第16話妹はリトルマーメイド

 夏期休暇。要するに夏休みだ。魔王国は四季に恵まれているらしく冬には雪山、夏には避暑地に人が集まる。魔王国の北側には避暑地で有名な港街【クリイド】がある。その先の海に住む民族との中継地でもある。


 俺は一人でこの街に来ている。てっきり『魔王の眷族』全員で行動すると思ったろ? 俺も思ってた。

…リィカがね…ママ上に会いたいって泣き出したんよ。…こないだちょっと再会出来て一気にホームシックに襲われたっぽい。しょうがないよね。妹の涙には弱いよね。

…レンはね、なんか夏祭りがあるって強引にトーカさんに連れていかれたんよ…鬼は【祭り命】の民族なんだってさ。


 ちょっと寂しいよね…俺も母ちゃんに寂しくないか聞いたんだよね…そしたらね。


「久しぶりにサイ◯リヤ三昧ですごく楽しいー」


 母ちゃんはサイ◯リヤ大好き女で黙ってると三食サイ◯なんで無理矢理俺が飯を作って自炊してたんだけど…たがが外れたかちくしょう。


 という訳で俺は一人で【クリイド】に来ている。

 魔王の5人目の妻の名は『シトリージュ』、職業は海の民族の総領事。俺なんかに会ってくれるのかよ⁈ 一応保険にサークライからの手紙を預かっているが…ハードル高いなぁ。


 港街【クリイド】は魔王都の北側50Km辺りにある貿易港だ。元は小さな漁港であったが海の民との交易が始まり彼らとの貿易・観光が今の主な産業となっている。俺らの地球でいうと地中海気候の様でバカンスで賑わう地でもある。


 クリイドにある海の民族の領事館を訪れる。


「なんだ貴様は」


いきなりである。三又の槍・トライデントをかざした耳がヒレっぽい魚人の衛兵。俺は平静を装って


「総領事のシトリージュさんにお会いしたい。私はグリュエラが一児ユート。 これは魔導王サークライからの紹介状です。」


手紙を渡す。係員はお待ち下さいと一言言って奥に消えた。しばらくして戻ってくる。


「お待たせしました。こちらにどうぞ。」


問題はないようだ。

面会室のような部屋に通される。無駄のない白い部屋だ。しばらくしてメガネの仕事が出来るOLみたいな女史がやって来た。ブルーのロングヘアが美しい。耳はヒレだけど。


「初めまして。私の名はシトリージュ。魔王国十傑のひとりだ。しかし君は…私の知る限りグリュエラの子は男の子だったはずだが…?」


 あ、ハイエルフの姿だった。

旅行で長距離移動するにはハイエルフのほうが便利過ぎるからなぁ。


「初めまして、ユートといいます。ちょっと理由がありましてハイエルフでいる間は女性になってしまうのです。男に戻る事も出来ますが…ご覧になりますか…?」

「ああ、見せてくれるかな?」


自分がグリュエラの息子である事を証明する。

ちょっと嫌な予感もするが…ペンダントを【ボックス】に収納して人間(男)に戻る。


 シトリージュさんは一瞬息を飲み、俺に抱きつきその豊満な胸を俺の胸板に押し付ける。そしてキスを求めてくるのを慌てて止めた。


「あ、あの、よく似てるらしいですけど親父じゃないんで…」

「‼︎ ごめんなさい。」


我に帰るシトリージュさん。俺の顔を見る目が非常に優しい。


「…全くグリュエラはズルいわね。離れてるくせにこれじゃ毎日あの人と暮らしてるようなもんじゃない。もう。」


うーん。そういや母ちゃんも酔うとたまに抱きついて来たな。そんなに俺親父にそっくりなのかな。なんか複雑な気分だな。


「あの…聞いていいのかわからないんですけど…魔王の奥さん達の仲は悪くないんですか?関係性が全然わからないんですけど。」


正直他の奥さん達とうちの母ちゃんが仲がいいのかどうなのかまるでわからない。もしかしてヤバい人にヤバい質問してるのかも知れない。


「少なくともあたしとグリュエラは仲悪くないわ。グリュエラは気性がさっぱりして分かり易いしね。」

「さっぱりしすぎて困り物ですけどね。」


母ちゃんから必要な情報がさっぱり降りて来ないもんな。


「で、手紙の内容だが。来春に魔王に謁見する可能性が出来たから兄妹全員で対面したいがどうか、と書いてあるのだけど。」

「…もしかしてシトリージュさんも娘さんに一人っ子と言って育てて来た口ですか…?」


こくん、と肯く。むう。どういう事かな。もしかして魔王の子供というのは思ったよりも危険な存在で隠蔽されてるのかな。


「静かに暮らしたいからそっとしておいてくれ…とか?」

「ううん、折角の【家族】のイベントだからねぇ。うちだけ参加しないのも寂しいじゃない。何よりあたしが魔王と逢いたいわよ。問題は何も知らない娘にどう切り出すかよね。困ったわねぇ。…ねえ、ユートくん。君に丸投げしていいかしら?」

「へ?」


 娘にお父さんがいる事、他にも兄妹がいる事、それらを説明してやってくれという。あの、それめっちゃ

大仕事ですよね?


