卑劣! 星雲大帝!

「まさか、全宇宙を支配しようとしている帝王の正体が、『同志パル』だなんてね」



 ロンメルのような完全体ではなく、ガラクタをかき集めて作られたような造形だ。


 図体は、ロンメルの倍はある。

 ロンメルが野球ボールのサイズなら、こいつはボーリングの球くらいか。


 機械を操れるパルなら、ロボットを乗りこなすのも容易ってわけだ。しかも、誰の目にも止まらない。正体不明の暴走レベルで処理される。


 機械を簡単に改造できるパルなら、自分が機械に乗り込んでいた証拠だって軽く隠滅できるだろう。まさか、パルが野良化して世界征服を企むなんて、誰も想像しなかったのだから。


『といっても、アタシ様は損傷がひどすぎて、この身体ナシでは生命活動もままならないんだけど』



「どういうこと?」



「ネクサスパイルを裏切って、何が目的なの? あんたはオーパーツの欠片でしょ? 自立して何になるの?」


『オーパーツが、人を支配して何が悪いのよ? アタシ様達は人知を越えた存在なのよ。アタシ様のような超越存在が、世界征服を夢見る事なんて至極当然じゃないの』


「オーパーツが、意志を持ったっていうの?」


『自意識を持ったなら、侵略したっていいじゃないのよ。アタシ達は、様々な欠片を調査している最中、自分たちが人を支配する存在になり得ると判断したのよ』


 オーパーツが世界に流出した困る理由が、オレにも理解できた。


 こんな奴が生まれる事を、MIBや銀河警察は危惧していたんだ。

 単なる物質であるはずのオーパーツに、これ程の知識をもたらすとは。欠片が危険とされる所以は、ここにあったのか。



「あんたたちは、海賊と同胞のはず。それなのに、侵略だなんて」



『何が同胞よ。散々こき使って、アタシ様達パルを使い捨てようとしていたくせに』


 優月が肩を落とすと、カルキノスは威張り口調で言い放つ。


「そんな訳ないわ! 宇宙海賊が、家族同然のパルを見捨てるなんて!」



『アタシ様のパートナーは、アタシ様が世界征服を企もうとしたら、迷わずパルを破棄しようとしたわよ!』


 パルは、海賊達を出し抜く手段をずっと待っていた。

 人工衛星の破棄が決まったときに、星雲大帝は決起したという。


『野心を持ったから破棄しようだなんて、勝手すぎるのよ。海賊だって野心の塊のくせに』


 星雲大帝は、理不尽な提案に反抗した。

 報復として、自身の能力で世界の大半を制圧し、勢力を拡大し、海賊一味を半壊させる。


 だが、大帝の勢力も無傷ではない。

 

 そこに銀河警察の攻撃だ。


 大帝は深手を負い、傷を癒すために地球へ降下し、行方をくらませる。


「それで、死んだと思わせて、地球にずっと潜伏していた訳ね。海蛇団に自分を直させて」


『アンタの言う通りよん。榎本鏡華の両親は、何も知らずにアタシ様に身体を提供していたってワケ。本人達は月で役に立つ戦車ができたって喜んでたけど、今時多脚戦車自体が何の役に立つのよ、って』

