのは月の精霊よ。貴方に興味を持ったみたいね。ー
(月の精霊?)
ー月は【隠・闇】を司るわ。逆に太陽は【陽・光】ね。この世界には【七つの精霊】が存在するわ。月火水木金土日。
ハイエルフが七つ全ての精霊を使役出来る様になったら…ふふ、さらに上位のエルフになれるわよ。ー
爆弾発言である。とんでもない情報を知った。ハイエルフに上位種があるのか。
まあ、知ったからって使役する方法がわからない。すぐに出来る訳でもないのでその内学院内の誰か詳しい先生に聞いて見よう。
夏期休暇も半ばを迎えた頃、魔導王サークライから連絡が入る。早速魔王宮まで足を運ぶ。なんやかんやで既に顔パスだ。
「【天使族】の魔王の妻ガブリールと連絡が取れたよ。彼女達親娘は天使族の里にいるようた。」
「天使族の里って…高山地帯ですよね?」
「そうだね。だが君には言っておく事がある。実は…エルフと天使族は仲が悪い。種族的にもライバル関係だが…特にグリュエラとガブリールは仲が悪いんだよ。困った事に。」
「…」
「だから君が天使族の里に行けば十中八九闘いを挑まれるだろう。覚悟はして起きたまえ。」
「…天使族って強いんですか?」
「別名【殱滅天使】って言われてるくらいだからね。バトル脳筋の代表だ。鬼と合わせて戦闘狂の代表だね。」
「…そんなとこにこんなか弱いエルフを送り込むんですか。」
「だね。気をつけてね!」
サークライは微笑みながら軽く言い放った。コンチクショウめ。取り敢えず役立つかどうかわからないがサークライから紹介の手紙を書いてもらう。
気が進まないが出発だ。
天使族の里は魔王都より南西の高山地帯にある。いつものように跳び跳ねて行く。
高山地帯のある辺りから空気が一変する。トゲトゲしい空気。結界という程ではないが全方位にケンカ売ってるような空気だ。南の方角から数人槍を構えた翼人が一直線に飛んで来る。第一里人発見。アプローチを試みる。…が。
翼人は俺を見るなり問答無用で槍を振りかざして来た!危ないっ‼︎ 俺は空気の壁を作り防御。そのままカウンターで風刃を飛ばし槍の柄を切り刻む。槍が無くなった翼人は高速でヒット&アウェイで短刀を持ってチクチク攻めて来る。空気の壁は越えられないが。
鬱陶しいので翼に向かって土魔法で泥を投げ付ける。重く羽ばたけなくなった翼人が落ちていく。
里の門に辿り着くと更に大勢の翼人が槍を持って取り囲んでいる。そうしてようやく翼人の長らしき男が口を開く。
「エルフが天使族の里に何用だっ⁈」
先に問答無用で手を出して置いてこれだ。論理が破綻してる。なるほど【殱滅天使】か。
「魔王都からここに居るという天使族…ガブリールに会いに来た。紹介状もある。」
サークライの書いた紹介状を掲げる。翼人の一人が手紙を奪うように回収し、長に見せる。
「これを直ちにガブリール様に」
里内に飛んで行く使者。 しばらくして奥から光り輝く光輪を頭に乗せた金髪ストレートヘアーの清楚な美女天使がやって来る。バストサイズはささやかなようだ。正直言ってとても美しい。尊いとも言える。その清楚美女が…
「お初にお目に掛かる、【長男】殿。貴様がグリュエラの息子か。クククよく来たな。なんで女エルフの格好をしているのか知らぬが。趣味か。難儀じゃのう。」
矢継ぎ早に言いたい事を言ってニヤニヤ笑ってる。この人絶対性格悪い。
「クク。そんな顔をするな。他の天使族がギラついた目をするのは勘弁してくれ。知っての通り天使族とエルフは仲が悪い。昔からの因縁でな。私は歓迎するぞ。何しろ愛しい旦那の長男だからな。さあこちらへ。」
ガブリールさんの後について里の中に入る。高山地帯は雪まみれなのに里の中は暖かい。何かの結界の作用だろうか? 緑の木々もあり何かを栽培している様子もある。あまり見てると天使族の住民が睨んでくる。小さな幼女まで睨んでくる。…悲しい。
前を歩くガブリールさんに重要な事を聞いてみる。
「あの…ガブリールさん。…娘さんはどこまでご存知なんですか? 自分に他に6人兄妹がいる事とか、…父親の事とか…?」
「全部知ってるおるよ。兄妹に会うのを楽しみにしておるよ。常々他の兄妹に負けるなと私が日々鍛え上げておるからな。クク。」
…なんですと?