「お願い、お兄ちゃん♡」


お兄ちゃん! お兄ちゃん! わかりました!

お兄ちゃんが妹を説得します!


 妹の名はマリージュ、10歳。海の里に住んでいるそうだ。…海…水の中?


「海の中、入れる?理由がないと未成年の海の民を陸に揚げる事は禁じられてらるのよ。先ずは会いに行って貰う必要があるわ。」


 うーん、多分入れると思う。ハイエルフは四代精霊に愛されているので水との親和性も高い。精霊に頼めば出来るんじゃないかな。でも…


「でも?」

「ハイエルフにならないと多分ダメ。『お兄ちゃん』の姿では行けない。」

「あー。残念ねー。」


ケラケラ笑うシトリージュさん。仕方ない『お姉ちゃん』として会いに行くしかない。


「頑張ってね、お姉ちゃん♡」


ああああああああああ



 仕事終わりのシトリージュさんに併せて海に潜る事にした。夕陽が西の海に沈みゆくと同時に海中に淡い光の外灯が点る。海の里へのペイブメントが海中に続いている。海の民はそこを歩いて陸に通っているそうだ。

 俺はハイエルフの姿に戻っている。水の精霊にお願いをする。

 ブルーのロングヘア、薄水色のマーメイドドレスを着たたおやかな美女が降りて来る。


「海中で行動出来るような加護を頂けませんか?」


と願うと彼女は微笑んで俺の身体に融合した。

どうやらこれでOKらしい。

ペイブメントを進むシトリージュさんの後に着いて海に入る。うん息が出来る。海に潜るとシトリージュさんの脚が魚のヒレ状になり進むスピードが上がる。俺も水の精霊に頼みスピードアップする。

 2、30分くらいすると目の前に美しい光眩い水中都市が見えて来た。


「で、マリージュちゃんは何処にいるんですか?」

「王宮よ」

「お…王宮?…なんで?」

「だって、王女だもん。」


 おうじょ…? なんで? シトリージュさんは女王ではありませんよね…?

 シトリージュさんは心無しかためらいながら話す。

海の里の女王はシトリージュさんの母、マリージュちゃんの祖母だそうだ。シトリージュさんが里を出て魔王の子供を身篭った時に女王と揉めたという。里を出て好き勝手やったシトリージュさんを女王とその派閥は激怒し許さなかった。なので次期女王候補から外し里の思惑を外れた行動をさせないように娘のマリージュちゃんを王女として王宮に閉じ込める事になってしまった。いわば人質である。


 …酷い事するな女王。

しかしそんな人に外出許可をお願いするの…? 俺が?めっちゃ無理ゲー…


 王宮内の王女の部屋に直接入れるそうなのでシトリージュさんに続く。やがて白い10畳くらいの小さな部屋に着くと深い紺色のストレートヘアーをした小学生中学年くらいのちんまりとした人魚の女の子が本を読んでいた。


「母様、お帰りなさいませ。…後ろにおられる方はどなたでございますか?」

「ただいまーマリー♡」


シトリージュさんが抱きつく。顔を真っ赤にして抵抗するマリージュ。


「お、お客様の前でやめて下さい母様」


うむ、かわいい。妹センサーがビンビン振り切れそうである。

 俺を見つめてマリージュが挨拶をする。


「初めまして、マリージュと申します。」

「初めまして。俺はユート。ギルド学院の学生だ。」

「俺?」


怪訝な表情で俺の目を見つめて来る。痛い痛い。視線が。


「お姉さんみたいにいい歳した大人がちゃんとした言葉使わないとみっともないですよ?」


正論来たー。凹むー。そうです相手は王族なのです。

どうやらとても真っ直ぐに育っている良い子らしい。

なのでキャラじゃない演技をやってみる。


「ごめんなさい、王女殿下。私はユート=モンマ。お母様の知り合いです。どうぞお見知り置きを。」


お詫びに、と【ボックス】から定番の手作りクッキーを取り出す。おやつの時間にお食べ下さい、と言い含めて渡す。すぐに食べたそうだがお母様の顔を見て我慢するマリージュ。うんかわいい。


 苗字のモンマを名乗ったがマリージュから反応はなかった。やはり魔王の名前も父親の事も知らないようだ。

 ゆるゆると仲良くなって春頃に魔王都にお母様と遊びに来ないか、と提案する方向で行こうか…と決めた頃、彼らがやって来た。この城の近衛兵である。


「お客人、女王様の謁見の準備が整いました。どうぞ此方へ。」

「え?」

「お前達、そのお方は…」

「殿下、女王様の御命令でございます。」


 強引に王女から引き離される。このまま本当に女王の間に連れて行かれるようだ。慌ててシトリージュさんも着いて来る。穏便に…という訳には行かないのかな。やだなぁ揉め事は。

 

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