 大帝は嘲笑した。


「サイッテー。アンタたちが何を思ってるのかは勝手だけど、そのせいでどれだけの人間が不幸になったか分かってるの!?」

 優月が大帝を睨みつける。


『関係ないわよ! アタシ様は機械だもの! このアタシ様が支配しない方がこの世の不幸ってなもんよ、わからないの!?』

 大帝は、自分が世界を支配できると信じて疑わない。


 事実、オレ達は手も足も出ないでいる。


『パスコードを解読できる地球人に随分とご執心だったようだけど。結局はこいつも、自分の知識欲求を満たすために地球人に近づいた。こいつはそういう女なのよ!』


「違う!」

 大きく首を振って、鏡華は大粒の涙を流す。


「私は、パスコードが欲しかったわけじゃない!」


『じゃあ、何だって言うのよ?』 

 大帝が嘲笑した。


「好きな人が、欠片のコードを解読できる人だっただけです!」


『ハア? それって、つまりどういう意味よ?』

 モニターの顔文字が、口角を下げる。



「好きになった方が先、って事よ」

 そんな事も分からないのか、とバカにする感じで、優月は答えた。



『ギャハハハハハハ!』

 人間の感情などまるで理解できない、とでも言うかのように、星雲大帝が鏡華をさらに嘲る。


『バカじゃないの? そんなこと誰が信じるのかしら? アンタの一族は研究にしか興味がないじゃない! 世界なんてアンタたちからすれば全てモルモットに過ぎないわ!』


 鏡華に興味を失ったように、大帝が多客戦車に乗り込む。


『もういいわ。二人とも始末してしまいましょう。火星が来られるといろいろ面倒だわ!』


「いいのか? 榎本鏡華を殺してしまったら、パスコードの在処を知る手がかりがなくなるぞ」


『別に構わないわ。欠片は手元にあるんだから』


 カルキノスがハサミを開く。手に持っていたのは、小石くらいの石だ。隕石の何十分の一くらいの。盗まれたときは、もっと大きかったと思うが。色も黒い。


「それは!」


『そうよ、ユーニス・ブキャナン。これこそ本物の欠片よん。《ヴォイニッチ手稿の原典》なのよ。ミネーオ隕石なんて、ただの外枠でしかないわぁん』


「渡してたまるかっ!」


 誰よりも早く、オレはカルキノスに飛びかかる。


 しかし、オレの動きはもう一人の存在に阻まれた。無数の糸がオレの全身に絡みつく。


「これは、緋刀蘭のワイヤーッ!」


 ワイヤーは優月と鏡華、カガリも縛り上げた。太一以外の全員を。


「油断したな」


 建物の影から、緋刀が姿を現す。両手には、ワイヤーが伸びていた。


「お前ら大丈夫か?」


「平気よ。アタシに構わないで奴を! ああっ!」


 抵抗しようとした優月の首を、透明なワイヤーが容赦なく締め上げる。


 腐っても優月だ。オレも縄抜けは訓練している。

 だからギリギリで急所は外していた。

 オレ達二人だけなら、すぐに死ぬことはないだろう。


 しかし、鏡華とカガリは戦闘要員じゃない。うかつに動けば。


「ちっ、あの野郎、太一だけ」


「ちょっと、何!」


 ワイヤーが優月の腰の辺りだけを執拗にまさぐった。


「あったな」


 ワイヤーが、優月から制御キーを奪う。キーを、太一の前にたたき落とした。


『あんた、こいつら全員を助けたかったら、パスワードを入力しなさい!』


「パスワードを」

 震える手で、太一はキーを手に取る。


「お前なら分かるはずだ。その意味を」


 緋刀に指摘され、太一も頷いた。

 やはり、太一は手稿のパスワードを解読できたんだ。


「入力してはダメよ! 世界が終わってしまうわ!」


「でも、解読しないとみんなが」

 太一はパスコードを入力し始めた。

 


「オレ達のことは心配するな! 逃げろ太一! 逃げ出す時間は作ってやる! ぐああ!」

 緋刀のワイヤーが、オレを締め上げる。



「そんな身体で、どうやって抜け出すというのか? お前が縄抜けを会得していることくらい、こちらも知っている」


 相手も忍者、そう簡単に脱出させてはくれない。


「ごめんなさい、太一君。あなたを巻き込んでしまった。事情を説明して欠片を回収して、さっさと宇宙へ帰っていれば、こんなことには」


 膝を崩し、鏡華が泣き崩れた。


「自分を責めないでくれ、鏡華さん。キミにだって、隕石を壊す使命があったんだろ? 隕石に込められた知識に気を取られた僕達も悪かったんだ。すぐに隕石を渡すべきだった。君を助けられるなら、僕はちっとも後悔なんかしない。キミといられるだけで嬉しかったんだ」


「でも、私には人を好きになる資格なんてない」

 太一の慰めも、心を閉ざした鏡華には届かない。


「あー、何だ。二人ともいいかな?」


 オレは二人を極力見ないように、口を開く。


「オレが言えた義理じゃないけどよ。榎本鏡華、アンタの言うとおり、今回の騒動はあんたのせいだ」


「ちょっと、虎徹、何を言い出すのよ!?」

 優月が抗議の言葉を放つ。


 視線だけ送って、「黙って聞け」と、優月を押さえ込む。

「オレの両親は、忍者とMIBだった」


 そう聞いただけで、鏡華は何かを察したみたいだ。


「おまえみたいな身勝手な親の元で、オレは生まれた。おかげでオレまで、実家じゃヨソ者扱いだった」


 オレは辛辣な言葉を放ち続けた。


 自責の念に駆られたのか、鏡華はオレから視線をそらし、俯く。


「けどな、それは周りの価値観だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る