「特にグリュエラの息子ユート。貴様を叩きのめすのが楽しみで堪らぬわ。」
クソ脳筋である。天使族がここまでとは思わなかった。
やがて一軒の豪邸に案内される。召使いが現れガブリールさんに挨拶、俺にガンを飛ばす。徹底している。
中央の階段を見ると両腕を組んだ白い天使装束を着た金髪美少女が立っている。偉そうだ。瞳は焦げ茶色。誰かの目元に似てる。…俺? いや正確には親父に似てるのだろう。
「うちの娘、アリエルよ。歳は12、ギルド学院には来年行かせる予定。そして必ず最優秀生徒の座を戴くわ。もちろんその力はあるぞ。クク。」
階段を優雅に降りて来るアリエル。うむ かわいい。
12歳というがリィカより大きいぞ。リィカがちんまいだけか。
「お母様、そのハイエルフは?無謀にもわざわざ敵地に殴り込みに来るなんて腰抜け種族の中で多少の勇気がお有りのようですが。」
「お兄ちゃんがわざわざ会いに来て下さったのですよ。ご挨拶なさい。」
「…?お兄ちゃんって…女の方じゃないですか。」
ハイエルフだとケンカ吹っかけられるのでエルフ石のペンダントを自分の【ボックス】に仕舞って男になる。驚くアリエル。ガブリールさんは?というと…俺の顔を見て息を飲む。あ、何となくこの後の行動が分かる…
思った通り抱き付いてキスを迫って来た。
「お、お母様っ⁉︎」
慌ててアリエルがガブリールさんにしがみつく。
「お、おおう…危なかった、貴様そんなにモンマに似ておるのかっ くっ反則じゃぞ…」
などと言いながら俺の頰に両手を当てて撫でてくる。
嫌になるくらい奥さん達の反応が同じなんですけど‼︎
どうなってんだよ親父‼︎
「お、お兄ちゃん…?」
「…長男のユートだよ。よろしくね。」
「じ、女装癖のヘンタイ…」
「女装じゃねーよ‼︎ 」
「じゃあなんだってんですか⁉︎」
「う…まあエルフの血の呪いというか陰謀というか…」
「おのれエルフめ‼︎ お兄ちゃんにエルフになる呪いをかけたのですね⁈ やはりエルフ殱滅すべし‼︎」
ヤバい、エルフへの憎悪を駆り立ててしまった。しばらくは男の姿でいよう。
男の姿になったらあたりが途端に柔らかくなった。アリエルちゃんが近づいて来てくれる。ガブリールさんも心無しかべったりくっついている。この親子どんだけ魔王が好きなんだ。
お茶とお茶受けが出てもてなされる。来春の事を話す。
「き、兄妹みんなと…お父様に会えるんですの⁈」
「うん。是非魔王都に来て欲しいんだ。」
「行きますわ! 絶対行きますわ‼︎」
やはり他の兄妹に会いたかったんだなぁ。
「全員叩きのめしてやりますわ! 天使族が最強だと教えて差し上げます!」
ニヤリと笑うアリエル。あか〜んこの子あか〜ん。
一通り話して落ち着いた頃、アリエルが立ち上がり
「ではお兄様。早速対戦と行きましょう。武闘殿に案内いたしますわ。」
戦うのかよ⁈ やっぱり戦うのかよ⁈
「お、俺ハイエルフ姿じゃないと戦えないよ…?」
「望むところですわ‼︎ むしろ燃えますわ‼︎」
俺の手を掴んで外へ出る。武闘殿とやらの建物の前には翼人達の物凄い人だかりがあった。なんで待ってんだよ。
仕方ない、と覚悟を決めてハイエルフ姿になる。
ーくすくすくす。聴こえる?ー
(なんすか世界樹様?)
ー宿敵だからね。ちょっとアドバイスをしようかとー
(相手は妹ですよ‼︎)
ー甘いわね。天使族はエルフを確実に殺しにくるよ!ー
マジか…
ー殱滅天使は近接武器、もしくは弓・飛び道具と魔法で攻撃する。エルフとよく似たスタイルね。だけど使う魔法が違う。ー
(魔法が違う?四大属性じゃないんですか?)
