第21話 父と娘と①

【前回のあらすじ】

 なし崩しに海賊船ブルーポラリス号のクルーとなったクィント。下働きに精を出すなか、マシューとはいまだ一触即発。しかしホァンという良き友も得て充実した日々を過ごしていた。一方その頃、党に戻ったミレニアを待っていたものは――。




 メガフロート・ウルティモタワー。その最上階は、ユニオン内部でもごく限られた種類の人間しか足を踏み入れることは許されない。

 軍人であれば将官クラス、政治家でも評議会に席を置いていない者は、入場の必然性を問われる場合がある。


 一介の党員やその家族などは、生涯立ち入る可能性すらないだろう。

 これもひとえにユニオンの最高指導者たる総統の命を死守せんがためであり、セキュリティは万全を期すのが通例であった。いわんや暴動などはもってのほかである――。


「待て! ミレニア落ち着くんだ!」


 此度の功績が認められて、即日、准将への昇進が決定したアルフォート・ラザルは、自身の部下であり、将来の伴侶として公然の間柄である少女の名を呼んだ。


「ええい、放せ! これが落ち着いていられるものか!」


 ミレニアはつかまれた腕を振り解き、直属の上官であり婚約者でもある男に向かってすごむ。その形相は、マリナーのコクピットに座り、敵と対峙した時と同等であり、また大きく見開かれた瞳は、怒りとも動揺ともつかぬ色でゆれていた。


「ここをどこだと思っているんだ、閣下のおわす本営だぞ! そんな押し込みのようなやり方で、お目にかかれる訳がないだろう? ここは一旦引け。それから、後日あらためてお目通りの機会を伺うんだ」


「そんな悠長なことをっ! 父上が政敵とみなされて捕らえられているのだぞ! こんな馬鹿な話があるか! わたしがいない間に一体なにがあったというのだ、それを一刻も早く閣下に問いただすことのどこがいけない!」


「ノヴァク少尉、僭越だぞ! ……叔父上のことを言わなかったのは、おれにも責めはある。だが、それはきみにいらぬ動揺を与えたくなかったからだ。まずは消耗した体力を取り戻して、すべてはそれからじゃないか。まだ医師によるメディカルチェックもすんでいないのだろう?」


 ミレニアの父、ロベルトの旧姓はラザル。

 アルフォートにとっては親戚筋にあたる。ミレニアとは元々、遠縁の従兄妹同士であるため、家柄をとっても家同士の結びつきをとっても、ふたりの縁談はごく自然の成り行きであった。


 またアルフォートはとりわけ、ロベルトに目を掛けられた間柄で、こうして時折、憤りに任せてミレニアが行動する様子などを見ると、やっぱり父娘である。血は争えないなと苦笑のひとつもしたくなるのだ。


「そのメディカルチェックに行ったからこそ、父上の話を聞くことが出来たのだ! あの時、パティに出会わなければ、今頃ベッドで強制的に眠らされているところだ!」


 ミレニアの言う「あの時」とは、クィントと別れて無事メガフロートへと帰還した直後のことであった。


 前線に派遣されていた兵達は、帰還時の検疫が義務付けられている。

 いつの時代も疫病の脅威は絶えない。

 なぜならば生命力という見地で考えれば、人間など細菌の足許にも及ばないからである。『終末ノヒカリ』でほぼ壊滅した人類に対し、細菌類はいまも地上のいたるところで繁栄を誇っている。医療の分野においても日進月歩であるこの時代において、まともにやり合って勝てる相手ではない。まずは予防が第一である。


 生命体の格という点では、もはや人類は万物の霊長たりえないのかもしれない。いまや地上は、目に見えないものたちの楽園と化しているのではないだろうか。


 ミレニアはメガフロートへ到着すると、取るものも取り敢えずホスピタルへと向かった。自身の検診も重要な任務ではあったが、帰りの船のなかで僚友のパティ・ルーブが負傷したと聞かされたからだ。


 彼女は先の戦闘において『海賊ヴィクトリア』からの攻撃を受けており、マリナーが圧壊するおそれを感じて戦線を離脱していた。しかしながら、その状況は芳しいものではなく、水密服の故障などから、ひどい減圧症を起こしてしまい、救出のタイミングがあと一歩遅ければ手遅れになっていたかもしれないというところだった。

