決着! しかし!

「いつの間に!」


 真っ逆さまに落下し、丸腰の緋刀にハンガーの一撃を叩き込む。


「くそ、戒星のガキ、め……」

 ヒザから崩れ落ち、緋刀が昏倒する。


「無事だったのね、虎徹! でもどうやって?」


「忍法・変わり身の術ってな」


 アームユニットに取り付いていたのは、装束だけだ。

 

 オレは、装束を犠牲にして脱出したのである。

 

 装備を台無しにしたのは痛かったが、これくらいしないと緋刀の武器を無力化できなかったのだ。


 気を失っている緋刀に近づく。




 あとは緋刀をとっ捕まえて事件解決……と思われた。




 どこからか、オレンジ色の光学兵器が飛ぶ。


「あぶね!」

 光線が、オレの進路を塞ぐ。


「誰だ、撃ってきたのは!?」


 土埃が立って辺りが見えない。


 見えるのは、デカいカニのシルエットだけ。



「まさか、カルキノスが」




『その通りよん、忍者の坊や』

 緋刀を庇うように、カルキノスが行く手を阻む。




『こいつはまだ、利用価値があるのよ。まだ捕まえさせはしないわ』

 オカマ口調で、カルキノスは語る。



 もち直した緋刀が、カルキノスの方角を向く。



「待ちなさいよ、あんた。欠片をどうする気よ」

「こうするのだ」


 あろう事か、緋刀はカルキノスに向けて投げつけた。


 カルキノスが原典をキャッチする。そのまま、ジェット噴射をふかす。


「あの戦車もグルかよ!」


 武装も付いていたのか。


『ギャハハハ! 引き上げるわよ緋刀ちゃん! もうここには用はないわ!』


 オレ達が呆然としている隙に、緋刀が跳躍した。

 カルキノスの脚にしがみつく。


『あんた重いわね。ダイエットしなさい』

「やかましいこの化けガニ! とっとと上昇しろ!」

『化けガニとは何よ! この星雲大帝様に向かってなんて口の利き方するのよ!』


 カルキノスのパイロットが、星雲大帝だと?


「いいからさっさと行け! 仲間の忍者共が集まってくるぞ」


『ギャハハ! 初めまして無力な地球人の皆様。アタシ様は星雲大帝よん。この世界は、アタシ様がじっくりと侵略させていただくわ! では、ごきげんよう!』




 悪態をつきながら、カルキノスは空高く登っていく。

 ある程度まで上昇した後、方向を転換し、この場を離脱した。



「優月、さっきの技、もう一発撃てるか?」

「無理よ。チャージには時間が掛かるわ。あれだけの出力を出そうと思ったら」

「マシンガンの方は?」

「そっちなら、なんとか」


 決まりだ。オレはハンガーをスノボに変形させて、優月の腰を持つ。


「ちょっと、どこへ行く気よ?」

「いいからジッとしてろ」


 地面を蹴って、カルキノスの追跡を開始した。

 しかし、向かう途中でオレは軌道を変える。


「こんなので追いつけるわけないでしょ?」

「追いつけなくてもいい!」


 目の前に、山の形に尖ったオブジェが見えた。


 オブジェに向けて、オレはスノボを走らせる。


 頂上に達した直後、一気に下へと急加速した。


 オブジェの先は、ジャンプ台のように反り返っている。


「ちょっと待って待って! このままだと落っこちるわ!」

「オレを信じろ!」


 滑り台の要領で、ジャンプ台から跳躍した。


 眼前に、カルキノスのケツが見える。


「エンジンに向けて撃ちまくれ!」


 オレの狙いが分かったのか、優月の反応は早かった。

 一心不乱に、目前のカルキノス相手へ向けて小銃を撃つ。


『痛たたたた! やめなさい痛いのよ!』


 光弾が、エンジンをかすめた。それだけで、カルキノスはバランスを崩す。


『んな? 何事?』

「エンジントラブルだ!」


 グラグラと揺れる戦車にしがみつき、緋刀は安定が悪そうだ。


「あんた降りなさいよ緋刀ちゃん! あんたが重すぎるのよ!」

「無茶を言うな! しまった、隕石が!」


 緋刀が抱える隕石が、道路に落ちていく。

 壊れたりはしないだろうが、損傷してしまうかも。


「おおおおお!」

 オレはスノボを全力で加速させ、隕石をキャッチした。


「ふう、間一髪だぜ」


 だが、安心もしていられない。

 優月だって、真っ逆さまに落ちているのだから。


「優月! こっちだ」

 両手を広げ、落ちてくる優月を抱きしめた。


 Gのかかった優月の体重が、オレの背骨にのしかかる。


 そこで、強化装甲を着てないことに気づいた。さっき潰れたんだっけ!