ー彼奴らが使う属性は【光と闇】。どっちか一つかも知れないし両方使えるかも知れない。妹さんは相当優秀らしいから最初から気合入れて行きなよ⁈ー
思わず息を呑む。対峙しているアリエルが気合を入れると頭の輪っかが光り輝く。神聖性のバフ魔法のようだ。
「安心して。死んでもお母様の蘇生魔法で生き返るから!負けた方が勝った方のゆうこと聞くこと‼︎ 行くわよお兄様‼︎」
と言うと同時に全身が眩しく輝く。姿が見えない。太◯拳か⁈ 思わず目を手で庇う。すると光の中から何束もの光の線=レーザービームが飛んで来た! 避けられない!水の壁で出来るだけ散らす。水の中に砂利や鉄粉を混ぜているので辛うじてビームを拡散する。が数本身体を掠る。エルフ服が焼け皮膚の焦げたような臭い。間違いない殺しに来てる。こりゃ手なんか抜けない。慌てて四大精霊を降ろす。
アリエルに向けて氷の矢を飛ばす。周りの光に吸い込まれた途端消滅する。岩石矢を飛ばす。溶けるように消滅する。あれは光魔法か。厄介な魔法だ。
「ヒャッハハハ死ぬが良い‼︎ 下等なエルフ風情があああ‼︎」
どこの悪者かというような台詞を吐きながら高速飛行で突っ込んで来るアリエル。むう。悪い子だ。お兄ちゃん許しませんよ!
アリエルの光バリアーと俺の風バリアーが衝突する。アリエルの手が伸びて来て俺を掴む。途端に魔力がごっそり持っていかれた感覚に襲われる。これは闇魔法か! どちらも使えるという訳か!だが捕まえた。しっかりアリエルの両手を掴む。ギョッとするアリエル。その頭の上から…滝のような大量の水が降り注ぐ。バラエティ番組の罰ゲームみたいな大量の水流だ。息が出来ないくらいの。水は周りにも溢れ武闘殿の武舞台を水びたしにし、観客も巻き込んで流していく。奴らは羽があるから大丈夫だろう。
一通り水流が収まるとアリエルが纏った光は消え、ずぶ濡れで立っている。羽根は濡れて萎れ、頭の輪っかも水に流されて行方不明だ。涙目でげほげほ咽せながらそれでも食ってかかるアリエル。
「な、何すんのよっこのクソエルフっ‼︎」
まだお仕置きが足りないようだな。死なない程度にアレを落とす。
「エルフブレイク‼︎」
幾分煙を吐きながらアリエルが倒れた。意識は飛んでる。そっと抱き起こす。うむ、かわいい。
空中で様子を見ていたガブリールさんを見つけ声を掛ける。
「ガブリールさん、手当てお願いします。」
「俺の勝ちですよね?」
「エグい攻撃をする。さすがグリュエラの息子というところか。うむ、思う所はあるが貴様の勝ちという事にしておこう。」
薄く微笑んでるよこの人。なんか…自分も闘いたがってる様子だが。
「ガブリールさんとはやりませんよ。自分の母ちゃんにボロ負けする俺が貴女に敵うわけがないじゃないですか。」
「うむ、そうか…? まあのう。ククク。」
アリエルに回復魔法を放つガブリールさん。目を覚ますアリエル。そのアリエルに微笑みながら近寄る俺。
「勝った方のいう事聴くんだったな?」
涙目になるアリエル。さあ俺のターンだ。
男ユートに戻り、ガブリールさんの屋敷のキッチンを借りてパンケーキとクッキーを焼く。俺の得意技だ。
「う、うまー‼︎‼︎‼︎」
口の周りを蜂蜜と生クリームだらけにしたアリエルがムシャムシャ頬張る。むっちゃいい笑顔だ。この顔が見たかった。
「よいのかユートよ。なんでも言う事聞かせるのではなかったのか?」
パンケーキを頬張りながらガブリールさんが言う。
「だからこうやって甘やかせて俺の思い通りに可愛がっているんですよ。」
むふー。至福の時。
「む、むう、エルフは好きくないがお兄は好き♡」
「そうか! よければ夕食も作ろうか。アリエルは何が好きなんだ?」
「えとねー、グラタン‼︎」
「そーかそーか。兄ちゃん特製のグラタンをご馳走しよう!」
「やったー‼︎」
「甘々の駄目兄だな貴様…」
その日はガブリールさんの屋敷に泊まって来春の予定を話した。もちろん妹を世話しながらだ。アリエルは来春ギルド学院に入学するつもりなので早めに魔王都に来てもらって卒業式に来てもらうという事で。天使族は特に龍族や鬼族と仲が悪いという事もないのでリィカ達と仲良くなれるだろう。合わせるのが楽しみた。
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