 一命は取り留めたもののいまだ予断は許されず、依然、後遺症の有無も懸念される。


 そんな彼女が、ミレニアの悲痛な声に反応し目を覚ましたことは、鎮静剤の効果が切れたためか、はたまた友情のなせる業だったか。パティは薄目を開けて、口に当てられた酸素吸入器を息で白くさせながら笑ってみせた。


「はは……ヘマやっちゃった……」


「パティ!」


「ざまァ……ないわね……シミュレーターでの成績は、あんたより上位だったのに……もう、からかえない――ッ」


 突如、苦悶の表情を見せるパティ。ベッドに敷いてあるノリの利いたシーツをわしづかみして、枕元に胃液を吐いた。ミレニアは、慌てて吐瀉物を受ける洗面器を手に取り、彼女の顔のまえへ運ぶ。背中をさすり、看護士を呼ぶブザーを鳴らした。


「もういい! 無理をするなパティ!」


 ひとまず落ち着きを取り戻したパティを、ベッドに寝かしつけてミレニアが叫ぶ。だが、彼女はミレニアの腕をつかみ、必死になにかを伝えようとしている。それは、ミレニアにとって信じがたい情報であった。


「あ、あんたぁのぉ……ぱぱ、あぶな……い」


「なに?」


「つか……まぁった」


「父上が……捕まった……?」


 そこでパティの意識は途絶えた。駆けつけた看護士の手により適切な処置が施され、命に別状はないようだが、これ以上の面会は無理だと言われた。そして、ミレニアはことの真相を確かめるべく、シリウスへの直談判を強行したのである――。


 各階のセキュリティゲートは、ノヴァク家の権威と腕ずくで通り抜け、困り果てたウルティモタワーの管理官に、急遽、アルフォート・ラザルは召喚されるハメになったのである。


 彼との押し問答の結果、足止めを食ったミレニアはすでに数名の警護兵によって取り囲まれている。銃器こそ取り上げられているが、それは警備兵も同じである。警棒が相手ならば、彼女はこのまま強行突破も辞さないだろう。

 なんとか説得せねば、そうアルフォートが考えあぐねている時だった。


「閣下!」


 ミレニアが叫んだその先に、ユニオン党最高指導者の姿はあった。


 警護兵に行く手を阻まれ、距離もまだ大分離れているが、シリウスは彼女の声に反応した。赤絨毯の敷かれた荘厳な廊下に、数名の部下を従えてこちらを向く。それはまるで、神話に登場する英雄の風格だった。


「ぐわっ!」


 アルフォートがシリウスのたたずまいに見とれている一瞬の隙を突いて、ミレニアは立ちはだかっていた警護兵達を一撃のもとにたたき伏せていた。

 彼女の勢いはそれだけには留まらず、一気に赤絨毯を走り出す。


 今度は、シリウスを取り囲む部下達が標的となった。さすがに総統の身辺警護には銃の携帯が認められている。それを思い出したアルフォートが「待て」と叫ぶより一瞬早く、


「待ちたまえ」


 あの彫像の完璧さを持った唇がそう言い放った。

 狂乱の修羅場は一瞬に時間を止めて、彼の望む通りになる。

 彼は止まった時間のなかをただひとり動けるかのように、ゆっくりとミレニアへ近づいた。


「少尉、まずは無事の帰還を祝福しよう。それからお父上のことは、すべてわたしに責任がある。どうか矛を収めて聞いてほしい。ここではひとの目もあることだし、とりあえずわたしの執務室へお運び願おうか」


「あ……はい。申し訳、ございません……」


「うむ。そういう訳だ、ラザル准将。しばらく部下をお借りする」


「は……はっ!」


 金縛りの解けたアルフォートが敬礼をするなか、シリウスはミレニアを連れて、何事もなかったように去ってゆく。そこにはただ、彼女に倒された警護兵が横たわるだけ。


 冷静になった彼の頭にまず浮かんだのは、自分は一体なんのために呼ばれたのだ、という自責の念だけだった。



〈つづく〉

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