「もう、後先考えないバカ!」

 優月が方向転換し、自身を身代わりにしてオレを抱き留めてくれた。


 強化装甲を身につけていなければ、優月の背骨はバキバキにへし折れていたに違いない。


「すまん。お前に助けられるとは」


「別にいいわよ。それより、原典は無事?」


 自分の心配より、欠片を優先する。さすが海賊か。


『もう、なんてことなの? アタシ様の完璧な計画が!』

「つべこべ言うな、ええい撤退だ!」

『何よ偉そうに! あんたのせいじゃないのよ!』



 言い争いながら、星雲大帝達は空を舞い、行方をくらませた。





◇ * ◇ * ◇ * ◇





 追いついてきたカガリに、欠片を託す。


 それより太一の、客達の安否の方が優先だ。オレは駆けずり回り、避難を誘導する。


 資料館の倉庫から、簀巻きにされた女性が見つかった。鏡華の父親に確認を取ると、本物の秘書だという。


「後頭部を殴られた形跡はあるけど、命に別状はないよ。鏡華君も太一君も無事だ」

 カガリから、報告を受けた。


「そうか、よかっ……」


 安心してか、オレはよろめく。さすがに、血を出しすぎたか。


 優月に、後ろから抱きかかえられる。


「傷を見せなさい。ひどいケガしてるわ」


「これくらい舐めたら治る」


「ダメよ。ちょっと待ちなさい」

 優月は、ポシェットからハンカチを出す。歯でハンカチを加え、引きちぎる。


「こんなんで悪いけど」

 オレの腕に、優月は破いたハンカチを巻く。


「悪い。男の方が手当てしてやらないといけないのに」

「いいのよ。あんたの方が重傷なんだから」



 大帝の追跡を同僚達に任せた。

 しかし、見失ってしまったらしい。


 結局、この日は事情聴取やら何やらでデートにすらならなかった。


 オレは忍者の治療班によって手当を受け、包帯グルグル巻き状態にされている。


 優月も、ずっと付き添ってくれた。

 病室のベッドに腰掛け、優月と鏡華に向き合う。


 大事を取って、太一は帰らせている。


「全部私のせいです。虎徹さん、ごめんなさい」


「ケガはなんてことない。それより、これは一体どういう事なんだ? なんで太一が巻き込まれるんだ? 太一が何をした? あんたは何が目的なんだ?」

 畳みかけるように、オレは鏡華に問いかける。


「答えろよ、漂流者!」


 オレが言うと、鏡華は押し黙る。【漂流者】とは、地球に住む宇宙人に使う蔑称だ。


「あんたの出方次第じゃ、もう太一と会わないで欲しい」


「やめてよ虎徹! 事情はさっき説明したでしょ!」

 優月が、オレの腕を掴んだ。



「ああ、言い過ぎたよ」

 オレは優月の腕を、そっとほどく。

 自分でも抑えられないくらい、感情的になってしまった。


 もし優月が止めてくれなかったら、オレも冷静になれなかったろう。


「太一について、本当の事を話してくれ。でないと、オレ達もあんたを庇いきれない」


 オレが詰め寄ろうとするのを制して、優月が前に出た。


「この間、太一に無理やりキスしただろ。あれは、太一が何かお前に関する秘密を漏らす可能性があったからじゃないのか?」


 オレの指摘に、鏡華は目を見開く。


「事情を説明して欲しいの。どうして吉原が関係しているのか。お願いよ、鏡華」


 もし、鏡華の父親が、宇宙的な犯罪に加担しているのだとしたら、オレは、彼を排除しなければならない。


 それが忍者の使命だ。


 鏡華は首を振った。やはり、知らないらしい。

「ごめんなさい」

 優月をおいて、鏡華は駆け出した。


「おい待てっ、くそっ」

 オレと優月は、病室から飛び出した鏡華を追う。

 しかし、傷が引かないオレは転倒してしまった。


「待って鏡華、鏡華!」


「もう、誰も巻き込みません! 誰も!」

 去り際に、鏡華はドアの前でそう告げる。友人の呼び止めにも、振り返りはしなかった。



 優月も追いかけようとしない。足が動かなくなっている。

 


 オレ達は、ただ去りゆく鏡華を見送った。

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